第117話 前例なき討伐試験5
飛空船は、以前開拓したベースキャンプに着陸。
俺たちは小屋に荷物を運び込んだ。
そして準備を終え、調査のためにベースキャンプを出発して森の中を進む。
「ギルマスも偵察へ行くんですか?」
「オルフェリアでいいですよ」
「じゃあ、オルフェリアさんで」
「フフ。私は冒険者に同行するタイプです。それに危険が迫っても、多少は自分の身を守れますから」
オルフェリアが、腰のベルトにくくりつけられている解体短剣を指差した。
通常よりもかなり大きな解体短剣だ。
刃渡りは五十セデルト近くある。
「それってもしかして? 噂の?」
「噂かどうかは分かりませんが、竜種の素材で作りました。私が使うのは、この一本だけです」
「そういえば、アリーシャが言ってましたね。オルフェリアさんは一本の解体短剣しか使わないって」
「解体師によっては、いくつもの道具を使います。私も昔はたくさん使ってました。でも今は、この一本があれば大丈夫です。黒竜の角でローザが打ってくれた最高の一本で、終焉の短剣と呼ばれてます」
「ローザ? え? ローザってあの?」
「はい。神の金槌のローザです」
神の金槌とは優秀な鍛冶師に送られる称号で、その時代に一人しかいない。
正真正銘、世界最高で唯一無二の鍛冶師だ。
「それは凄いですね。神の金槌の剣なんて全剣士の憧れです。こんな俺でも、いつか神の金槌のローザが作った剣を持ちたいと思ってるんですよ。あっはっは」
神の金槌のローザが打つ剣は、一本金貨千枚でも手に入らない代物だ。
それに、金を出せば作ってもらえるものでもない。
それでも俺は、いつかローザの剣を持ちたいと思っていた。
「あら、そうなんですね。じゃあ……もしヴォル・ディルを討伐したら、その素材で剣を作りましょうか。ローザに打ってもらいましょう」
「いやいや、そんな簡単に作れるものじゃないでしょう。神の金槌ですよ? もしかして知り合いなんですか? なんてね。あっはっは」
「あら? マルディンはご存知ないんですね。ローザは開発機関の局長ですから、私から依頼すれば作ってくれますよ」
「え? 開発機関の局長? ローザが? え?」
「あ、そういえば、ティルコア支部の開発機関のリーシュは、ローザの姪なんですよ」
「な、な、な、なんだって!」
俺は思わず叫んでしまった。
茂みにいた南洋鴨が何羽か羽ばたいていく。
リーシュが開発機関の局長を叔母さんと言っていたが、まさかそれがローザだったとは。
もしかして、リーシュって凄い家系なのでは……。
「フフ。剣を作るためにも、まずはしっかりと調査しましょう」
「わ、分かりました」
俺は額の汗を拭った。
「冒険者ギルドって、どうなってんだ? マジで化け物の巣窟なのか?」
小さく呟くと、ティアーヌがそっと俺の腕を掴んだ。
「あのー、マルディンさんもその一人なんですよ?」
「お、おいおい。あんな化け物たちと一緒にしないでくれよ」
ウィルが俺の肩に手を置く。
「おっと、我が君主の悪口はやめてくれるか?」
「フフ。ウィルこそ、いつも両陛下の悪口言ってるじゃないですか」
オルフェリアの言葉で、ウィルの動きが止まった。
「や、やめろって! 言ってねーし! あの人たちの地獄耳に入ったらどうすんだよ!」
「フフ。異国の森ですから大丈夫ですよ」
「いや、あれは人外だ。どこに耳があるか分からないね」
ウィルが両手を広げ、肩をすくめる。
俺はウィルの背中を叩いた。
「やっぱりお前が一番悪口言ってんじゃねーか。もしいつか両陛下にお会いしたら、言いつけてやる」
「やめろっつーの! マジで地獄を見るんだから! もしそうなったら、お前も付き合わせるからな!」
「付き合わせるって何をだよ」
「陛下との剣の稽古だ。あれはマジで地獄だぞ」
「世界最高の剣士との稽古なんて最高だろ?」
「お前は……本当の……地獄を知らない」
ウィルの顔色が若干青ざめてる。
それとは反対に、オルフェリアとティアーヌは笑っていた。
危険な試験ということをすっかり忘れていたが、ここにいる者たちは俺以外、冒険者ギルドの達人だ。
有事の際は、しっかりと切り替えるだろう。
むしろ、俺が足を引っ張らないように気をつけなければならない。
――
しばらく森を進むと、以前一角虎が四角竜を襲った現場に到着した。
ここから痕跡を辿る。
クエストの基本である調査の開始だ。
「ここで一角虎と遭遇したんだ。四角竜を咥えて、あっちの方向へ進んでいったよ」
周囲を観察しながら、まずは一角虎が進んでいった方向へ向かう。
