第107話 開拓クエスト5
無事にベースキャンプへ帰還した俺とラーニャ。
飛空船内に避難していたアリーシャとラミトワに事情を伝えた。
「ガ、一角虎ですって!」
「嘘でしょ!」
驚愕の表情を浮かべる二人。
アリーシャは腰が抜けたかのように、床に座り込んでしまった。
「お、おい。アリーシャ」
「ご、ごめんなさい。驚いてしまって……」
アリーシャに声をかけると、力なく答えた。
「一角虎の出現は、それほどの大事件だもん」
ラミトワが床に膝をつき、アリーシャの肩に手を置く。
ひとまず全員で食堂へ移動。
落ち着いたアリーシャが、珈琲を淹れてくれた。
「さっきはごめんなさい。二人とも無事で良かったです」
珈琲カップをテーブルに置くアリーシャの手は、まだ僅かに震えているようだ。
「マルディンは、二つ名を持つモンスターの種族を知ってますか?」
「ん? モンスターの種族に二つ名があるのか?」
「はい。上位ランクのモンスターには、二つ名を持つ種族がいるんです」
俺の隣に座るアリーシャ。
「その中でも、一角虎は王のモンスターです」
「王のモンスター?」
「Aランクモンスターの中には、王の名を冠する種族がいるんです。それぞれの環境で、食物連鎖の頂点に立ちます。例えば今回の一角虎は密林の王。他には草原の王の牙獅獣。砂漠の王の砂泳角竜。鉤爪鷲竜は空の王と呼ばれています。これらの上に存在するのが、固有名保有特異種です。そして、生物の頂点である始祖と竜種になります」
「つまり、一般的なモンスターの中では最強というわけか」
「そうです。Aランク冒険者ですら何人も命を落としています」
アリーシャがゆっくりと珈琲カップを口に運ぶ。
「恐らく四角竜はこの住処に戻ってきたのではなく、一角虎から逃げていたのでしょう。偶然、逃げる方向に以前の住処、つまりベースキャンプがあっただけかと」
「なるほどね。だから怯えた目をしていたのか」
四角竜の目は確かに怯えていた。
それに今考えると、当初は俺たちを襲うわけでもなく、ただ移動していただけだ。
一角虎から逃げていたと言われると、その行動は納得できる。
俺の正面に座るラミトワが、地図を取り出した。
「ねえ、アリーシャ。四角竜はこっちから来たんだよね? もしかして、南の国境の先から移動してきたのかな」
「そうですね。南の国境を越えれば、そこはもうモンスター領ですからね。ただ、絶対的強者のAランクモンスターが、モンスター領から人の生息地へ移動してくることは珍しいですけど……」
世界の三分の一はモンスター領と呼ばれる未開の地で、モンスターの生息地だ。
また国家間の条約で、モンスター領への侵略は禁止されているという。
アリーシャがラーニャに視線を向けた。
「ラーニャさん。ベースキャンプはどうしますか?」
「そのことなんだけど、二人の意見も聞きたいのよ。アリーシャちゃんはどう思う?」
安全面とクエスト達成のどちらを取るか、ラーニャも迷いどころなのだろう。
「四角竜を狩った直後ですし、一角虎は四角竜ほど縄張り意識はないですから、今すぐベースキャンプを襲ってくる可能性は低いと思います。作業を続けても大丈夫でしょう」
一角虎の出現に驚いていたアリーシャだが、その判断は冷静だ。
アリーシャの意見に頷くラーニャ。
続いてラミトワに視線を向けた。
「ラミトワちゃんは?」
「私もここまで設営したから完成させたいよ。だけど、安全が確保できないんだったら、撤退も視野に入れるべきだと思う。けど、せっかく作ったもんなあ」
腕を組み、瞳を閉じるラーニャ。
責任者としては安全面を第一に考えるはずだ。
だからこそ、俺は今の考えを正直に伝えることにした。
「一角虎は、このベースキャンプを狙ったわけじゃないんだ。俺としてはこのまま設営を完了させたい。まだ午前中だし、昼過ぎには完成するだろう。もし危険が迫ったら、その時は撤退しよう」
ラーニャが決意を固めたように手を叩く。
「皆ありがとう。作業は続行するわ。だけど、少しでも異変を感じたら作業は中止して撤退。いいわね?」
全員の意見を汲み取り、ベースキャンプ設営を続行することになった。
――
結局、特に異変や危険はなく、昼過ぎにはベースキャンプが完成。
そのまま飛空船に乗り込み、ギルドへ帰還した。
ギルドの空港に着陸すると、開発機関の職員たちが船体の整備を開始。
その中にはリーシュの姿もある。
「マルディンさん! おかえりなさい!」
「おー、リーシュ。ただいま。今回も糸巻きが活躍したぞ。これ土産だ」
「お土産?」
俺は四角竜の鱗を一枚手渡した。
「これって、四角竜の鱗ですか?」
「そうだ。一枚しかないがな。拾ったんだ」
「やった! ちょうど今作ってる道具に硬い鱗が欲しかったんです!」
四角竜の鱗は手のひらよりも遥かに大きい。
硬度も十分あるため、加工して装備品や道具に使用される。
「あ、マルディンさん。糸巻きの調整もします」
「調整? いや、大丈夫だよ」
「ダメです!」
リーシュは意外と頑固で、言い出したら聞かない。
「命を守るものです。それに、もっと性能を上げたいんです」
「性能を上げるって。今でも十分高性能だぞ?」
「もっとです!」
「そうか……。じゃあ、お願いするよ。ありがとうな」
俺は右腕から糸巻きを取り外し、リーシュに手渡した。
「次のクエストの予定はありますか?」
「別の用事があるから、しばらく行かないぞ」
「分かりました。一週間ほどいただいてもいいですか?」
「ああ、問題ない。頼むよ」
「じゃあ飛空船の整備をしてきますね!」
飛空船へ乗り込むリーシュを見送り、俺はギルドのロビーへ移動した。
そこで、今回の報酬を受け取る。
一人金貨五枚だ。
「皆、今回はご苦労様。危険もあったけど、皆のおかげで全てのベースキャンプが設営できたわ。ゆっくり休んでね」
ラーニャの言葉でクエストは終了し、パーティーは解散した。