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第115話 前例なき討伐試験3

 俺はウィルと調査機関(シグ・ファイブ)の事務所を訪れた。

 事務所に入ると、支部長のティアーヌと数人の職員が机で事務仕事をしている。


「あ、マルディンさん。おはようございます」

「おはよう、ティアーヌ」

「今日はどうしました?」

「来客だよ」

「え? 来客ですか?」


 俺の後ろに立っているウィルだが、俺よりも身長が低いため見えないようだ。

 だがティアーヌはすぐに気づいた。


「ウィ、ウィル様!」

「よう、ティアーヌ」

「到着は夕方と伺ってましたが?」

「ちょっと早く到着してね」


 支部長の机から、駆け寄るティアーヌ。


「ティアーヌ、元気かい?」

「はい! もちろんです!」

「南国はどうよ?」

「もう最高です! 転勤させてくださってありがとうございます!」


 ティアーヌに案内されソファーに座ると、職員が珈琲を淹れてくれた。

 職員たちもウィルの訪問に驚いてる様子だ。


「皆も支部の立ち上げをありがとう」


 ウィルが声をかけると、何人かの女性職員が頬を赤らめていた。

 ウィルは人気があるのだろうか。

 まあでも強国の騎士団副団長だし、ギルドの重鎮だ。

 見た目も悪くないから、人気があってもおかしくはない。


「ティアーヌ。マルディンの討伐試験は三日後に決まったよ」

「かしこまりました。準備します」

「久しぶりの冒険者だけど大丈夫だろ?」

「もちろんです。それにウィル様がいらっしゃれば、一角虎(ガーラ)だって問題ありません」

「まあ今回の主役はマルディンだ。オイラはあくまでも試験官としてサポートだよ。ティアーヌもそのつもりで」

「承知いたしました。でも、マルディンさんにサポートはいらないと思うんですけどねえ」


 ティアーヌが目を細めながら、俺に視線を向けた。


「いるに決まってるだろ! Aランクモンスターなんて初めてだぞ!」

「ふふ。楽しみですね」


 Aランクモンスターの討伐を楽しみと言うティアーヌ。

 以前、犯罪組織へ潜入した時もそうだが、ティアーヌは度胸が座っている。

 物怖じしない性格で、並外れた胆力の持ち主だ。

 若いのに相当な修羅場を潜って来たのだろう。


「なあ、ウィル。もしかして、ティアーヌって元ギルドハンターか?」

「ああ、そうだよ。調査機関(シグ・ファイブ)の職員だけど、実は短期間だけギルドハンターをやってもらった時期がある。ギルドハンターは慢性的な人手不足だからな。ティアーヌは優秀だったぞ」


 ティアーヌが照れを隠すかのように珈琲を口にしている。


「へへ。褒められちゃった」


 小さな声で呟くティアーヌ。

 その後、ティアーヌに試験の詳細を伝え、打ち合わせを行った。


 ――


 昼食の時間を迎え、近隣の食堂へ移動。

 事務所は繁華街の裏路地にあるため、店が豊富だった。


 俺とウィルとティアーヌの三人で飯を食い、食後のデザートを楽しむ。


「美味かったなあ。ティアーヌは毎日この町で美味いもの食ってるのか」

「はい、そうです。羨ましいでしょう? ウィル様も転勤しますか?」

「オイラは騎士団の副団長だっつーの」


 黒糖のドーナツを一口かじるウィル。

 このドーナツは中心に穴が空いてない球状で、この地方独特のものだ。

 椰白乳(コルナ)の油で揚げたことで甘い香りがするドーナツは、外はカリッとした適度な歯応えがあり、中はしっとりと驚くほど柔らかい。

 俺の生まれ故郷ジェネス王国のドーナツは中心に穴が空いてるので、初めて見た時は驚いたものだ。


「まあでもこの町は悪くない。この丸いドーナツも美味いしな。引退したらオイラも来るか。ハハ」

「ぜひぜひ。私は気に入っちゃいました」

「なんだよ。オマエ、ここに永住するつもりか?」

「そうですねー。マルディンさんもいるし、ずっと住んでもいいかなって。ふふ」


 微笑みながらウィルを見つめているティアーヌ。


「ところでウィル様。リマ様とは進展ありましたか?」

「……ないね」

「早くしないと取られちゃいますよ?」

「うるさいな。それに、あんなガサツな女が取られるわけないだろ」

「リマ様は意外と人気があるんですよ? もう、剣だとスピードも手数もあるのに、恋愛には手が出ないんだから」

「ほっとけよ!」


 声を荒げながら、まるで剣を振るかのような速度でドーナツを掴むウィル。

 ティアーヌが笑顔で俺に視線を向けた。


「マルディンさん。ウィル様はね、騎士団団長のリマ様に好意を抱いているのですが、何もできないんです。私としては、ウィル様に早く落ち着いていただきたいんですけどね。ふふ」

