第103話 開拓クエスト1
ギルドの扉を開けロビーへ進むと、知った顔が俺を待ち構えていた。
「おはよう! マルディン君!」
「お、ラミトワか。おはよう」
「待ってたぞ! マルディン君!」
両手を腰に当て、大股を開き、背筋を伸ばして立っているラミトワ。
また面倒なことを言い出しそうな雰囲気だ。
「マルディン君。君は我がチームに入れてやろう!」
「チーム? なんだそれ?」
「君を助手として使ってやろう!」
威張り散らすラミトワを眺めていると、肩を軽く二回叩かれた。
「マルディン。おはようございます」
「アリーシャか。おはよう。なあ、あの子どうしちゃったんだ? いつも変だけど、今日は特にヤベーだろ。頭でも打ったか?」
ラミトワが怒りの形相で俺に迫る。
「ふ、ふざけんな! おっさん! ぶっ飛ばすぞ!」
「やっぱり、頭打ったか。なあ、レイリアの診療所へ行こうぜ。一緒に行ってやるからさ。大丈夫だ。レイリアは名医だからな」
「てめー!」
隣で笑っているアリーシャ。
「フフフ。相変わらず仲が良いですね」
「そう見えるか? お前も頭ぶつけたか?」
「もう、ラミトワと一緒にしないでくださいよ」
今度はアリーシャを睨むラミトワ。
「おい! アリーシャ!」
「フフフ。本当にあなたは可愛いですね」
アリーシャがラミトワの頭に両手を乗せ、髪を洗うかのように動かす。
その姿は愛犬を愛でているようだ。
「やめろー!」
ラミトワの髪が鳥の巣のように広がっていた。
「朝から皆元気ねえ。うふふ」
声の方向に視線を向けると、笑いながら階段を下りてくる女が見えた。
ラーニャだ。
「皆揃ったわね」
「揃う? どういうことだ?」
「今から説明するわよ」
カウンターに視線を向けるラーニャ。
「フェルリートちゃん。珈琲を四つお願いね」
「はーい」
俺たち四人は食堂のテーブルへ移動した。
全員席につき、フェルリートが淹れた珈琲を口にする。
「じゃあ、説明するわね」
ラーニャが地図を取り出した。
「うちが支部になったことで、外部からのクエスト依頼とは別に、総本部からもクエスト依頼が来るようになるわ。素材の採取や、研究目的によるモンスターの捕獲などよ。この地方には、世界有数の汽水域森林であるカーエンの森があるから、素材の宝庫なのよ。それと海に関するクエストも増えるわよ」
広大なカーエンの森は、大きく三つの地域に分けられている。
山間部、平野部、汽水域だ。
それぞれが圧倒的な広さを誇る。
なお、俺は泳げないから海のクエストは受けることができない。
「今回はカーエンの森でのクエスト用に、ベースキャンプを増設するの。そのために、いくつものチームを作ったわ。私たちは唯一のBランクチームだから、森の最深部へ行くわよ」
俺はCランクだが、ラーニャの支部長権限でBランクのクエストへ行くことが可能だ。
「マルディンの実力はもう皆知ってるし、私は支部長だもの。Bランククエストを許可するわ」
「ああ、分かってる。とはいえ、来月に試験を受ける予定だよ」
「期待してるわね」
ラーニャが珈琲を口にして、地図を指差す。
「最深部と言っても、カーエンの森は広大よ。私たちは山間部、平野部、汽水域の奥地にそれぞれ二か所ずつ、合計六か所のベースキャンプを作るわ」
「そんなに?」
「今回はギルド総出で、数十か所にキャンプを作るの。私たちが最も危険な場所へ行くわ」
俺はラミトワへ視線を向けた。
「なあ、ラミトワ。こんな深い場所へ行くのに、大型荷車で行けるのか?」
「途中までは解体師が作った道があるんだよ。それに森の奥へ行くと、大型モンスターたちが通る獣道がいくつもあって、荷車も通れるんだ」
「なるほど。大型モンスターの体格なんて、大型荷車より大きいもんな」
「そうだよ。あと、ベースキャンプになる予定地は、大型モンスターや超大型モンスターが生息していた跡地だから、開けた場所になってるんだよ」
