第104話 開拓クエスト2
翌日、俺は飛空船の納入を見学するために、ギルドへ足を運んだ。
ギルドの裏にある広い芝生に、二隻の飛空船が停泊している。
「おー! 飛空船だ!」
ありきたりの感想しか出ないが、二隻が並んだ姿は壮観だ。
軽い空気で飛ぶという飛空船が登場して数年。
人々の生活は変わった。
長距離移動や物流は、特に恩恵を受けている。
これまで陸路で二か月かかっていた国家間の移動時間は、たった数日だ。
そして、戦争の方法も変わったという。
「おはよう、マルディン」
「ラーニャか。おはよう」
「なんで二隻あるんだ?」
「一隻はうちに納入で、もう一隻は総本部のギルド職員の帰還用よ」
「なるほどね。そりゃそうだな」
そう言われてみると、一隻は完成したばかりの輝きを放っており、もう一隻は少し使い込まれたような印象だ。
ラーニャが飛空船に視線を向けた。
「マルディンは飛空船に乗ったことある?」
「そりゃあるさ。国を出る時に乗ったよ。皇都まで移動して、そこからこの地方までも別の飛空船で移動したしな」
「そっか、そうよね。飛空船がなければ、ジェネス王国北部からここまで二ヶ月以上かかるものね」
「ああ。飛空船がなければ、俺はこの地に来てないかもしれないからな」
「飛空船に感謝しなきゃね。うふふ」
ラーニャが俺の肩を軽く叩いた。
この地に来ることができたという意味では、俺も飛空船には感謝している。
「ラーニャさん! マルディン君! おはよう!」
飛空船からラミトワが降りてきた。
すでにギルド職員から、飛行船について説明を受けているようだ。
「ラミトワちゃん。どう?」
「うん。問題なさそうだよ。最新機種とはいえ、操作系はこれまでと同じだからね。一週間後のクエスト出発までには、完璧にしておくね」
「うふふ。頼もしいわね」
ラミトワが俺の正面に立つ。
「マルディンもこれに乗るんだよ?」
「ああ、楽しみだよ」
俺は飛空船を見上げた。
形状は楕円体で、船体の上部に軽い空気が収納され、下部が居住区となっている。
「しかし、想像よりも大きいな」
「大きい? あー、なるほどね。ねえ、マルディンは飛空船の船級を知ってる?」
「船級? いや、知らないな」
「飛空船の大きさは四種類あるんだ。超大型船ヴェルーユ級、大型船サンシェル級、中型船カルソンヌ級、小型船シーノ級の四つね。この飛空船は小型船のシーノ級だよ」
「これが小型?」
「そうだよ。最新のシーノ級で、小型の中では最も大きいけどね。定員は八名。全長二十メデルト。二階建て。一階は倉庫で、二階は操縦室と居住区だよ。キッチンとトイレも完備なんだ」
飛空船の話になると早口になるラミトワ。
「すげーな。もう家じゃねーか」
「まあでも中は窮屈だよ。ギルドの飛空船は、狩猟したモンスターを運ぶためのものだからね。これが国家の旗艦だとまた話は別だけどね」
噂に聞いたが、各国の旗艦は国家の威信をかけた豪華な飛空船らしい。
特にラルシュ王国が誇る世界一巨大な飛空船旅する宮殿は、その名が示す通り、まさに宮殿と言っても過言ではないそうだ。
「じゃあ、私はこれから講習と慣熟飛行があるから」
「ああ、頑張れよ」
ラミトワ以外にも、Cランクの運び屋たちが何人も集まっていた。
ティルコア支部の共用飛空船として使用するため、皆真剣な表情で講習を受けている。
さらに、開発機関のリーシュの姿もあった。
飛空船の製造元のラルシュ工業の技術者たちから、説明を受けている。
この飛空船の整備は、開発機関の職員が行うからだ。
「さて、せっかくギルドに来たことだし、飯でも食っていこうかな」
隣りにいたラーニャが、俺の肩に手を置いた。
