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【書籍化決定】追放騎士は冒険者に転職する 〜元騎士隊長のおっさん、実力隠して異国の田舎で自由気ままなスローライフを送りたい〜  作者: 犬斗
第四章 迷いと疑惑の秋

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第108話 開拓クエスト6

「飯でも食ってくか」


 俺は食堂へ移動した。


 ラーニャは、ギルド全体で行っていたベースキャンプ設営の後処理が残っているそうだ。

 アリーシャは一角虎(ガーラ)出現を報告するため、研究機関(シグ・セブン)へ向かった。

 ラミトワは開発機関(シグ・ナイン)の職員と一緒に、飛空船の整備を行っている。


 食堂のバーカウンターに座ると、フェルリートが水を出してくれた。


「マルディン、おかえりなさい。あれ? 皆は?」

「仕事が残ってるそうだ」

「そうなんだ。マルディンはもう終わり?」

「ああ、俺は終わったよ」

「ご飯食べていくでしょ?」

「もちろんだ。クエストの帰りは、お前の飯を食わないとな」

「ふふ。じゃあ、マルディンが好きなピッツァを焼くね」

「お、いいね。頼むよ」

「焼けるまで麦酒を飲んでてね」


 フェルリートが麦酒を注ぎ、カウンターテーブルに置く。

 そして、手際良く調理を開始。

 今は食堂に誰もいないため、調理の音だけが響いている。


「落ち着くな……」


 クエストから帰ってきたことで、さっきまで気持ちが昂ぶっていたのだろう。

 麦酒を飲みながら調理するフェルリートの様子を眺めていると、心が落ち着いてきた。


「どうしたの?」

「いや、なんでもないよ」

「ふふ、お腹空きすぎちゃった? もうちょっとだから待っててね」


 窯からピッツァを取り出し、大きな木皿に乗せる。

 チーズが焼ける香ばしさと、香草の爽やかな香りが広がった。


「いい匂いでしょ? 私がブレンドした香草を使ってるからね」

「ああ、美味そうだ」

「熱いから気をつけてね」


 ピッツァを手に取ると、溶けた水角牛(クワイ)のチーズが伸びる。

 小魚のオイル漬けの塩味と赤熟茄(ポモーロ)の酸味が、口の中で絶妙に絡み合う。


「くうう、うめーな。手が止まらんよ」

「だって愛情込めたもん」

「そうか。そりゃ美味いわけだ。だけどその分料金も高いんだろ?」

「えー、バレちゃった? 特別料金をいただきます。ふふ」

「商売が上手いな。あっはっは」


 フェルリートが明るく可憐な笑顔を浮かべる。

 さすがはこのギルドの看板娘だ。


 その後も飯を食い、酒を飲みながらフェルリートと他愛もない話をする。

 以前フェルリートは、この食堂で冒険者の帰りを待ちたいと言っていた。

 台風の日に、両親が出かけたまま帰らぬ人となったからだ。


 だが俺たちにとっては、ギルドへ帰るとフェルリートが待っている。

 フェルリートの美味い飯を楽しみに、クエストを頑張り、無事に帰ることを目的としている冒険者もいるほどだ。


「麦酒終わっちゃった? もう一杯飲む?」

「そうだな……。今日はもう葡萄酒を飲んじまうか」

「じゃあボトルで出すね。おつまみも作るよ」

「いいねえ。頼むよ」


 フェルリートが葡萄酒を開け、グラスに注いでくれた。

 真紅の葡萄酒がグラスの内側を紅く染め、まるで夕焼けを映した海のように、静かに波紋を描く。 

 揺れるたびに芳醇な香りが広がる。


「良い香りだな」

「マスターが仕入れた葡萄酒だよ。美味しいのに安いって評判なんだ」


 葡萄酒を飲もうとした瞬間、肩を叩かれた。


「まだいたんですか?」

「お、アリーシャか。飯食ってたんだよ。研究機関(シグ・セブン)への報告は終わったのか?」

「ええ。近日中に調査することになりました。Aランクモンスターの出現は、カーエンの森の生態系を崩しかねませんからね。ですから、生息が一時的なものか、住み着いたのか確認する必要があります」


