第114話 前例なき討伐試験2
俺の前まで進み、深々とお辞儀をした女性。
「初めまして。ギルドマスターのオルフェリアと申します」
「Cランク冒険者のマルディンと申します」
丁寧な挨拶に、俺も思わず騎士の略式礼で返した。
俺は冷静を装っているが、ギルマスの持つオーラに圧倒され、勝手に身体が動いてしまったようだ。
ギルマスは世界最高の解体師と聞いていたため、荒々しいイメージを持っていた。
だが、そのイメージとは正反対で、清楚という言葉が似合う外見だ。
透き通るほどの真っ白な肌。
黒く長い髪を左右に一本ずつ結び、肩から胸に下げている。
黒く大きな瞳に、薄い桃色をした唇。
身長は俺より少し低く、手足は長い。
アリーシャもそうだが、女性の解体師はイメージと違うことが多いような気がする。
「皆様、ソファーにお座りください」
ラーニャが声を掛ける。
オルフェリアとウィルが並んで座り、その正面に俺が座った。
ラーニャは一旦退室。
恐らくフェルリートに珈琲を依頼するのだろう。
ウィルが部屋を見渡し、誰もいないことを確認している。
「おい、マルディン。アンタなに満点取ってんだよ」
「Aランク取るために、必死にやったんだよ」
「だからって、ふつう満点取るか? これ以上ない記録を作りやがって」
「別にいいだろ! っていうか、なんでお前が来るんだよ!」
「仕方ねーだろ!」
ウィルが顔の向きを動かさず、視線だけをオルフェリアに向けた。
この仕草から、ウィルが上からの逆らえない命令でこの地に来たことを理解。
視線を向けたのは、オルフェリアへ嫌味のつもりだろう。
だがオルフェリアは笑みを崩さず、優しい眼差しでウィルを見つめていた。
「フフ、仲良いですね」
「いいように見える?」
「見えますよ。ウィルにお友達ができて良かったですね」
「親みたいなこと言うなよ!」
「こんな大きな子供なんていりませんよ。フフ」
オルフェリアが白く細い手を口に当て、笑っていた。
ラーニャが戻り、俺の隣に着席。
「失礼します」
フェルリートが、珈琲と焼き菓子をトレーに乗せ入室。
珈琲カップを置く手が、緊張から僅かに震えていた。
ギルマスの来訪だ、無理もない。
焼き菓子が入った小さな籐籠をテーブルに置き、一礼して退室したフェルリート。
部屋は緊張感に包まれ、静寂が広がる。
「マルディン。共通試験の満点、おめでとうございます」
オルフェリアが座った状態で、お辞儀をした。
「ありがとうございます」
「フフ。両陛下も驚いてましたよ。そして、マルディンに会いたがってました」
「そうでしたか。いつかお会いしたいですね」
「ぜひ、我が国へいらしてください。歓迎しますよ」
これは社交辞令だろう。
その証拠に、ウィルは興味なさそうに珈琲を口にし、焼き菓子をつまんでいた。
「さて、ではさっそく本題に入ります。今回の討伐試験ですが、特例として一角虎の討伐とします。カーエンの森に突如として出現した一角虎は危険です。一角虎の危険度と、この地の冒険者の在籍状況、マルディンの試験など、全てを勘案して最善な方法を選択しました」
「お気遣いありがとうございます」
ラーニャが謝辞を述べ、頭を下げる。
「とはいえ、マルディンの負担が大きいので、試験官兼サポートとしてウィルを指名しました。そして、解体師と運び屋は私が担当します。ウィルはAランク冒険者ですし、私は恥ずかしながらSランク解体師です。それにAランクの運び屋の資格も保有しています」
「オルフェリア様。試験は三人で行かれるのですか?」
「今回は試験という形式のため、マルディンを中心として討伐を行うことになります。マルディンの実力は申し分ないですが、相手は一角虎です。サポートとして、もう一人連れていきます。その者もAランク冒険者ですから問題ないでしょう」
「この地にAランク冒険者はいませんが、派遣していただけるのですか?」
「実はこの地に一人いるのです」
「え? この地に……ですか?」
さすがのラーニャも驚いた表情を浮かべている
「はい。調査機関のティアーヌ支部長です。現在は冒険者として活動していませんが、今回は特別に参加していただきます」
「え? ティアーヌ支部長はAランクだったのですか?」
「そうです。調査機関の職員ですが、冒険者カードも保有しています」
調査機関の支部長ティアーヌ。
過去に諜報員として活動していたことは知っていたが、まさかAランク冒険者だったとは思わなかった。
だが、あの身のこなしは相当なものだ。
Aランク冒険者と言われても頷ける。
その後、討伐試験について話し合った。
試験の内容を受験者も含めて話し合う状況には笑ってしまうが、危険な一角虎の討伐だ。
