第119話 前例なき討伐試験7
糸巻きを発射しようとした瞬間、ヴォル・ディルの頭上に人影が現れた。
「マルディンさん!」
「ティアーヌ!」
「っしょ!」
空中に姿を現したティアーヌは、自身の頭よりも大きな重槌を両手で振り下ろす。
甲高い破壊音が響くと同時に、ヴォル・ディルの右爪の一本をへし折っていた。
「マルディンさん! この隙にトドメを! ウィル様の仇を取ってください!」
「死んでねーっつーの! マルディン、使え!」
ウィルが両刃短剣を空中に投げた。
「グゴオォォォォ!」
ヴォル・ディルがもう一度、俺に向かって左爪を振り上げている。
視力を失っているにも関わらず、その執念はさすがだ。
だが、ティアーヌのおかげで余裕ができた俺は、ヴォル・ディルの大角に糸巻きを発射。
即座に巻き取り、接近しながらウィルの両刃短剣を空中で掴み、そのままヴォル・ディルの眉間に突き刺した。
「グゴオオオオォォォォォォォォ!」
首を振り、咆哮を上げるヴォル・ディル。
「短いか!」
ウィルの両刃短剣は、信じられないほどの切れ味だったが、物理的にヴォル・ディルの脳には届かなかった。
俺は突き刺した両刃短剣を抜き、頭上の枝に向かって糸巻きを発射。
そして糸を巻き取り、枝へ接近。
両足で枝を蹴り、両刃短剣を突き刺すように構えた。
枝を蹴った反動を利用し、ヴォル・ディルの頭部に向かって急降下。
「これで! 終わりだ!」
もう一度眉間に両刃短剣を突き刺す。
先程よりも深く刺さった両刃短剣は、脳に到達したようだ。
ヴォル・ディルの身体が、意思とは反したように一瞬だけ大きく動く。
まるで生きた魚を締めた時の反応だ。
「グゴオオオオォォォォォォォォ!」
断末魔とともにヴォル・ディルの動きは止まり、そのまま地面に倒れ込む。
轟く地響きは地震そのものだった。
「俺が見たモンスターの中で、最も強かったよ……」
俺は剣を抜き、ヴォル・ディルの頭部から飛び降りた。
ヴォル・ディルの額からは大量の出血。
そして、両目は切られ、口から舌が出ている。
「マルディンさん、大丈夫ですか!」
ティアーヌが俺の元へ駆け寄ってきた。
「ああ、俺は大丈夫だよ。ウィル様を見てやってくれ」
「ちっ。オイラも大丈夫だっての」
ウィルは一人で立ち上がり、俺たちの元へ歩いている。
俺はウィルの両刃短剣を返した。
「良い剣だな。ヴォル・ディルの頭蓋骨も突き通したぞ」
「ああ、もちろんさ。ローザさんの剣だからな」
「お前もか」
「まあそりゃね。オイラは一応ラルシュ王国の幹部だもん。頼めば作ってもらえるんだよ」
ウィルが剣を鞘に納め、ヴォル・ディルの頭部に手を置く。
「さすがだったよ、ヴォル・ディル。強かったぜ」
呟きながら、ヴォル・ディルに祈りを捧げるウィル。
俺とティアーヌもそれに倣う。
僅かな静寂の後、ウィルが拳を握り、俺の上腕を軽く叩いた。
「ヴォル・ディル討伐完了だ。やったな、マルディン」
「必死だったよ。ウィルの犠牲のおかげだ」
「死んでねーっつーの!」
俺の胸を、鎧の上から殴りつけるウィル。
「冗談はさておき、やっぱりウィル。お前凄いな。さすがだったよ」
「何言ってんだよ。ほとんどアンタがやったんだ。糸巻きを使った戦闘は革命だよ。マジでスゲーもん見たぜ」
ウィルの言葉に頷くティアーヌ。
俺はティアーヌの肩に手を置いた。
「ティアーヌもありがとう。あそこでお前が来てくれたから、討伐できたんだ」
「私もとにかく必死でした。ふふ」
「それにしてもティアーヌ。お前、武器は重槌なのか? 以前は刺突短剣を使ってたじゃないか」
「はい。冒険者の時は、重槌を使うんです」
「そりゃそうか。諜報活動で、こんな大きな武器は使えないもんな。あっはっは」
「ふふ。仰る通りです。でも、この武器は面白いんですよ。武器の中でも破壊力は随一ですから」
ティアーヌが握る重槌。
槌の先端は人の頭よりも大きく、円柱状で先端が僅かに尖っている。
素材は希少鉱石のようだ。
槌には繊細な彫刻が施されており、迫力と美しさを兼ね揃えている武器だった。
柄の長さは約一メデルトあり、細身のティアーヌが扱える武器ではないと思うのだが、彼女もAランク冒険者だ。
「やはりAランク冒険者という者は化け物揃いだな……」
「何か言いました?」
「え? い、いや。何でもないよ。あっはっは」
「聞こえてますよ」
ティアーヌが頬を膨らませていた。
「ティアーヌ。その重槌を見せてもらえるか?」
「はい、どうぞ」
ティアーヌから重槌を受け取った。
右手で持ち、何度か振りかぶる。
「これは……凄いな」
確かに破壊力は抜群だ。
モンスターの頭蓋骨すら、簡単に砕くだろう。
「この素材は何だ? 初めて見る石だぞ」
「硬度八でレア度八の隕鉄石です」
「これが隕鉄石か」
鉱石の硬さを示す硬度と、レア度を示す数値は最高で十だ。
隕鉄石はレア中のレア素材で、俺も見たことはなかった。
「これ、すっごい高かったんですよ」
「まあ、ヴォル・ディルの大爪だって折るほどだもんな」
「でも、さすがに傷ついてしまいました……。ああ……」
先端が大きくえぐれている。
この隕鉄石の重槌をえぐるヴォル・ディルの大爪はさすがだ。
「俺の剣も使い物にならなくなったよ……」
重槌を振りながら、この武器も面白そうだと感じていた。
だが、糸巻きとは相性が悪い。
片手で扱うには重すぎる。
「あのー。それ片手で振れるものではないですよ?」
「え? あ、ああ。まあ俺はほら、鍛えてるからな」
「鍛えたって無理なものは無理ですよ。一番の化け物はマルディンさんですね。ふふ」
「うるさいよ」
俺たちの様子を眺めているウィルは、地面に足を投げ出し座り込んでいた。