巨大な四角竜を引きずったことで、草木が倒れている。
それを辿るだけの簡単な追跡だ。
だが、突然痕跡が二手に分かれた。
「ん? 分岐?」
「あー、大型モンスターの獣道だな」
ウィルが分岐点に立ち、右へ進み痕跡の観察を始めた。
「んー、こっちは古い獣道かもしれないな」
「おい、ウィル!」
ウィルとは逆へ進んだ俺は、土が掘り返されたような痕跡を発見。
片膝をついて、隈なく観察する。
「比較的新しいな。ウィル。これ、足跡じゃないか?」
「そうだな。大きな爪でえぐられたようだな。何度か雨が降ったようだけど、それでも残っている」
オルフェリアとティアーヌも、別の場所にある痕跡を観察していた。
「マルディンの言う通り足跡ですね。この爪痕は通常種よりも大きいですし、それに本数が……」
「オルフェリア様。やはりヴォル・ディルの可能性が……」
「そうですね」
俺は近くの倒木に視線を向けた。
「あの倒木は?」
倒木へ近づく。
直径が二メデルト近くある大木だ。
自然に倒れたものでも、モンスターがへし折ったものでもない。
まるで刃物で切ったような痕跡だ。
「切った? この大木を?」
俺が切断面を確認すると、ウィルがしゃがみ込み、幹の切断面に触れた。
「こりゃ切ってるな。しかも一振りだ。何度も切りつけたような跡がない」
俺も幹に触れてみた。
ウィルの言う通り、切り口は非常に滑らかだ。
オルフェリアも幹を観察している。
「これは一角虎の爪研ぎです。しかし、ヴォル・ディルの爪は特殊なので、このような大木すら一振りで切り倒します。それに、通常種の爪は三本ですが、ヴォル・ディルは四本ありますので……」
オルフェリアが周囲を見渡す。
「やはり、ヴォル・ディルで間違いないですね」
オルフェリアが指差す方向には、輪切りとなった大木が三枚落ちていた。
四本の爪で大木を切ったのであれば、爪と爪の間は三枚となる。
「気を引き締めて進みましょう」
オルフェリアの一言で、全員の表情が引き締まった。
――
しばらく痕跡を追う。
だが、痕跡は森の奥へと続いていたため、この日は一旦ベースキャンプへ帰還することになった。
「ん? あれは南洋鴨か」
「まあ、南洋鴨ですか。美味しいですよね。私は好きです」
オルフェリアが、南洋鴨の群れを眺めていた。
「ラルシュ王国に南洋鴨はいないんですか?」
「ええ、海に面してませんからね」
南洋鴨は南方の海に生息する水鳥だ。
体長は五十セデルトほどで、足の水かきを巧みに使い水上で生活する。
餌を求めて森林にも姿を現す。
「じゃあ、捕まえます。解体は頼みますよ」
「え? でも弓がないですよ?」
俺は糸巻きを構え、一回の発射で三羽の南洋鴨を捕獲した。
簡単に南洋鴨を捕まえる俺に、オルフェリアが驚いている。
「凄いですね。それが噂の糸巻きですか」
「ええ、リーシュが開発したものです」
「実は本国で、マルディンの糸巻きを研究して試作してみたのです」
「え? 本当ですか?」
「はい。特許を取ったことで構造は判明してます。ほぼ同じものを作ったのですが、あまりにも特殊すぎて誰も使用できなかったんです。私も試しましたが、発射しただけで肩が外れるかと思いました。ウィルは腕がちぎれると騒いでましたよ。フフ」
オルフェリアがウィルに視線を向けると、苦笑いを浮かべ、肩をすくめていた。
「まあ、自分で言うのもなんですが、この糸巻きは身体の負担が大きくて、それなりの筋力がないと扱えないんです」
「そうですよね。満点を取れるほどの身体能力じゃないと、扱えない代物だということが分かりました。唯一、陛下だけが繰り返し試してましたが、自分には難しすぎて扱えないと仰ってました。これを戦闘で、瞬時に操作できるなんて凄いと感心してましたよ。フフ」
「そ、そうですか」
「ですから、やっぱり糸巻きはマルディンの専用武器です。ただ、構造的には他の用途に使えるということで、ラルシュ工業の開発陣が喜んでましたよ」
「なるほど。だから使用料が入ってくるんですね」
「ええ、革命だと仰ってました」
話しながらも周囲への警戒は怠らない。
だが特に問題はなく、ベースキャンプに帰還した。
「よし、飯だ! ティアーヌ、オイラが火を起こす。オマエは水を用意しろ」
「はい、ウィル様!」
「あとはオルフェリアさんがやってくれる」
「やったー! 久しぶりのオルフェリア様の料理! 楽しみです!」
手慣れた仕草で、ウィルとティアーヌが調理の準備を開始。
オルフェリアは、俺が狩猟した南洋鴨を取り出した。




