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【書籍発売中】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第四章 迷いと疑惑の秋

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第117話 前例なき討伐試験5

 飛空船は、以前開拓したベースキャンプに着陸。

 俺たちは小屋に荷物を運び込んだ。


 そして準備を終え、調査のためにベースキャンプを出発して森の中を進む。


「ギルマスも偵察へ行くんですか?」

「オルフェリアでいいですよ」

「じゃあ、オルフェリアさんで」

「フフ。私は冒険者に同行するタイプです。それに危険が迫っても、多少は自分の身を守れますから」


 オルフェリアが、腰のベルトにくくりつけられている解体短剣(メッサー)を指差した。

 通常よりもかなり大きな解体短剣(メッサー)だ。

 刃渡りは五十セデルト近くある。


「それってもしかして? 噂の?」

「噂かどうかは分かりませんが、竜種の素材で作りました。私が使うのは、この一本だけです」

「そういえば、アリーシャが言ってましたね。オルフェリアさんは一本の解体短剣(メッサー)しか使わないって」

「解体師によっては、いくつもの道具を使います。私も昔はたくさん使ってました。でも今は、この一本があれば大丈夫です。黒竜の角でローザが打ってくれた最高の一本で、終焉の短剣(リカトーレ)と呼ばれてます」

「ローザ? え? ローザってあの?」

「はい。神の金槌(シャイオン)のローザです」


 神の金槌(シャイオン)とは優秀な鍛冶師に送られる称号で、その時代に一人しかいない。

 正真正銘、世界最高で唯一無二の鍛冶師だ。


「それは凄いですね。神の金槌(シャイオン)の剣なんて全剣士の憧れです。こんな俺でも、いつか神の金槌(シャイオン)のローザが作った剣を持ちたいと思ってるんですよ。あっはっは」