入念に打ち合わせを行う。
そして、出発は三日後となった。
それまでは準備に費やされる。
オルフェリアがウィルの肩にそっと手を置く。
「ウィル。私はギルド職員の皆さんに挨拶をしてきます。あなたは自由行動でいいですよ」
「分かった。ちょっと行く所があるしね」
「夜には戻ってきてくださいね。私たちは飛空船で宿泊します。帰ってこないと鍵を閉めちゃいますよ」
「了解」
「あ、それと、町の人に迷惑をかけちゃダメですよ」
「う、うるさいな! かけるわけないだろ! 親かっつーの!」
「こんな大きな子供なんていりませんよ。フフ」
飛空船は快適に宿泊できるが、さすがにギルマスを放置しておくわけにはいかない。
パルマが諸々手配しているという話だから、問題ないだろう。
「オルフェリア様。こちらで宿を手配しております。そして、ご予定がなければ、夜は歓迎会をさせていただきたいのですが、よろしいですか?」
「あら、いいのですか?」
「もちろんです。解体師や運び屋は、オルフェリア様のお話を聞きたいはずですから」
「フフ。分かりました。ありがとうございます」
歓迎会では、ギルマスに会いたい者たちが殺到するだろう。
世界に影響を持つ人物が、こんな田舎に来たのだ。
冒険者ギルド関係者だけではなく、町長や漁師ギルドのギルマスだって会談を申し込むかもしれない。
冒険者ギルドのギルマスなんて、会いたくても会えない存在なのだから。
「あ、そうだ。その時に、解体師のアリーシャを呼んでいただけますか?」
「アリーシャですか?」
「はい。少しお話をしたくて」
「え! いいのですか! 彼女はオルフェリア様を尊敬してます」
「あら、嬉しいですね」
ウィルがソファーから立ち上がった。
「じゃあ、俺たちは行くよ。また後でね」
「分かりました。気をつけていってらっしゃい」
「はいはい」
ウィルが俺に視線を向けた。
「マルディン。アンタも付き合え」
「仕方ねーな。フリッターにでも並ぶのか?」
「それもあるが、他にも用事があるんだ」
俺とウィルはギルドを出て、商店街にある調査機関へ移動した。
◇◇◇
ラーニャに案内され、ギルド職員たちと挨拶を交わしたオルフェリアは、ギルドの食堂で昼食を取ることにした。
普段と同じギルドの様子が見たいという、オルフェリアの希望だ。
フェルリートが作った魚料理を満足そうに食べていた。
昼食後、オルフェリアは研究機関へ向かう。
ラーニャの付き添いを丁重に断り、一人で町道を歩く。
ラーニャに気を使わせたくなかったことと、一人で美しい港町を見て回りたかったことが理由だ。
そして、これから研究機関で話すことはまだ極秘にしたかった。
研究機関に到着したオルフェリア。
予定よりも早い到着だが、変人揃いで有名な研究機関の職員たちは大して驚かない。
「オルフェリア様。お待ちしておりました」
オルフェリアを迎えたのは、研究機関支部長、トレファスだ。
四十歳の男性で、身長は少し低く、小太りと言っていい体格をしている。
人の良さそうな優しい顔つきで、丸いメガネをかけており、白衣を羽織っている研究者だ。
「トレファス。久しぶりですね」
挨拶を交わした二人は、そのまま個室へ移動した。
四人がけのテーブルに座るオルフェリアとトレファス。
「調査の結果は出ましたか?」
「はい。カーエンの森は調査が難しく、断定はできないのですが……」
額の汗をハンカチで拭うトレファス。
窓からは秋の涼しい風が入るが、トレファスにとっては暑い。
トレファスは一枚の書類を取り出し、テーブルに置いた。
「オルフェリア様の予想通り、固有名保有特異種の可能性が高いです」
「やはりそうでしたか。昨年から活動期に入ったと報告を受けてましたので、もしかしたらと思っていたのですが……」
固有名保有特異種とは、種族の中から極稀に産まれる特別な能力を持った個体や、特別に進化した個体を指す。
街や国に厄災をもたらすほどの存在であり、識別するため個体に名前が付与されている。
暑さなのか、恐怖なのか、大量の汗が額に滲むトレファス。
何度もハンカチで拭う。
「オルフェリア様。一角虎には何頭かネームドがいますが、南方に生息するネームドは……」
「ヴォル・ディルですね」
「ヴォル・ディル。名前の意味は悪魔の爪……」
「はい。あの悪魔が森に住み着くとなれば、ティルコアも危険です」
「そ、それは確かに。ヴォル・ディルにかかれば、小さな町なんて簡単に壊滅します。実際に……」
一角虎出現の報告を受け、ネームドの可能性を考えていたオルフェリア。
偶然にもマルディンの試験が重なったため、討伐を決行することにした。
◇◇◇




