第118話 前例なき討伐試験6
「南洋鴨は煮ても焼いても美味しいですからね。フフ」
「捌くところを見てもいいですか?」
「いいですけど、面白くないですよ?」
俺はオルフェリアの解体を見せてもらうことにした。
南洋鴨の首を掴み、一気に解体していくオルフェリア。
フェルリートやアリーシャが魚を捌くよりも速い。
「う、嘘だろ……」
「オルフェリアさんの解体はマジで凄いよ。解体に人生かけてきた人だからな」
「それにしたって、ヤバいだろ」
信じられない光景を目の当たりにした。
俺はこれまでアリーシャが最も優れた解体師だと思っていたが、目の前の達人は格が違う。
アリーシャが憧れる意味が分かった。
だが、アリーシャならいつか肩を並べるだろう。
一瞬で三羽の南洋鴨を解体し、笑顔を浮かべているオルフェリア。
「三羽もありますからね。丸焼き、香辛料漬け、煮物にしましょう。楽しみです。フフ」
試験とは思えないほどの豪華な食事となった。
夕飯を食べ、簡易風呂に入り就寝。
飛空船でも就寝できるのだが、なぜか全員で小屋に宿泊することになった。
全員で見張りを交代しながら朝を迎え、朝食を取り、再度調査へ出発。
二日目も痕跡を辿るものの、大きな収穫はなくベースキャンプへ帰還。
俺はテーブルに森の地図を広げた。
現在地と、これまで調査した場所に記しをつける。
「もっと森の南へ進んだってことか」
「そうだな。さすがにもうベースキャンプから離れすぎてるから、一旦飛空船で移動した方がいいな」
ウィルが地図を眺めながら呟く。
オルフェリアも頷いている。
「そうですね。ここから南にはベースキャンプがありませんので、飛空船で進みましょう」
三日目の早朝に飛空船でベースキャンプを出発。
オルフェリアが地図を確認しながら、痕跡が続く上空を可能な限り低空で飛ぶ。
俺とウィルは、単眼鏡で地上の痕跡を追う。
ティアーヌは肉眼で周囲を偵察している。
飛空船の速度は低速で、徒歩よりも早く、馬車よりも遅い。
ラミトワが言うには、飛空船は低速操縦が最も難しいそうだ。
それを容易にやってのけるオルフェリア。
さすがはAランクの運び屋だ。
「ん? あ、あれは?」
ティアーヌが声を上げた。
「あそこだけ木が揺れてる?」
俺は単眼鏡を外し、ティアーヌが指差す方向に視線を向けた。
飛空船の右舷前方から、猛烈なスピードで木の揺れが近づく。
まるで突風が吹いてるようだ。
「あ、あれは! まさか!」
俺は思わず叫んだ。
「オルフェリアさん! 高度を上げろ! 急げ!」
「は、はい!」
木々の揺らめきが飛空船の正面に来ると、巨大な影が飛び出す。
「一角虎だ!」
飛空船に衝撃が走り、大きく揺れた。
「きゃっ!」
「ティアーヌ!」
大きく傾いた飛空船で、ティアーヌが壁に打ちつけられそうになった。
俺は咄嗟にティアーヌの手を引く。
ウィルに目を向けると、オルフェリアを抱えている。
一角虎は地上から飛び出し、大爪を振りかざして船体を攻撃した。
恐ろしいほどの跳躍力だ。
「俺は出る! ハッチを開けてくれ!」
「まだ上空ですよ!」
叫ぶティアーヌだが、オルフェリアは俺の意図を汲んでくれた。
「分かりました! ウィルも一緒に行ってください!」
一階の倉庫に到着すると、船尾のハッチはすでに開いていた。
高度は少し上がっており、木々の上空を飛行している。
「ウィル! 飛び降りるぞ!」
「ま、待てよ! まだ三十メデルトはあるぞ。もう少し高度を下げてからだろ」
「糸巻きがあるから大丈夫だ。俺に掴まれ」
「おっさんに掴まるのかよ!」
「うるせーな! 俺だって嫌だよ! 行くぞ!」
「ま、待て! ぎゃああああ!」
左手でウィルを抱え、俺は空中に飛び出した。
そして、大木の枝に向かって糸巻きを発射。
即座に巻き取り、落下の勢いを相殺して着地した。
「おおおお、マジで怖かった」
ウィルが地面に両手をついている。
「ウィル! 来るぞ!」
「分かってるよ!」
唸り声をあげ、ゆっくりと俺たちの前に姿を現した一角虎。
「グルゥゥゥゥ」
黄金色の美しい毛並みに、背中から腹にかけて、死神の鎌のような黒い模様が並ぶ。
