第116話 前例なき討伐試験4
ついに試験当日を迎えた。
早朝にギルドの簡易空港に集合。
使用する飛空船は、オルフェリアたちが乗ってきた飛空船だ。
船級は中型船のカルソンヌ級。
三階建てで、一階は大型倉庫、二階は居住区、三階は操縦室や会議室などが設けられている。
最大定員は二十名だという。
ラーニャやギルド職員が見送ってくれる中、飛空船は離陸した。
飛空船を操縦するのはオルフェリアだ。
操縦室にはティアーヌも入り、俺とウィルは会議室で待機。
「しかし、何度見ても凄い森だな」
俺は窓から、眼下に広がる広大なカーエンの森を眺めていた。
「まあ、このカーエンの森は世界最大の汽水域森林だからな」
ウィルが珈琲を飲みながら、テーブルに置いた資料を眺めている。
恐らく別の仕事の書類だろう。
騎士団副団長だし、仕事は山ほどあるはずだ。
「ウィルは世界中を旅したんだろう?」
「もちろんさ。冒険者としても、ギルドハンターとしても世界を回ったよ。でもやっぱり故郷が一番だね」
「お前の故郷は?」
「オイラは小さい頃から各地を転々としていたから、故郷って呼べる場所がない。だからオイラの故郷はラルシュ王国の王都だ。まだ建国数年だけど、長年住んでいたような感覚だよ」
「そうか。素晴らしい街なんだろうな」
「ああ、最高だよ。他国の首都に比べるとまだ小さいけど、いずれは世界最大の都市になるさ。アンタだって、今やティルコアが第二の故郷だろ? 住んだ年数なんて関係ないぜ」
「そうだな……」
ウィルの言う通り、現在はティルコアが俺の故郷だと思っている。
だが、祖国には一つだけ心残りがあった。
許されるのであれば、いつかそれだけはなんとかしたい。
会議室の伝声管が震え、管を叩く音が二回聞こえた。
これは声を出す前の合図だ。
「そろそろ、目的の区域に到着します。ひとまず空中停泊させますね」
伝声管から聞こえるオルフェリアの声。
しばらくすると、オルフェリアとティアーヌが会議室に入ってきた。
八人用の大きなテーブルに座ると、オルフェリアが全員を見渡す。
「今回の一角虎討伐に関してですが……」
俺は改めてモンスター事典を思い出した。
◇◇◇
一角虎
階級 Aランク
分類 四肢型獣類
体長約十メデルト。
大型の獣類モンスター。
熱帯地方の密林に生息し、食物連鎖の頂点に立つことから、密林の王と呼ばれる。
頭部には約一メデルトの角を持ち、巨大な牙と鋭い爪で獲物を狩る。
大型モンスターすらも容易に狩るスピードとパワーを持つ。
特に爪の攻撃は、鉄をも切り裂くと言われている。
黄金色の体毛に、黒い縞模様が背中から体の側面にかけて、一定の間隔で並ぶ。
その美しい毛皮は、敷物からコートまで幅広く活用され、驚くほど高価で取引されることで有名。
また、角や爪は高級素材として装備に使用される。
◇◇◇
「実は、通常種ではない可能性があります」
俺はオルフェリアの発言の意味が分からなかった。
「通常種ではない?」
「ええ。まだ確証が持てないのですが……」
「ど、どういうことですか?」
ウィルが腕を組み、オルフェリアを見つめている。
「マジか。ってことはネームド?」
「その可能性が非常に高いです」
「やっぱねー。いくら試験とはいえ、オイラやオルフェリアさんが出るのはおかしいと思ってたんだよ。まあ予想してたけどさ」
ウィルは一人で納得していた。
ネームドという名前は俺も知っているが、事態を飲み込めない。
「ネームドって……。まさか?」
「そのまさかだよ。マルディンもネームドくらいは知ってるだろ?」
「そりゃ知ってるさ。試験にも出るからな」
◇◇◇
固有名保有特異種
種族の中から極稀に産まれる特別な能力を持った個体や、特別に進化した個体を指す。
街や国に厄災をもたらすほどの存在であり、識別するため個体に名前が付与されている。
◇◇◇
ネームドの脅威は、数々の記録として残っている。
また、噂レベルではあるが、いくつもの村が壊滅したり、騎士団の一個師団が全滅したなんて話もあるほどだ。
俺はオルフェリアに視線を向けた。
「もし本当にネームドだとしたら……。さすがに、討伐試験でネームドなんて無理じゃないですか?」
「様々なタイミングが合致したことで、今回はマルディンの討伐試験としましたが、この討伐は必須なんです。もし一角虎がネームドだった場合、ティルコアが危険です。今はまだ大丈夫ですが、冬になると森の食料が減り、町を襲撃する可能性があります。ですから、早めに討伐する必要があるのです」
「え? 町を襲うんですか?」
「はい。一角虎のネームドは世界に何頭かいます。その中でも、エマレパ皇国の南方に生息するネームドのヴォル・ディルは狡猾で残忍。冬季にエマレパ南部の町や村を幾度となく襲った事例があるんです」
「ヴォル・ディル……」
「名前の意味は悪魔の爪です。ヴォル・ディルの爪は、通常種よりも数倍大きく、硬さを示す硬度も非常に高いです。ティルコアの頑丈な石造りの家も、ヴォル・ディルにとっては薄い木造の家と変わらないでしょう」
「そ、それほどのモンスターだったのか……」
俺はその一角虎と遭遇している。
もしヴォル・ディルというネームドなのであれば、あの時の俺は命の危機にさらされていた。
むしろ生きてることが奇跡なのかもしれない。
「黙っていたことは申し訳ありません。不安を広げたくなかったので、直前まで極秘にしていました。それにまだ確定したわけでもありません。まずはクエストの基本である……」
「調査からですね」
「そうです」
焦っても仕方がない。
俺は気持ちを切り替えた。
「ウィル。ネームドの討伐はあるのか?」
「オイラは経験あるよ。何頭か討伐している」
「お前すげーな」
「まあね。こう見えてベテランだし」
続いてティアーヌを見つめる。
「ティアーヌは?」
「私は初めてです。でもウィル様とマルディンさんがいるので安心です。ふふ」
なぜこんなにポジティブなのだろうか。
やはりこの娘の肝は座っている。
「町が危険ならやるしかねーな……」
俺は呟き、オルフェリアに視線を向けた。
「分かりました。ただし、試験ってことを考えずにやります。どんな形になろうとも、討伐だけを目的としますので」
「はい、それで構いません。本来の討伐というものは、結果が全てですから」
オルフェリアが笑顔を浮かべた。
「ふふ。でも、マルディンはあの試験で満点ですよ。ギルドの歴史で満点を取ったのは三人だけ。他の二人はネームドも討伐しています。マルディンだってできますよ」
その期待は過剰だと思うが、町を守ると決めている。
試験に関係なく、全力で討伐するだけだ。