 神の金槌(シャイオン)のローザが打つ剣は、一本金貨千枚でも手に入らない代物だ。

 それに、金を出せば作ってもらえるものでもない。

 それでも俺は、いつかローザの剣を持ちたいと思っていた。


「あら、そうなんですね。じゃあ……もしヴォル・ディルを討伐したら、その素材で剣を作りましょうか。ローザに打ってもらいましょう」

「いやいや、そんな簡単に作れるものじゃないでしょう。神の金槌(シャイオン)ですよ? もしかして知り合いなんですか? なんてね。あっはっは」

「あら? マルディンはご存知ないんですね。ローザは開発機関(シグ・ナイン)の局長ですから、私から依頼すれば作ってくれますよ」

「え? 開発機関(シグ・ナイン)の局長? ローザが? え?」

「あ、そういえば、ティルコア支部の開発機関(シグ・ナイン)のリーシュは、ローザの姪なんですよ」

「な、な、な、なんだって!」


 俺は思わず叫んでしまった。

 茂みにいた南洋鴨(ウトカ)が何羽か羽ばたいていく。


 リーシュが開発機関(シグ・ナイン)の局長を叔母さんと言っていたが、まさかそれがローザだったとは。

 もしかして、リーシュって凄い家系なのでは……。


「フフ。剣を作るためにも、まずはしっかりと調査しましょう」

「わ、分かりました」


 俺は額の汗を拭った。


「冒険者ギルドって、どうなってんだ? マジで化け物の巣窟なのか?」


 小さく呟くと、ティアーヌがそっと俺の腕を掴んだ。


「あのー、マルディンさんもその一人なんですよ?」

「お、おいおい。あんな化け物たちと一緒にしないでくれよ」


 ウィルが俺の肩に手を置く。


「おっと、我が君主の悪口はやめてくれるか?」

「フフ。ウィルこそ、いつも両陛下の悪口言ってるじゃないですか」


 オルフェリアの言葉で、ウィルの動きが止まった。


「や、やめろって! 言ってねーし! あの人たちの地獄耳に入ったらどうすんだよ!」

「フフ。異国の森ですから大丈夫ですよ」

「いや、あれは人外だ。どこに耳があるか分からないね」


 ウィルが両手を広げ、肩をすくめる。

 俺はウィルの背中を叩いた。 


「やっぱりお前が一番悪口言ってんじゃねーか。もしいつか両陛下にお会いしたら、言いつけてやる」

「やめろっつーの! マジで地獄を見るんだから! もしそうなったら、お前も付き合わせるからな!」

「付き合わせるって何をだよ」

「陛下との剣の稽古だ。あれはマジで地獄だぞ」

「世界最高の剣士との稽古なんて最高だろ?」

「お前は……本当の……地獄を知らない」


 ウィルの顔色が若干青ざめてる。

 それとは反対に、オルフェリアとティアーヌは笑っていた。


 危険な試験ということをすっかり忘れていたが、ここにいる者たちは俺以外、冒険者ギルドの達人だ。

 有事の際は、しっかりと切り替えるだろう。

 むしろ、俺が足を引っ張らないように気をつけなければならない。


 ――


 しばらく森を進むと、以前一角虎(ガーラ)四角竜(クワロクス)を襲った現場に到着した。

 ここから痕跡を辿る。

 クエストの基本である調査の開始だ。


「ここで一角虎(ガーラ)と遭遇したんだ。四角竜(クワロクス)を咥えて、あっちの方向へ進んでいったよ」


 周囲を観察しながら、まずは一角虎(ガーラ)が進んでいった方向へ向かう。

 巨大な四角竜(クワロクス)を引きずったことで、草木が倒れている。

 それを辿るだけの簡単な追跡だ。

 だが、突然痕跡が二手に分かれた。


「ん? 分岐?」

「あー、大型モンスターの獣道だな」


 ウィルが分岐点に立ち、右へ進み痕跡の観察を始めた。


「んー、こっちは古い獣道かもしれないな」

「おい、ウィル!」


 ウィルとは逆へ進んだ俺は、土が掘り返されたような痕跡を発見。

 片膝をついて、隈なく観察する。


「比較的新しいな。ウィル。これ、足跡じゃないか?」

「そうだな。大きな爪でえぐられたようだな。何度か雨が降ったようだけど、それでも残っている」


 オルフェリアとティアーヌも、別の場所にある痕跡を観察していた。


「マルディンの言う通り足跡ですね。この爪痕は通常種よりも大きいですし、それに本数が……」

「オルフェリア様。やはりヴォル・ディルの可能性が……」

「そうですね」


 俺は近くの倒木に視線を向けた。


「あの倒木は?」


 倒木へ近づく。

 直径が二メデルト近くある大木だ。

 自然に倒れたものでも、モンスターがへし折ったものでもない。

 まるで刃物で切ったような痕跡だ。


「切った? この大木を?」


 俺が切断面を確認すると、ウィルがしゃがみ込み、幹の切断面に触れた。


「こりゃ切ってるな。しかも一振りだ。何度も切りつけたような跡がない」


 俺も幹に触れてみた。

 ウィルの言う通り、切り口は非常に滑らかだ。


 オルフェリアも幹を観察している。


「これは一角虎(ガーラ)の爪研ぎです。しかし、ヴォル・ディルの爪は特殊なので、このような大木すら一振りで切り倒します。それに、通常種の爪は三本ですが、ヴォル・ディルは四本ありますので……」


 オルフェリアが周囲を見渡す。


「やはり、ヴォル・ディルで間違いないですね」


 オルフェリアが指差す方向には、輪切りとなった大木が三枚落ちていた。

 四本の爪で大木を切ったのであれば、爪と爪の間は三枚となる。


「気を引き締めて進みましょう」


 オルフェリアの一言で、全員の表情が引き締まった。


 ――


 しばらく痕跡を追う。

 だが、痕跡は森の奥へと続いていたため、この日は一旦ベースキャンプへ帰還することになった。


「ん? あれは南洋鴨(ウトカ)か」

「まあ、南洋鴨(ウトカ)ですか。美味しいですよね。私は好きです」


 オルフェリアが、南洋鴨(ウトカ)の群れを眺めていた。


「ラルシュ王国に南洋鴨(ウトカ)はいないんですか?」

「ええ、海に面してませんからね」


 南洋鴨(ウトカ)は南方の海に生息する水鳥だ。

 体長は五十セデルトほどで、足の水かきを巧みに使い水上で生活する。

 餌を求めて森林にも姿を現す。


「じゃあ、捕まえます。解体は頼みますよ」

「え? でも弓がないですよ?」


 俺は糸巻き(ラフィール)を構え、一回の発射で三羽の南洋鴨(ウトカ)を捕獲した。

 簡単に南洋鴨(ウトカ)を捕まえる俺に、オルフェリアが驚いている。


「凄いですね。それが噂の糸巻き(ラフィール)ですか」

「ええ、リーシュが開発したものです」

「実は本国で、マルディンの糸巻き(ラフィール)を研究して試作してみたのです」

「え? 本当ですか?」

「はい。特許を取ったことで構造は判明してます。ほぼ同じものを作ったのですが、あまりにも特殊すぎて誰も使用できなかったんです。私も試しましたが、発射しただけで肩が外れるかと思いました。ウィルは腕がちぎれると騒いでましたよ。フフ」


 オルフェリアがウィルに視線を向けると、苦笑いを浮かべ、肩をすくめていた。


「まあ、自分で言うのもなんですが、この糸巻き(ラフィール)は身体の負担が大きくて、それなりの筋力がないと扱えないんです」

「そうですよね。満点を取れるほどの身体能力じゃないと、扱えない代物だということが分かりました。唯一、陛下だけが繰り返し試してましたが、自分には難しすぎて扱えないと仰ってました。これを戦闘で、瞬時に操作できるなんて凄いと感心してましたよ。フフ」

「そ、そうですか」

「ですから、やっぱり糸巻き(ラフィール)はマルディンの専用武器です。ただ、構造的には他の用途に使えるということで、ラルシュ工業の開発陣が喜んでましたよ」

「なるほど。だから使用料が入ってくるんですね」

「ええ、革命だと仰ってました」

 

 話しながらも周囲への警戒は怠らない。

 だが特に問題はなく、ベースキャンプに帰還した。


「よし、飯だ! ティアーヌ、オイラが火を起こす。オマエは水を用意しろ」

「はい、ウィル様!」

「あとはオルフェリアさんがやってくれる」

「やったー! 久しぶりのオルフェリア様の料理! 楽しみです!」


 手慣れた仕草で、ウィルとティアーヌが調理の準備を開始。

 オルフェリアは、俺が狩猟した南洋鴨(ウトカ)を取り出した。

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