第102話 新体制のスタート
「夏に比べてだいぶ涼しくなったなあ」
秋晴れの気持ち良い朝、海風に揺れる草木を眺めながらギルドへ向かう。
「今日から新体制か」
冒険者ギルドのティルコア出張所が、正式に支部へ昇格。
それに伴い、ティルコア支部の新しい体制が整った。
支部長はラーニャ、副支部長はパルマだ。
そして、九つのギルド主要機関のうち、調査機関、研究機関、開発機関が設立された。
この三機関は、ギルドと少し離れた繁華街の建物を借りている。
いずれは新しいギルドを建設し、同じ敷地内に全機関を設立するそうだ。
俺はリュックから一枚の紙を取り出した。
「これが全機関か。やっぱり凄い組織だよな。国家並みだろ」
先日ラーニャが、全機関の簡単な説明を紙に書いてくれた。
◇◇◇
<法務機関>
ギルド規定を制定し、国家や外部組織との交渉を担当する。
通称『ギルドの心臓』。
<財務機関>
予算全体を管理し、国からの助成金、貴族や商人からの寄付金、納税を処理する。
通称『ギルドの金庫番』。
<治安機関>
規定違反者の制裁や逮捕、治安維持を担う。
通称『ギルドの剣』。
<人事機関>
冒険者、解体師、運び屋、及び職員を管理し、下部組織を取りまとめる。
通称『ギルドの中枢』。
<調査機関>
クエスト内容の調査、および組織内外の諜報活動を行う。
圧倒的な調査力は、朝食のパンの枚数まで調べると恐れられている。
通称『ギルドの目』。
<医療機関>
冒険者を診療し、最先端医療を研究する。
通称『ギルドの良心』。
<研究機関>
モンスター事典の発行元で、モンスターの生態を研究する。
家畜や農作物の研究も行っており、食材への探究心が特に強い集団。
通称『ギルドの探求者』。
<格付機関>
クエストの条件や報酬を決定する。
通称『ギルドの頭脳』。
<開発機関>
冒険者用の装備や道具を開発、及び販売する。
いくつもの国際特許を抱えており、莫大な収入があるため、ギルドから一切の予算を受け取っていない。
通称『ギルドの暴れ馬』。
◇◇◇
「これ以外にも下部組織があるってんだから、世界最大組織ってのも納得できるな」
先日、各機関の職員たちと懇親会が行われ、責任者とも挨拶を交わした。
調査機関の支部長はティアーヌ。
すでに一緒に仕事をしており、凄腕の諜報員ということが分かった。
極秘でギルドハンターのサポートも兼任してくれている。
研究機関の支部長はトレファス。
四十歳の男性で、身長は少し低く、体重は俺よりもありそうな体格だ。
小太りと言っていいだろう。
人の良さそうな優しい顔つきで、黒縁のメガネをかけており、常に白衣を羽織っている研究者。
開発機関の支部長はパルマが兼任する。
それというのも、驚愕の人事があった。
思い出しても腹が立つが……。
先日の出来事だ。
◇◇◇
ギルドへ顔を出すと、ロビーに背の低い少女が立っていた。
薄い緑色のショートヘアで少し癖がかかっている。
瞳の色は驚くほど美しい金糸雀色で、それを隠すかのような大きな丸い眼鏡が特徴的だ。
「マルディンさん! こんにちは!」
「お、リーシュじゃないか。久しぶりだな」
隣街イレヴスの開発機関の職員リーシュだ。
年齢は十八歳と若いが、俺の糸巻きを開発した発明家でもある。
「って、ティルコアのギルドに何の用だ?」
「はい! ティルコアに引っ越してきました!」
「引っ越し? なんでだ? 魚が好きになったのか?」
「私は肉派です!」
リーシュは肉好きで、妙なこだわりを持つ。
一緒に飯へ行くと、肉の焼き加減でいつも怒られるほどだ。
そして、解体師で肉屋のアリーシャを師匠と慕っている。
「それはねえ」
「うわっ!」
突然背後から俺の耳元で囁く声が聞こえた。
俺に気配を悟らせないなんて、相当な達人だ。
だが俺は、この独特な話し方をする人物を知っている。
「なんだよ。ラーニャかよ」
「うふふ。リーシュちゃんはねえ。異動になったのよ」
