第106話 開拓クエスト4
ベースキャンプから少し離れた場所へ移動した俺とラーニャ。
「ラーニャ。お前は木の上から援護してくれ。狙いやすいだろう?」
俺はすぐ近くにある大木の太い枝を指差した。
「木の上? あんなところ登れないわよ」
「俺が運ぶ」
「あら、いいの?」
これからやろうとしていることを理解したラーニャ。
枝の下へ行き、俺に向かって両手を広げている。
「はい」
「はいじゃねーよ!」
「ほら、早く抱きかかえてよ」
「ちっ……作戦変更するか」
「もう、何言ってるのよ。私のどこに不満があるのよ?」
ラーニャが俺の首に手を回してきた。
「くそ! しっかり捕まってろよ!」
左腕でラーニャを抱きかかえ、糸巻きを発射。
頭上の太い枝の上に着地した。
「糸巻きは本当に便利ねえ。でも、マルディンにしか扱えないものね。本当にマルディンは凄いわね。どんな鍛え方をしてるのかしら」
わざと話を長引かせているようだ。
「いいから早く離れろ」
「あ、バレた? 仕方ないわねえ」
俺から離れると、弓を準備したラーニャ。
「さて、遊びはここまでよ」
「遊んでたのはお前だろ!」
ラーニャの表情が変わった。
俺なんかよりランクが高い凄腕の冒険者だ。
普段は面倒だが、戦いでは頼りになる。
普段は本当に面倒だが。
「やはりこっちに向かってるわね」
射手のラーニャは視力が優れている。
俺は腰のベルトから単眼鏡を取り出し、ラーニャが指差す方向を確認。
四角竜の姿が見えた。
ラーニャの言う通り、このベースキャンプに向かって進んでいる。
「じゃあ、行ってくる。援護頼むぜ」
「無理だけはしないでね」
「ああ、もちろんだ」
俺は糸巻きを発射し、別の木の枝に糸を絡ませた。
「マルディン。眉間を攻撃しなさい」
「了解」
ラーニャに返事をしたと同時に、俺は枝から飛び降りた。
そして、糸巻きを巻き取りながら着地。
俺は慎重に四角竜へ近付く。
後方に視線を向けるとラーニャの姿が確認できた。
ラーニャの腕なら、この距離でも命中させるだろう。
四角竜まで約十メデルトの距離だ。
糸巻きの射程距離に入った。
「っし!」
俺は小さな声で気合を入れ、四角竜の顔面の先端にある大角に向かって糸巻きを発射。
糸を巻取り頭部に着地し、すでに抜き放っていた長剣を眉間に振り下ろした。
奇襲は成功。
鱗を切り裂き、血が飛び散る。
俺は左腕をひねり、返すように剣を振り上げながら、もう一度眉間を切りつけた。
同じ場所を切ったことで、さらに傷が深くなる。
「ギィヤァァオォォ!」
四角竜が咆哮を上げながら、前足を持ち上げ、後ろ足で立ち上がった。
「嘘だろ!」
バランスを崩した俺は、四角竜の頭部から落下。
高さは十メデルトほどある。
「くっ!」
俺は空中で、近くの木の枝に向かって糸巻きを発射。
糸を巻き取りながら、振り子のように地面へ着地。
「危ねー! あんな動きもすんのかよ!」
巨体の四角竜が前足を下ろすと、地面が地震のように大きく揺れ、周囲の鳥たちが一斉に羽ばたいた。
「ギィヤァオォ!」
咆哮を上げた瞬間、猛烈な勢いで突進してくる四角竜。
頭を下げ、大角で俺を突き刺そうとしている。
突撃に特化した騎兵槍を持つ騎士のようだ。
「くそっ!」
かわす余裕がなかったため、俺は大角に向かって長剣を振り下ろした。
火花が激しく散る。
衝突の反動を利用しながらジャンプし、四角竜の側面に回った。
剣に刃こぼれはない。
この剣は四角竜の大角を素材としているが、様々な加工を加えている分、硬度はこちらの方が高い。
その証拠に、四角竜の大角に傷がついていた。
「ギィヤァァオォォ!」
突然、首を大きく振りながら叫ぶ四角竜。
よく見ると、俺が切りつけた眉間の傷に、矢が突き刺さっていた。