「なんだ。てっきりティアーヌは、ウィルのことが好きだと思ってたよ」

「え? 私ですか? ウィル様は尊敬してますが、子供っぽいのでなしです。もっと大人の男性がいいです」


 ウィルがドーナツを頬張る。


「本人の前で言うんじゃないよ!」

「ふふ。応援してますよ」

「うるさいなー」


 珈琲カップを手に持ちながら、苦々しい表情を浮かべている。


「ったく……。おい、ティアーヌ。後でギルドへ行けよ。オルフェリアさんが会いたがってたぞ」

「本当ですか! 嬉しいです!」

「夜は歓迎会があるそうだ。調査機関(シグ・ファイブ)の皆も参加しろよ」

「かしこまりました。全員に伝えておきますね」


 ウィルは特に怒るわけでもなく、ティアーヌに恋愛の話をされても全く気にしてないようだ。

 俺の勝手な想像だが、きっと普段からこういう話をされて慣れているのだろう。

 なんとなく、ウィルの性格が垣間見えた。


「お前、いい上司やってんじゃねーか」

「なんだよ。褒めたってドーナツやんねーよ」

「ん? この丸いドーナツ気に入ったか。いいよ、俺の分も食え」

「マジで! アンタいいやつだな」


 満面の笑みを浮かべたウィルは、双竜の名にふさわしいスピードで俺のドーナツを掴んだ。


 ――


 夕焼けが始まった頃に、ギルドの食堂で歓迎会が開催。

 オルフェリアが挨拶をして、ラーニャが乾杯の音頭を取った。


 食堂にはかなりの人数が集まっている。

 特にオルフェリアの周りは、常に人で溢れかえっていた。

 もちろん、ウィルの周囲にも冒険者が殺到している。


 アリーシャは、尊敬するオルフェリアと会話ができたことで号泣していた。


「良かったな。アリーシャ」

「はい。オルフェリア様と……お話することができて……幸せです」


 ハンカチで涙を拭うアリーシャ。

 驚くことに、オルフェリアはアリーシャの解体を見たいそうだ。

 そして、時間が許す限り指導してもらえるとのことだった。


「本当に……夢のようです」

「そうだな。尊敬する世界最高の解体師に教えてもらえるんだもんな」

「はい。信じられません」

「ってことは、アリーシャはギルマスの弟子になるってことか?」

「え? そ、そんな! 恐れ多いです!」

「でも、実際そうだろ? 冒険者は徒弟制が多いと聞くが、解体師や運び屋にはまだその風習がない。ギルマス自ら、その風習を作っていこうとしてるんだろう」


 数年前まで、解体師や運び屋は差別の対象だったそうだ。

 当時はまだ一介の解体師だったオルフェリアの活躍によって、人気の職業に変わってきたという。


「きっとギルマスはそうやって切り開いてきたんだ」

「はい……」

「お前ならできるさ。ギルマスから技術を受け継いで、将来的にはお前も継承していくんだ」


 俺はアリーシャの背中を軽く叩いた。


「はい……。私もマルディンについていけるように頑張ります」

「おいおい、何言ってんだよ。そもそも、お前はすでにBランクなんだぞ。俺の方こそ、お前たちと一緒にパーティーを組みたいから昇格するんだ」

「じゃあ、ずっと一緒にいてくださいよ」

「当たり前だろ。お前たちが俺を見捨てない限りな。あっはっは」

「そんなわけないじゃないですか。もう……バカ」


 涙を拭きながらも、俺の腕を叩くアリーシャだった。


 ――


 夜も遅くなると、なかなかに酔ってる者たちの姿も見える。

 俺は心配になりラーニャの姿を探すと、さすがに酒を控えているようで安心した。


「さすがに、あの姿をギルマスに見せられないからな。あっはっは」

「そうだね。ふふ」


 フェルリートが俺のグラスに葡萄酒を注いでくれた。


「マルディン。試験頑張ってね」

「ああ、ありがとう」

「凄く危険なクエストって聞いたよ。ちゃんと無事に帰ってきてね」

「ああ、もちろんさ。帰ってきて、お前の飯を食うのが楽しみなんだ」

「うん。待ってる。美味しいご飯作るからね」


 俺はグラスの葡萄酒を飲み干す。


「おーい、マルディン。こっち来いよ」


 ウィルが手を挙げて、俺を呼んでいる。


「さて、ウィル様をもてなしてくるか」

「うん。じゃあ私はキッチンに戻るね」

「ああ、また後でな」


 冒険者に囲まれているウィルの元へ向かう。

 歓迎会は深夜まで続いた。

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