第105話 開拓クエスト3
アリーシャと船内を移動し、二階居住区の各部屋や一階倉庫を見て回る。
狭いながらもキッチンや仮眠室などがあり、快適に過ごせそうだ。
「そろそろ到着するよ! 着陸するから準備して!」
船内探検から食堂に戻って来ると、伝声管からラミトワの声が聞こえた。
早くも目的地に到着するという。
窓の外を眺めると、太陽はまだ東の空にある。
俺とアリーシャはテーブルにつく。
「もしこれが荷車だったら、どれくらい時間がかかったんだ?」
「最初の目的地はギルドから最も近い平野部ですが、ラミトワの操縦をもってしても丸一日はかかったでしょうね」
「それが朝出発して、太陽が昇りきる前に到着するのか。凄いな」
「ええ。移動時間の短縮と、さらに移動の安全も格段に上がりましたからね。クエストの効率が上がります」
「そうだな。特にカーエンの森の移動は危険だからな」
カーエンの森には、様々なモンスターが生息している。
クエスト本来の狩猟とは別のモンスターに襲われることも珍しくない。
徐々に下降する飛空船。
森の中に円形状の開けた場所がある。
大型モンスターが住んでいた跡地だろう。
「あれは四角竜の住処だった場所ですよ」
「四角竜か……」
以前討伐したBランクモンスターの四角竜。
体長は十メデルトにもなる大型モンスターだ。
俺は四角竜との戦いで鎖骨を折る大怪我をした。
正直、対人戦闘なら自信はあるが、モンスター相手ではまだまだ経験が浅い。
「もっと経験を積まないとな」
俺は四角竜の住処を眺めながら呟いた。
「着陸の衝撃があるかもしれないよ。注意して」
ラミトワから注意があったものの、飛空船は特に衝撃もなく着陸。
ラミトワの操縦技術はかなりのものだ。
「錨をおろして船体を固定したよ。もう降りて大丈夫」
俺とアリーシャは一階の倉庫へ移動。
倉庫の最後尾には大きなハッチがあり、そこから人の出入りや荷物の積み下ろしを行う。
扉はスロープになり、巨大なモンスターでも容易に積み込むことができる仕様だ。
「よし。じゃあ、資材を下ろそう」
「はい」
飛空船に設置されているクレーンという滑車を利用した装置を使用し、ベースキャンプ用の資材を下ろしていく。
このクレーンは開発機関が開発したそうだ。
この場所は、巨体を誇る四角竜の巣だったことで、地面はしっかりと固められている。
アリーシャが教えてくれたが、四角竜は比較的柔らかい地面を好むため、一つの場所に長く住むことはないそうだ。
そのため、一度放棄した巣には戻らない。
「なあ、ラミトワ。もし飛空船で整地されてない場所へ行く時はどうすんだ?」
「飛空船は空中停泊もできるよ。資材の積み下ろしや人の乗り降りがなければ、空中停泊の方が安全だしね」
「マジかよ」
「うん。全ての飛空船に備わってる機能じゃないけど、ギルドの飛空船は空中停泊が可能だよ。もちろん天候次第だけどね」
「飛空船ってすげーんだな」
「そうだよ。だから信じられないほど価格が高いんだよ。でもいつか買うんだ」
飛空船を見上げるラミトワの表情は明るい。
そしてその表情から、強い意志を感じた。
俺たちは作業を開始。
滑車を使いながら柵を打ちつけ、組み立て式の簡易小屋を建てる。
秋とはいえ汗が吹き出す。
水分補給をしながら作業を進めた。
「いててて。腰にくるな。ラミトワ。またマッサージしてくれよ」
「ラミトワ。私もお願いしていいですか?」
「ラミトワちゃん、私もお願いねえ」
「ふざけんな! って、あれはマッサージじゃねー!」
いつものようにラミトワが声を荒げていた。
朝から始めた作業が終了。
空は赤く染まり、夕焼けを迎えていた。
「予定よりも早かったわね」
タオルで汗を拭いながら、ラーニャが話しかけてきた。
「そうだな。当初の予定は二日間だったんだろ?」
「ええそうよ。だけど、開発機関の皆が資材の準備をしてくれたおかげで、組み立てるだけだったからね。それとラルシュ工業製の組み立て小屋も簡単だったもの」
飛空船の製造会社であるラルシュ工業は、元々家具屋だったという。
組み立て式の小屋や、組み立て風呂はラルシュ工業が発明したものだ。
その日の夜は完成を祝って夕飯を作り、ベースキャンプでそのまま宿泊。
もちろん、ラーニャに酒は飲ませなかった。
――
翌日から八日間で、五か所のベースキャンプを設営した。
予定よりも二日早い。
そして最後の場所となる、カーエンの森の山間部へ移動。
ここまで来ると手慣れたものだ。
ラミトワが着陸させた場所に資材を下ろし、全員でベースキャンプを設営していく。
とはいえ疲労もあり、一日では完成しなかった。
この日は飛空船の仮眠室で就寝。
飛空船には二段式のベッドが四部屋あるため、それぞれ一部屋ずつ使用した。
翌日、朝から作業開始。
「さすがに腰がいてーな」
腰を伸ばしながら、空を見上げる。
雲一つない秋晴れの美しい空だ。
「さ、もう少しだ」
両手で木槌を振り上げた瞬間、ベースキャンプの外で生物の気配を感じた。
「ん? これは……モンスターの気配か? それにしては、気配を隠す様子がないが……」
徐々に近づくこの気配に記憶がある。
「マルディン」
アリーシャが声をかけてきた。
「この気配は四角竜か?」
「そうだと思います」
「ベースキャンプを狙ってるのか?」
「以前ここを住処にしていた四角竜なのかもしれません……」
アリーシャが考え込んでいる。
四角竜は縄張り意識が異常に強く、踏み込んだものは執拗に追いかけ回し、徹底的に排除するほど気性が荒い。
「でも、この土地は放棄したんだろう?」
「ええ、そうです。事前調査でこの土地は放棄済みと確認してます。四角竜は放棄した土地に戻ることはないのですが……」
ラーニャとラミトワも、こちらに駆け寄ってきた。
「マルディン。四角竜よ」
「ラーニャもそう思うか?」
「ええ。間違いないわね。私が弓で出るわ。マルディンは牽制してもらっていいかしら?」
「おいおい、逆だろう。俺が出る。ラーニャが弓で援護してくれ」
「ちょっと、いくらあなたでも危険よ? 以前だって大怪我したんだから」
「大丈夫だ。一回戦えば理解する。それに武器だって新しいんだ。何よりラーニャの援護があれば問題ないだろう?」
「もう。冗談言ってる場合じゃないわよ」
「冗談なんかじゃないさ。騎士だった俺がこれまで見た中で、お前が最も優れてる射手だ。信頼してるぞ」
「え?」
ラーニャの動きが止まり、俺の顔を見つめていた。
ほのかに頬が赤いが、これまでの作業で汗をかいているのだろう。
何か言われるのも面倒だから、俺は飛空船に戻り、自分のリュックから装備を取り出す。
剣をベルトで吊るし、右手に糸巻きを装着。
そして水筒の水を飲み、大きく深呼吸した。
「ラーニャ! 準備はいいか!」
「ええ。大丈夫よ」
ラーニャが矢筒を背負い、弓を持ち出した。
「アリーシャちゃんとラミトワちゃん。万が一のために飛空船に避難していてね。場合によっては空へ逃げるのよ」
「分かりました」
二人に指示を出すラーニャ。
そして俺とラーニャは、ベースキャンプを後にした。
 