「ラーニャか!」
動く標的に対し、狙った場所を正確に射抜いたラーニャ。
さすがの腕前だ。
「やっぱ最高の射手だぜ!」
俺はもう一度大角に向かって糸巻きを発射。
走りながらジャンプし、巻取りの勢いをつけ、眉間に剣を振り下ろす。
手応えは完璧だ。
糸を巻き取り、即座に離脱。
「ここはもうお前の住処じゃない!」
四角竜の性格は獰猛で、獲物を執拗に狙う。
だが、これほどダメージを与えれば引くだろう。
「ギィヤァァオォォ!」
さらにラーニャが追撃し、二本目の矢が突き刺さった。
「引け! 引くんだ!」
眉間から血が流れる。
住処に戻れないことは理解させたはずだ。
しかし、四角竜は引くどころか、さらにベースキャンプへ近付こうとする。
「なぜだ!」
四角竜の目を見ると、何かに怯えているようだった。
それはまるで、肉食動物から逃走している草食動物の目だ。
その瞬間、俺は全身が凍るほどの殺気を感じた。
「グゴオォォォォ!」
四角竜の後方から、巨体のモンスターが突然姿を現す。
「な、なんだ!」
そのモンスターは巨体にも関わらず、猛烈なスピードで四角竜に飛びかかり首に噛みついた。
四角竜の首が一瞬でねじれ、骨が折れる鈍い音が鳴り響く。
まるで大木が折れたような音だ。
「ギィヤァァオォォ!」
四角竜は断末魔の叫びを上げ、絶命した。
「う、嘘だろ!」
四角竜を咥えている四足歩行のモンスター。
体格は四角竜と同じで約十メデルト。
頭部の白い一本角が特徴的だ。
黄金色の体毛に、黒い縞模様が背中から体の側面にかけて、一定の間隔で並んでいる。
美しくも禍々しい黒い模様。
その一本一本が、死神が持つと言われている伝説の大鎌のようだ。
「くっ。どうする……」
目の前のモンスターと視線が合うと、俺の全身から冷たい汗が噴き出す。
視線を外さずに、剣を構えた。
「グルウゥゥゥゥ」
喉を鳴らしながら、モンスターは身体の向きを変えた。
四角竜を引きずりながら戻っていく。
俺のことなんて眼中にないようだ。
俺はその場に立ち止まったまま、モンスターの後ろ姿を視線で追う。
モンスターは森の中に消えていった。
「助かった……のか?」
周囲の警戒は解かずに、剣を鞘に納める。
「マルディン!」
ラーニャが叫びながら駆け寄ってきた。
あの枝から飛び降りたのだろう。
膝が汚れている。
「マルディン! 大丈夫!」
「ああ、大丈夫だ」
ラーニャの息は荒く、乱れた呼吸のまま俺の正面に立つ。
そして、俺の両肩に手を置くラーニャ。
怪我がないか確かめているようだ。
「怪我は? 本当に大丈夫なの!」
珍しく声を荒げている。
ラーニャの焦りは異常だ。
「ああ、どこにも怪我はない」
安堵の表情を浮かべたラーニャが、大きく息を吐いた。
「よく無事で……。無事で本当に……本当に良かったわ」
瞳に涙を浮かべているラーニャ。
「あれはなんだ?」
「……一角虎よ」
「一角虎って……まさか!」
突然名前を出されて戸惑ったが、昇格試験対策でモンスターの勉強をしている俺は、その名は知っている。
「ええ。密林の王と呼ばれる最強クラスのAランクモンスターよ」
「通りで……。あの殺気は尋常じゃなかったぞ」
「まさかカーエンの森に、一角虎が生息しているなんて……」
「これまではいなかったのか?」
「ええ、そうよ」
「なぜ住み着いたんだ?」
「分からないわ。だけど、近年は世界中でモンスターの行動が活発化していると言われているから、その影響があるかもしれないわね」
「ベースキャンプはどうする?」
「そうね……。まずは帰ってアリーシャちゃんとラミトワちゃんに報告して、皆の意見を聞くわ」
「分かった」
俺たちは周囲の警戒は解かずに、ベースキャンプへ戻った。