 真剣な表情で話しながら、アリーシャが俺のピッツァを眺めていた。


「……飯食うか?」

「あ! ごめんなさい。ちょっとお腹が減ってしまって。ご一緒いいですか?」

「もちろんさ。一緒に食べようぜ」


 フェルリートが麦酒を注ぎ、カウンターに置く。


「はい。アリーシャの麦酒ね。ピッツァでいい? アリーシャの好きな野菜を使うよ」

「ありがとう、フェルリート」


 俺の隣に座ったアリーシャと乾杯した。


 焼き上がったピッツァを上品に食べるアリーシャ。

 俺は葡萄酒を飲みながら、銀班鯖(マーレル)の塩焼きをつまむ。

 フェルリートはグラスを磨く。


 静かな時間が流れる。

 たまにはこんな飯もいいだろう。


「アリーシャ、葡萄酒飲むか?」

「いいんですか?」

「もちろんだ」


 俺はフェルリートに視線を向けた。


「フェルリートも一杯飲むか? そろそろ上がりだろ?」

「そうだね。じゃあお言葉に甘えて、一杯もらおうかな」


 葡萄酒をグラスに注ぎ、三人で乾杯した。

 そのタイミングで、食堂に飛び込んできたラミトワ。


「なんだよおっさん! 私を待ってたのかよ!」


 せっかくの落ち着いた食事が、ラミトワの登場によって終わりを迎えた。


「待ってねーっての」

「照れんなよ。独身で寂しい寂しいおっさんに、美女がつき合ってやるからさ」

「美女? ここにもう二人いるよ。っていうか、子供は帰りなさい」

「うるさい! マルディンなんか無視するもんね。無視無視」


 呟きながら、俺の隣に座るラミトワ。


「フェルリート。麦酒ちょうだい」

「はいはい」


 フェルリートが木樽のジョッキに麦酒を注ぐ。


「ほら、マルディン。乾杯しようよ」

「無視すんじゃねーのか?」

「うるさい!」


 自分の顔よりも大きなジョッキを両手で掲げるラミトワ。


「まあ今回のお前は活躍したしな。飲むか」

「でしょー。もっと褒めて」

「どこで飛空船の操縦を覚えたんだ?」

「イレヴスの飛空船訓練所へ通ってたんだ。成績優秀だったんだよ」


 ラミトワから飛空船について話を聞いていると、食堂にラーニャが入ってきた。


「あら? どうしたの皆? 帰らないの?」

「ああ、なんか飯食ってたら皆集まってきたんだよ」

「うふふ、楽しそうね。せっかくだし、皆揃ってるなら打ち上げしましょうか。色々あったけど、今回のギルド総出の開拓クエストは大成功だもの」

「そうだな。乾杯すっか」


 ラーニャがカウンターに座り、棚に並ぶ酒を眺めている。

 俺はフェルリートに視線で合図を送った。

 フェルリートも意味を汲んだようで頷く。

 もちろん、アリーシャもラミトワも気づいている。


「さて、お酒は何を飲もうかしら」

「「「ダメー!」」」


 フェルリート、アリーシャ、ラミトワが同時に叫んだ。

 ラーニャは無限とも言えるほどの酒豪で知られている。

 俺は知らずに一緒に飲んで地獄を見た。


「えー、一杯だけいいでしょ?」

「ダメだ。お前の一杯は一杯で終わらん」


 不満そうな表情を浮かべているラーニャ。


「酷いわあ。そんな意地悪すると、あのこと言っちゃうわよ?」

「あのこと? なんだ?」

「森で私に抱きついてきたこと」

「ぶうう」


 俺は思わず葡萄酒を吹き出した。


「え? マルディンがラーニャさんに抱きついた?」

「あらあら、マルディンさん。クエスト中に何をやってるんですか?」

「さすがおっさん! 手が早いな!」


 フェルリート、アリーシャ、ラミトワが、俺に冷たい視線を送っている。


「うふふ。フェルリートちゃん、麦酒を一杯」

「はーい。マルディンの奢りにしておきますね」


 俺はラーニャを睨み、指差した。


「お、お前な!」

「事実でしょう?」

「ちげーだろ!」

「何照れてるの?」

「照れてねーよ! 怒ってんだろ!」

「うふふ。すぐ照れるんだから」


 相変わらず人の話を聞かないラーニャだ。

 すると、ラミトワが立ち上がった。


「マルディンおじさんは、ラーニャさんが好きなんだ!」

「ちげーっての!」

「いいじゃん、いいじゃん! ラーニャさんって美人な上に、Bランク冒険者で、しかも支部長だよ! これ以上の人はいないよ! 変だけど」


 ラーニャがラミトワに視線を向けた。

 人の話は聞かないくせに、自分のことになると即座に反応する。


「あら? なんか最後の一言が余計じゃない?」

「え? 私、何か言った?」

「運び屋カード、取り上げちゃおうかな」

「ごめんなさいー! つい口が滑ったでございます! お許しをー!」

「どうしようかなあ」

「何卒! 許してくだせー!」


 泣き顔を浮かべ、ラーニャの腕にすがるラミトワ。

 俺たちは腹を抱えて笑った。


「あー、腹いてー」


 日没を迎えると、クエストを終えた冒険者たちが続々と帰還してくる。

 食堂は大騒ぎとなり、夜は深まっていく。


「ったく、結局こうなるのかよ」


 規模が大きくなってきたこのギルドだが、仲間たちのとのやり取りは変わらない。

 いつまでもこうあって欲しいと思う。


「マルディン! 気取ってんじゃねーぞ! 支部長をなんとかしろ!」

「そうだ!」


 仲間たちの声に振り返ると、ラーニャが葡萄酒を飲んでいた。


「マ、マジかよ。誰だ、ラーニャに飲ませたのは」

「マルディンさん? あなたのお相手でしょう?」


 アリーシャが冷たい表情を浮かべている。


「そうだぞおっさん! 責任取れ!」


 続いてラミトワが俺の背中を叩いてきた。


「俺は関係ないだろ!」

「ふーん」

「フェルリートまで……」

「ちゃんとラーニャさんに付き合って飲んでよ?」


 フェルリートが肩で俺にぶつかってきた。


「さて、じゃあ私たちは帰りますか」

「帰ろ! 帰ろ!」

「今日もよく働いたね」


 アリーシャ、ラミトワ、フェルリートが並んで出口へ向かった。


「ま、待てって!」

「マルディン。ほら、飲むわよ」


 ラーニャが葡萄酒のボトルを抱えている。


「くそ! 誰だ! ラーニャに飲ませたのは!」

「楽しいわねえ」

「お前だけだ!」


 俺の叫びが、食堂のホールに虚しく響く。

 結局深夜まで付き合わされたのは言うまでもない。

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