第109話 地獄の試験再び1
雲一つない秋晴れの空が広がる。
秋と言えども汗ばむほどの気温になる南国だが、地平線から太陽が顔を出したばかりの早朝は過ごしやすい。
「祖国に比べたら、ここは本当に天国だな」
俺の祖国は、短い夏が終わるとすぐに冬を迎える。
厚い雲に覆われ、太陽が顔を出すことは珍しいとさえ言われるほどの、厳しい冬の始まりだ。
「さて、気合を入れますか」
昨日の夜からイレヴスに宿泊していた俺は、早朝に宿を出た。
そして、イレヴス市街地の街道を進み、冒険者ギルドへ向かう。
目的は冒険者のランク試験だ。
Cランクの俺は、ついに上位ランクを目指す。
俺が所属するティルコア支部は特例で支部へ昇格したため、ランク試験を実施する人事機関が設立されていない。
そのため、試験を行っているイレヴス支部へ行く必要があった。
冒険者ギルドの試験は高額で知られている。
現在の冒険者は徒弟制が主流で、試験代は師匠や一門が一部、または全部を負担することが多いそうだ。
また、高名な冒険者になると、貴族や商人がパトロンになるという。
俺には師匠もパトロンもいない。
一人で活動しているため、試験代は全て自分で捻出する。
俺はバッグから、試験の書類を取り出した。
◇◇◇
○共通試験 受験料 金貨一枚
筆記 六科目
体力 五種目
○討伐試験 受験料
Aランク 金貨五十枚
Bランク 金貨三十枚
Cランク 金貨二十枚
Dランク 金貨十枚
○合格基準
Aランク 共通九十点以上 + 討伐試験
Bランク 共通八十点以上 + 討伐試験
Cランク 共通七十点以上 + 討伐試験
Dランク 共通六十点以上 + 討伐試験
Eランク 共通五十点以上
◇◇◇
「Bランクを受けるためには、共通試験の結果が八十点以上必要か。まあBランクなら大丈夫だと思うが、油断は禁物だ」
俺は以前の共通試験で、九十二点を取った。
今回も同じ得点が取れれば、Aランクの討伐試験を受験できる。
だが、冒険者ギルドの試験は運にも左右されるため、Bランクだって確実ではない。
「まあ頑張るだけだ」
イレヴスの冒険者ギルドに到着し、受付で共通試験代の金貨一枚を支払う。
「筆記試験から始まります。二階の会議室に移動してくださいね」
「分かった。ありがとう」
筆記試験は六科目。
モンスター、動物、地理、植物及び鉱石、言語、応急救護だ。
以前と科目が変わっていたが、勉強しているので問題ない。
試験を終え一階のロビーへ戻った。
この後、体力試験が行われる。
ソファーに座り、少しでも身体を休めるために、腕を組みながら瞳を閉じた。
「おい、あいつってティルコアの冒険者だろ?」
「確かマルディンとかいうCランク冒険者だ」
「知ってっか? あいつ糸使いって呼ばれてるらしいぞ」
「は? Cランクで二つ名があるのかよ」
「それがよ、凄腕の元騎士隊長らしいぞ」
「元騎士で冒険者? か、かっこいい……」
俺のことを噂する声が聞こえた。
だが噂なんて気にせず、体力試験に集中だ。
「体力試験を行います! グラウンドへ移動してください!」
職員の案内があり、受験者たちはギルドの裏にあるグラウンドへ移動。
受験者は百人ほどいるだろう。
芝生のグラウンドには、楕円形の白線が引かれていた。
目測だが、恐らく一周二百メデルトだろう。
俺は一度経験しているから知っているが、体力試験の最後はあの楕円形の外周に沿って走る。
それこそ、倒れるまで何周もするのがこの試験だ。
受験者の前に、試験官が立つ。
「これから体力試験を始める! 全部で五種目だ! 今から全員に目隠しをする! 指示するまで絶対に外すな! 外したらその場で試験失格だぞ!」
職員の手によって、受験者は全員目隠しをされた。
「いいか! この体力試験は各種目、最初の脱落者が最下位、最終的に残ったものが一位となる! 順位によって点数が割り振られる! 少しでも順位を上げるんだ! 最後まで力を振り絞れ!」
すぐに試験開始となった。
「一種目目は腕立て伏せだ! 用意! 始め!」
銅鑼の音に合わせて腕立て伏せを行う。
目隠しをしているので、周りの様子は分からない。