「ねえ、マルディン。ちょっと手伝ってもらっていい?」
「手伝い?」
「ええ。これからここに簡易空港を作るのよ。塀で囲んで小屋を建てるわ」
「なるほどね。了解。じゃあ、俺たちは一週間でそれをやっちまおう」
「ありがとう。助かるわ」
さっそく作業に取りかかった。
――
一週間が経過。
今日はクエスト出発日だ。
準備を終え自宅を出ると、一台の白い荷馬車が停まっていた。
「マルディン! おはよう!」
「おー、ラミトワ。おはよう。わざわざありがとうな」
早朝にもかかわらず、ラミトワが荷馬車で迎えに来てくれた。
二週間のクエストともなると荷物が増えるから助かる。
ラミトワの荷馬車は、以前の改造で性能が向上し、外見も大きく変わった。
俺には性能などよく分からないが、カッコよくなっているのは確かだ。
「シャルムもよろしくな」
「ヒヒィィン!」
ラミトワの愛馬シャルムの顔を撫でた。
途中でアリーシャを乗せ、ギルドへ向かう。
そろそろギルドに到着する距離まで来ると、飛行船が姿を現す。
「やっぱ、でけーよな」
「そうですね」
隣に座るアリーシャと飛空船を眺める。
「軽い空気で飛ぶとはいえ、あんな大きな物体が空を飛ぶなんて、未だに信じられんよ」
「フフフ。でも飛空船のおかげで、狩猟したモンスターの運搬が迅速に行われるようになり、モンスター研究が進んだんです」
確かにアリーシャの言う通りだが、実は良いことばかりではなく、犯罪組織による密猟にも使用されているそうだ。
ギルドハンターの討伐リストに、密猟に手を染める冒険者たちの情報も多くあった。
「はい、着いたよ」
ラミトワの荷馬車がギルドに到着した。
ギルドの裏の広場は、小さな空港に姿を変えている。
「皆、おはよう」
ギルドで待ち合わせしていたラーニャと合流。
ベースキャンプ用の資材は、すでに飛空船に積み込んでいるため、軽く打ち合わせをして飛空船に乗り込む。
一階の倉庫を進み、狭い階段を上る。
二階の操縦室にはラミトワとラーニャが入り、俺とアリーシャは食堂へ移動。
食堂は八人が同時に食事できるものの、部屋自体は狭く、八人がけのテーブルは通常のものよりも小さい。
それでも飛行しながら食事できるし、この部屋で打ち合わせも可能だ。
「今から上昇するから、椅子に座ってて」
壁に取り付けられた伝声管から、ラミトワの声が聞こえた。
少しこもったような音声だが、ハッキリと聞き取ることができる。
「了解! こちらは大丈夫だ」
俺は伝声管に向かって返答した。
「じゃあ行くよ! 上昇開始!」
ラミトワの合図とともに、船体がゆっくりと上昇。
アリーシャと窓の外を眺めていると、見慣れた景色が徐々に離れていく。
「おー、凄いぞ! あれは町役場か!」
「マルディン、見てください! 私の家が見えます!」
「ほんとだ! おい! 俺んちも見えるぞ!」
「その近くの丘は、マルディンの土地ですよね。上から見るとよく分かりますね」
「あの丘全部が俺の土地か。すげーな」
「自分の町を空から見るって不思議ですね」
飛空船に乗ったことはあるが、生活圏で乗ったことなどない。
日常が特別に感じる。
普段は冷静なアリーシャですら興奮していた。
「前進開始!」
垂直に上昇していた飛空船が、上空で前進を始めた。
「もう自由にしていいよ。でもすぐ着くからね」
ラミトワの声色がいつもより明るい。
「フフフ。なんだかラミトワが嬉しそうですね」
「そうだな。夢の第一歩だからな」
「ねえ、マルディン。船内を探検しませんか?」
「お、いいな。実は俺も見たかったんだよ。あっはっは」
俺たちは食堂から廊下に出た。