その模様は顔にも続いている。
額には一本の白い角。
口からはみ出ている鋭く太い牙は、上下二本ずつあり、どんなものでも食いちぎるだろう。
瞳は金貨を埋め込んだかのように輝いているが、中心の瞳孔は井戸の底のような漆黒で、全ての光を吸い込む不気味さを持つ。
そして、四本の足の先には巨大な爪。
「ヴォル・ディル!」
ウィルが叫びながら、二本の両刃短剣を抜く。
「マルディン! 最強モンスターの一角だ! 死ぬなよ!」
「お前もな!」
俺も長剣を抜く。
「グルゥゥゥゥ」
ヴォル・ディルは俺たちを観察するかのように、美しくも不気味な眼球でこちらを見つめている。
ヴォル・ディルとの距離は約二十メデルト。
さっきの跳躍から判断すると、ヴォル・ディルならこの距離は一瞬で詰めるだろう。
「グルゥゥゥゥ」
ヴォル・ディルの身体が僅かに揺れたと思った瞬間、目の前に飛び込んできた。
「くっ!」
「速っ!」
俺は右方向へ飛び込みながら、地面で前転して辛うじて回避。
ウィルは左方向に向かって、俺と同じように避けていた。
着地したヴォル・ディルは瞬時に身体を捻り、ウィルが逃げた方向へ、右前足の大爪を振り上げながら飛びかかった。
恐ろしいほどの反応速度と瞬発力だ。
「ウィル!」
ウィルが双剣で大爪を防ぐと、甲高い音が鳴り響く。
だが、ウィルを追ったことで、ヴォル・ディルは俺に背を向けている。
「俺に隙を見せるなよ!」
俺は糸巻きを発射。
ヴォル・ディルの左後ろ足に糸を絡めて接近。
そのまま左足に向かって剣を振り下ろした。
「グゴオォォォォ!」
血飛沫が舞い、ヴォル・ディルが叫ぶ。
「ウィル! 片足をやったぞ!」
ヴォル・ディルが首を捻り、俺に視線を向けた。
ウィルがその隙を見逃すわけはないだろう。
「こっちも今からやるっての!」
ウィルが大きくジャンプし、双剣でヴォル・ディルの顔面を切りつけた。
「グゴオォォォォ!」
「よっしゃ!」
俺はヴォル・ディルの背後にいるため、ウィルの斬撃は見えなかったが、どうやら手応えはあったようだ。
しかし、ヴォル・ディルは左の大爪を真横に伸ばし、ウィルを切りつける。
あんな攻撃が当たれば、ウィルの身体が真っ二つに切り裂かれるのは間違いない。
「ウィル!」
「き、効いてねーのかよ!」
ウィルは叫びながら、空中で双剣を交差させ大爪を防ぐ。
大きな火花が散り、吹き飛ぶウィル。
「ぐはっ!」
十メデルトは飛ばされただろう。
背中を大木に激しく打ちつけ、地面に落下した。
「く、くそっ!」
「ウィル! よくやった! お前の死は無駄にしないぜ!」
「……し、死んでねーよ」
ウィルを弾き飛ばした左の大爪。
その四本の大爪の外側に向かって糸巻きを発射。
即座に巻き取り、ヴォル・ディルの顔面へ接近。
俺は空中で身体を反転させた。
ヴォル・ディルの右目には、交差した二本の傷がある。
ウィルが切った跡だ。
俺は左目を狙い、左手に握った長剣を右から左へ水平に振った。
「グゴオォォォォ!」
左目から血が舞う。
これで完全にヴォル・ディルの視力を奪った。
だが、ヴォル・ディルは左前足の肘を曲げ、糸が絡まったままの大爪を振り下ろす。
糸の巻取りが間に合わず、俺の身体は地面に激しく叩きつけられた。
「ぐはっ!」
「グゴオォォォォ!」
視力を奪ったはずなのに、ヴォル・ディルは地面に倒れた俺に向かって、正確に右爪を振り下ろしてくる。
音で察知しているのだろう。
「くそっ!」
俺は剣を立て、防御の姿勢を取る。
大爪が直撃すると同時に、剣を斜めに構え受け流した。
「う、嘘だろ!」
受け流しは成功したが、その代償は大きく、剣身が三日月のように削がれていた。
剣を削がれるなんて初めてだ。
この大爪の切れ味は危険過ぎる。
もうこの剣は使えないだろう。
もう一度、右爪を振り上げるヴォル・ディル。
「くっ!」
俺はなんとか脱出しようと、糸を巻き取る。
そして、周囲の木に向かって糸巻きを構えた。
離脱しなければ死ぬ。
「グゴオォォォォ!」
振り下ろされるヴォル・ディルの右爪。