また銅鑼の轟音が、周囲の気配をかき消す。
「一! 二! 三!」
回数を数える試験官の声が響く。
「百! 百一! 百二!」
銅鑼を叩く音のスピードは速く、早くも百回を超えていく。
その後も銅鑼のペースは落ちず、千回で俺は一種目目をやめた。
「二種目目は懸垂だ!」
一切の休憩なく二種目目が開始。
「頭上に鉄棒がある。手を伸ばして、その場でジャンプしろ」
サポートの職員が俺の肩に触れ、立ち位置を調整してくれた。
「よし、始めるぞ!」
銅鑼の音と同時に懸垂を行う。
腕立て伏せではまだ余力を残していたが、二種目連続で腕の酷使はキツい。
ここで腕の力を使い切るか、余力を残すか迷う。
悩みながらも百回に到達したところで、俺は鉄棒から手を離した。
◇◇◇
体力試験は五種目。
種目は事前に知らされておらず、何が行われるのか開始の瞬間まで分からない。
それもそのはず、試験官がその時の受験者の様子を見て決めていた。
そのため、受験者は特定の種目を狙うことができず、全般的にトレーニングしてこなければならない。
この体力試験は最初の脱落者が最下位となり、脱落ごとに順位が決まっていく。
最終的に残った者が一位だ。
この試験の恐ろしいところは、終わりが分からないことだった。
周りの状況が不明のため、もし一位になったとしても、やめ時が分からない。
そして一位が決まると、すぐに次の種目の開始だ。
無理に一位を取ろうとすると、体力や筋力の回復時間がないまま次の種目に入ることになる。
わざと脱落すれば、その種目が終わるまで体力を回復する時間は取れるが、目隠しをしているので自分の順位は分からない。
狙った順位で終わることも、他の受験者との駆け引きもできないのだ。
さらに受験者のレベルが高くなると、回数はひたすら伸びるという運の要素もある。
結局、限界までやるしかない。
ゴールが見えない長距離走を全速力で走っているようなものだ。
実際にその種目もある。
これが地獄の試験と呼ばれる所以だった。
◇◇◇
「はあ、はあ。キツいぜ……」
二種目が終わると、息つく間もなく次の種目が始まる。
俺は可能な限り大きく息を吸い、身体に空気を取り込んだ。
「三種目目は腹筋だ! 膝を曲げ、腕を頭の後ろで組め! 用意! 始め!」
腹筋は誰もが回数を伸ばそうとするはずだ。
俺は三千回を目指すことにした。
「四種目目はスクワットだ! 立て! 用意! 始め!」
四種目目は、筋力トレーニング系の実質的なラストとなる。
五種目目は持久走が定番だった。
持久走を前にスクワットは厳しいが、どの受験者もここは全力を出すだろう。
三千回に到達したところで俺は終了した。
「はあ、はあ。くそ、やりすぎちまったか。でも、ここは外せないだろ。はあ、はあ」
俺はひたすら深呼吸を繰り返す。
「五種目目は走るぞ! 目隠しを取るんだ!」
試験官が声を張る。
ここでやっと目隠しを外すことができた。
周囲を見渡すと、何人かの受験者は立ち上がれない様子だ。
「一周ごとに最下位の者は終了だ! 周回遅れになった者もその場で終了! これが最後の種目だ! 死ぬ気で頑張れ! 行くぞ! 始め!」
楕円形の線に沿って全員で走る。
最下位は即脱落だから全員全速力だ。
それに、最後の種目ということでペース配分もない。
一周目を超えたくらいで、その場に座り込む者や、嘔吐する者が出始めた。
二周目の時点で半数が脱落。
三周目で、周回遅れが出る。
この時点で俺は一位だ。
こうなったら一位を目指す。
普段から限界まで追い込んでいるトレーニングが役に立つ。
二十周を超えると、残っている者は俺を含め十人。
三十周目で二位の受験者が倒れて、俺の一位が決定。
グラウンドで立っている受験者は俺だけだ。
俺はなんとか走りきり、一位を獲得した。
「はあ、はあ。くそっ、呼吸が……。はあ、はあ」
以前受験した時よりも、遥かにキツかった。
冒険者のレベルは、祖国よりもエマレパ皇国の方が高い。
「これで終了だ! この試験の疲労は一週間では取れない! 無理せずゆっくり安め! 試験結果はこのあと掲示板に張り出す!」
試験は終了した。
あとは結果を待つだけだ。




