第112話 マルディンに会いたい者たち
ウィルが思い出したように、オルフェリアへ視線を向けた。
「試験官はやるよ。やればいいんでしょ。だけど、さすがにマルディン一人じゃ無理だよ? それに試験官が手伝ったら試験は失格だ」
「今回は少し形態を変えます。マルディンを中心としたパーティーを組み、討伐クエストを実施。総合的に判断することにしましょう」
「え? じゃあ、オイラもそのパーティーで討伐に参加するってこと?」
「ええ、そうです。ですが、あくまでもサポートです。しっかりと採点もするんですよ?」
「分かったよ。でもさ、ティルコアにはAランクの解体師と運び屋がいないでしょ? もしだよ、もし仮に討伐できたとしても、素材が持ち帰れないじゃん? 一角虎の素材なんて一財産でしょ?」
「あ、その件はですね。私が行くので大丈夫です」
「は?」
ウィルの表情も身体も固まった。
ウィルですら状況が把握できない。
レイが珈琲を飲みながら、オルフェリアに視線を向けた。
「あら、オルフェリアも行くの?」
「はい、レイ様。マルディンの腕をこの目で確かめるのが最大の目的です。直接ご挨拶もしたいですからね。それに、ウィルばかりにティルコアの美味しい魚を食べさせるわけにはいきません」
「あら、いいわね。私もマルディンに会ってみたいわ。久しぶりにフリッターも食べたいし。いつ行くの? 調整するから一緒に行きましょう。旅する宮殿を出すわね」
「旅する宮殿って……」
呆れた表情を浮かべるオルフェリア。
旅する宮殿とはラルシュ王国が誇る旗艦で、世界最大の飛空船だ。
「ダメに決まってるでしょう。国際問題になります。レイ様はお留守番です」
「ケチ。いつからそんな酷いことを言うようになったの?」
「全てレイ様の教えです」
「そんなの教えてないわよ!」
ようやく状況を理解したウィルが、ソファーから立ち上がった。
「ま、待ってよ! ギルマスが試験に同行するなんて前代未聞だよ!」
叫んだウィルは、両手で頭を抱えている。
「いいじゃないですか。慣例に囚われてはいけません」
「そ、そうだけどさ」
「それにウィルの言う通り、あの地方にはAランクの解体師がいません。だから私が行けば、全てが丸く収まるんですよ」
「いやいや、アンタ、世界でただ一人のSランク解体師でしょうが! 他のAランクを派遣すればいいっしょ!」
「実は、私が行きたい理由は他にもあるんです。報告によると、腕の良い解体師がいるそうなので、ちょっとお会いしたいなあ、なんて」
「マジで? オルフェリアさんが? 嘘でしょ? もしかして弟子取んの? あれほど頑なに弟子取らなかったのに?」
「一応、解体師にはセミナーを開催してますよ。でもね、私も師匠に言われましてね。弟子を取って育てろと」
「マジかよ。オルフェリアさんの弟子なんて、世界中の解体師がなりたいに決まってるじゃん。金貨十万枚払っても弟子になりたいっしょ」
「私にそんな価値はありませんよ。でも、アリーシャという解体師には興味があります」
「まあ別にいいけどさ。じゃあ何? オイラとオルフェリアさんで行くの?」
「そうです。私はAランクの運び屋の資格も持ってますし、飛空船の操縦免許証だって持ってますから」
「ギルマス自ら操縦って……。もう何でもありじゃん」
「フフ。それだけ、マルディンには価値があるのですよ。ギルドの飛空船を出しますね。エマレパ皇国に飛行許可を申請しておきます」
オルフェリアとウィルを、羨ましそうに見つめているレイ。
「ねえ、やっぱり私も行きたいなあ」
「レイ様!」
騎士団団長のリマが、真剣な表情でレイに声をかけた。
「何よ、リマ。どうせあなたもダメって言うんでしょ?」
「アタシも行きたい!」
「うふふ。いいわね。黙ってついて行きましょう」
「こっそり行けば分からないはずです。行きましょう。あそこの黒糖酒は美味いんですよ」
「あら、いいわね」
オルフェリアとウィルが顔を見合わせ、レイに視線を向けた。