「じゃあ、その場所まで荷車で移動して、六か所にベースキャンプを設置すればいいのか」
「そうだね。移動に時間はかかるけどね」
俺たちの会話を聞いていたラーニャが、珈琲カップをテーブルに置いた。
「それがねえ……。ラミトワちゃん」
ラミトワに視線を向けるラーニャ。
「このティルコア支部に、飛空船を配備してもらえることになったのよ」
「な! なんだってええええええええ!」
ラミトワが絶叫し、椅子に座ったまま後方へ倒れた。
「ぎゃん!」
床に後頭部を打ちつけたラミトワ。
「お、おい、大丈夫か?」
「あわわわわ」
痛みなのか驚きなのか分からないが、目を回しているラミトワ。
「今朝も頭をぶつけてただろう? 死んじゃうんじゃねーか」
「死なねーよ! ってか、朝はぶつけてねーよ!」
ラミトワが飛び起きた。
「ラーニャさん! それほんと!」
「ええ、本当よ。支部に昇格したことで、クエスト用に一隻配備してくださったのよ」
「す、す、す、すげーーーー!」
両手の拳を握り、大興奮するラミトワ。
無理もない。
運び屋にとって飛空船は憧れだ。
それにラミトワの夢は、自分の飛空船を持って世界中でクエストすることだった。
「ラミトワちゃんは飛空船の操縦免許証を持ってるわよね?」
「うん。一年前に取ったもんね。規定の飛行回数もクリアしてるから、すぐにクエストで操縦できるよ」
「じゃあ、今回は操縦してね」
「やった! やった!」
切れのある動きで踊るラミトワ。
だが相変わらず変な踊りだ。
ラーニャが全員を見渡し、テーブルに書類を一枚置いた。
「これがクエスト依頼書よ」
◇◇◇
クエスト依頼書
難度 Bランク
種類 開拓
対象 なし
内容 カーエンの森のベースキャンプ設置
報酬 金貨二十枚
編成 【指名】【特別許可】ラーニャ、マルディン、アリーシャ、ラミトワ
特記 設置におけるモンスター狩猟は可 詳細は契約書記載 冒険者税徴収済み
◇◇◇
「パーティーは私、マルディン、アリーシャちゃん、ラミトワちゃんの四人。今回の報酬は四人で均等に分けるから、一人金貨五枚ね。それともしモンスターに遭遇しても、Bランク以下なら狩猟は可能よ。素材の売却代金も皆で均等に分配するわ」
モンスターの素材代に関しては、パーティーで分配方法が違う。
最も危険な冒険者の取り分が多いパーティーもあれば、均等に分配するパーティーもある。
「ふむ。いいんじゃないか」
俺は珈琲を口にした。
条件に関しては全く問題ない。
だが、気になるのは期間だ。
「いくら飛空船で移動するとはいえ、六か所の開拓だろ? 期間はどれくらいかかるんだ?」
「一か所に二日。予備で二日。二週間を予定しているわ。早く終われば、その分早く帰れるわよ」
「分かった」
「飛空船は明日納入されるわ。ラミトワちゃんの慣熟飛行もあるから、出発は一週間後にしましょう」
ラミトワに目を向けると、両手を握りしめ、天井に向かってずっと叫んでいる。
「やべー! やべーよ!」
喜びすぎて瞳孔も開いているようだ。
大丈夫だろうか。
「良かったな。ラミトワ」
俺が声をかけると、ラミトワは気持ちを落ち着かせるように大きく息を吸った。
そして俺を指差す。
「マルディン君。これから私のことを船長と呼ぶがいい。あっはっは」
俺の笑い方を真似するラミトワ。
「船長? 見張り番の間違いじゃねーか?」
「ふざけんな!」
ラミトワが叫びながら、俺の肩を何度も叩く。
しかし、気持ち良いマッサージにしかならない。
「あー、効くねえ。お、そこ気持ちいいぞ」
「いいですね。ラミトワ、私にもやってください」
「あら、じゃあ私もお願いね。ラミトワちゃん」
「ざけんな!」
その後も大騒ぎしながら、打ち合わせを行なった。