「異動? まさか?」
「そう、そのまさかよ」
「そうか。開発機関のティルコア支部に異動したのか」
妖艶な笑みを浮かべながら、僅かに身体をくねらせるラーニャ。
こういう時のラーニャは、いつもめんどくさい。
「しかも彼女はねえ、副支部長なのよ?」
「は? 副支部長? おいおい、リーシュは十八歳だぞ?」
「そうねえ、異例の大出世よね。でもね、それだけの実績を残したのよ」
「実績って?」
「あなたの糸巻きの特許に加え、別の発明でも三つの特許を取ったのよ。凄いわよねえ」
「マジか。天才すぎるだろ」
「そうなのよ。総本部から直々に辞令が来たわ。ね、リーシュちゃん」
リーシュが右手をまっすぐ挙げた。
「はい! 叔母さんから連絡をもらいました!」
「叔母さんって、開発機関局長だろ?」
「そうです!」
「まあギルドに限って公私混同はないからな。正当な評価だろう。良かったなリーシュ。おめでとう」
「はい! ありがとうございます!」
俺はリーシュの頭を軽く撫でた。
なぜかラーニャも俺に頭を向けてるが、当然無視だ。
「ケチねえ」
「うるさいっての。で、開発機関の支部長は誰なんだ?」
「パルマが兼任するわ」
「なるほどね。あいつも大変だな」
「いいのよ。パルマは将来的に、ティルコアの支部長になるんだから。頑張ってもらわないと」
「ん? じゃあお前はどうするんだよ」
「私はねえ、結婚して引退したいのよ」
「相手がいないからなあ。無理だな。あっはっは」
「ひ、酷い。うう。酷いわあ」
突然肩を落とし、目を細め、顔を背けるようにうつむくラーニャ。
身長の低いリーシュが、ラーニャの顔を下から覗き込んだ。
「あ! ラーニャさんが泣いてる!」
「え? な、なんでだよ!」
「ラーニャさん、これ使ってください」
リーシュがラーニャにハンカチを手渡す。
「うう。ありがと……」
涙を何度も拭うラーニャ。
「マルディンに傷つけられた……」
「お、おい」
「酷い。酷いわ」
「ご、ごめん。言い過ぎたよ」
「責任取って」
「せ、責任ってなんだよ」
「私と結婚するの」
ラーニャが顔を上げ、笑みを浮かべた。
「ふざけんな! 嘘泣きじゃねーか! これだからお前は信用ならん」
「あらあら、酷いわねえ」
ラーニャとリーシュが笑いながら握手している。
面倒なコンビが誕生したもんだ。
「さて。マルディンをからかうのは、ここまでにして……」
「ちっ」
「私って冒険者に復帰したじゃない?」
「ああ、このギルドで現在唯一のBランク冒険者だ」
「たまにクエストへ行くのだけど、ちょっと楽しくなってきちゃってねえ。頑張ってAランクを目指してみようかなあ、なんてね」
「マジかよ! Aランクなんて化け物揃いだろ?」
「挑戦してみたいのよ」
「そうか。お前、凄いな」
「笑わないの?」
「それがお前の夢ならな。俺は心から応援するよ」
「あら。じゃあ、マルディンと結婚が夢って言ったら?」
「ふざけんな!」
悪戯な笑みを浮かべているラーニャ。
ここぞとばかりに、俺をからかって遊んでいるようだ。
「真面目に答えて損したぜ」
「うふふ。ねえ、マルディン。私と一緒にAランクを目指しましょうよ」
「まずはBランクを取る。それからだな」
「Aランクなんて、隣街のイレヴス支部にもいないもの。自慢しちゃおうっと」
相変わらず人の話を聞かないラーニャだった。
◇◇◇
「ラーニャがAランクか。チャレンジする姿勢に関してだけは尊敬できるよな。うんうん」
俺もBランク試験を受けるから、ラーニャの姿勢は刺激になる。
今は試験勉強もしているし、日々のトレーニングも怠らない。
「楽勝とはいえないけど、Bランクなら受かると思うんだよ。だけど、Aランクはマジで運だ。前回はたまたま上手く行っただけだしな。それに共通試験に受かっても、討伐試験がある。まあ、頑張るだけだ」
呟きながら歩いていると、ギルドの前に到着していた。