「「ダメです!」」
「はあ、仕方ないわね」
溜め息をついたレイは、盟友であるウィルの肩に手を乗せる。
その美しさから、レイに触れられただけで、喜びのあまり気を失う人間がいるほどだ。
「ウィル。あなたのことだから心配してないけど、気をつけていってらっしゃい」
「あ、ありがとうございます」
ウィルは少し顔を赤らめ、右手の人差し指で鼻先を軽く弾く。
ウィルと長年の付き合いがあるレイは、それが照れた時の仕草と知っている。
「オルフェリアも気をつけてね。あなたの旦那様の面倒は、私たちが見ててあげるから」
「はい、レイ様。ありがとうございます。でも、どうせどこかで勝手に何かしてると思いますので、あまり気にせずに」
「そうね。うふふ」
「お魚と黒糖酒を買ってきますね」
「あら、楽しみね。それじゃあ、よろしくね」
レイは微笑みながら、リマを引き連れ退室。
オルフェリアとウィルは、試験について打ち合わせを行った。
――
一週間後、ティルコアへの出発日を迎えた。
騎士団の執務室で、最後の書類仕事を片付けたウィル。
大きな荷物を持って城内の廊下を歩く。
ブーツのかかとに埋め込まれたスパイクが、床の白理石に当たり、甲高くも心地良い音を響かせる。
「ぶっちゃけ、またティルコアの魚が食えるのは楽しみではある。ハハ」
呟きながら歩いていると、廊下の先に人影が見えた。
「やあ、ウィル」
右手を上げ、ウィルに向かって素朴な笑顔を向けている青年。
「へ、陛下!」
ウィルの君主であるラルシュ国王だ。
略式の礼を行うウィル。
「クエストから帰還されたんですか?」
「ああ、今朝ね」
「それより、レイとオルフェリアから聞いたよ。エマレパ皇国へ行くんだって?」
「はい、急遽Aランクの試験官をやることになって」
「ティルコアって魚が旨いって聞くし、俺も行きたいよ」
「いやいや、遊びじゃないんですよ? 試験なのに一角虎の討伐ですからね。危険なんてもんじゃないですよ」
「でも、マルディンさんは満点だったんでしょ? あの試験で満点を取るなんて凄いよ」
「ハハ……」
この国王は、ギルドの試験で満点を二回取っていた。
呆れたウィルは、乾いた笑いで感情をごまかす。
「どの口が言ってんだか……」
そして、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「俺もいつかマルディンさんに会ってみたいな。凄腕って聞いたよ?」
「そうですね。対人戦闘に限って言うと、世界でもトップレベルでしょう」
「今度手合わせしていただきたいな」
「まあ、伝えておきますよ」
「本当に! ありがとう! 頼むよ!」
ウィルよりも少し若い国王は、無邪気な笑顔を浮かべて喜んでいた。
その後も少しだけ国王と話をして、ウィルは冒険者ギルドへ向かう。
王都の整備された街道を歩くウィル。
「マルディンは千人殺しだけど、でもなあ、陛下は……十万人斬りで三体の竜種殺しだ」
ウィルが知る限り、この世で最も強い人間が、尊敬する自身の君主だ。
人類どころか、生きとし生けるもので国王に敵うものはいないと考えていた。
だがマルディンを知ったウィル。
モンスター戦闘において国王に敵う者はいないが、対人戦闘においては分からない。
国王とマルディンの試合を見てみたいと思っていた。
「マルディンなら、もしかしたら……」
顎に手を当てながら、街道を進む。
「試合なら糸巻きを持つマルディンが有利か。しかし、陛下なら糸を目視でかわすぞ。それに陛下は、糸と同じ速度で動くかもしれない」
二人の試合を想像すると、止まらなくなった。
「いや、待てよ。むしろ試合じゃなくて、本気の殺し合いこそマルディンが有利か? 本気になったマルディンはヤバいからな。ティアーヌの報告だと、気づいたら首が落ちてたっていうし。マルディンが怒れば、チャンスはあるか。ただ、アイツが怒るって相当だもんな……」
ウィルは剣士として、二人の一騎打ちを想像して楽しんでいた。
◇◇◇




