第101話 翼の折れたサーカス8
調査機関を出た俺は、友人と飯を食ってから冒険者ギルドへ向かった。
ギルドの扉に手をかけると、中から怒声が聞こえてくる。
「なんだ?」
俺はすぐに扉を開け、ロビーに入った。
「マルディンが助けたんだ! 当然うちだろ!」
「てめー! ふざけんな! こっちは人手不足なんだよ!」
「待て待て! あいつの父親は漁師ギルド所属だ! 漁師に決まってるだろ!」
食堂のテーブルに座る三人の男。
パルマ、ジルダ、グレクだ。
身を乗り出して言い争っている。
「あいつら、何やってんだ?」
「あ、マルディン」
カウンターから出てきたフェルリートが、俺の隣に立つ。
「シタームさんを取り合ってるの」
「取り合い?」
「うん。シタームさんが、この町に帰って来たんだって。シタームさんって身体能力が凄いでしょ? 今は少し怪我してるみたいだけど、レイリアさんが半年後には完治するって言ったら、争奪戦になっちゃったの」
「何を勝手にやってんだか」
罵り合う三人。
この三人のやり取りは見ていて面白いが、シタームの心はすでに決まっている。
「こうなったらくじ引きだ! フェルリート! 紙を持ってきてくれ!」
「はーい」
フェルリートに声をかけたパルマが俺に気づいた。
「おっ! マルディン! ちょうどいいところに来たな。お前の幸運で引き当ててくれ。サーカスのチケットだってくじ引きで当てたんだろ?」
「なに! くそ! 思わぬ強敵だ!」
「俺の運は貴様になんか負けん!」
「ふざけんな! やるわけねーだろ! それにシタームのやりたいことはもう決まってんだよ!」
三人が顔を見合わせた。
「「「どれだ!」」」
「本人に聞け!」
俺はここへ来る前に、シタームに会っていた。
◇◇◇
俺は港の近くにあるシタームの家を尋ねた。
「マルディンさん!」
「よう、シターム。火傷は治ったか?」
顔の怪我はすっかり治っている。
よく見ると精悍な顔つきの好青年だ。
「マルディンさん。この度は本当に、本当に申し訳ありませんでした」
玄関口で、いきなりシタームが頭を下げた。
その姿勢は美しいほどだ。
「おいおい、よせって。お前は何も悪くない。悪いのは犯罪組織だ」
「いえ、流された自分の心が弱いんです。自分がもっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかったはずです」
「いいから頭を上げろ」
神妙な表情を浮かべているシターム。
ひとまずシタームに案内され、リビングのテーブルへ場所を移した。
両親は仕事に出ており、シターム一人だ。
「お前、中央局の聞き取りで、俺を殺そうとしたって言ったそうだな」
「……はい」
「お前は被害者なんだぞ。バカがつくほど真面目だな」
「でも……事実ですから」
真面目過ぎて狙われたのだろう。
奴らは搾り取れるところから、容赦なく搾り取るのだから。
脅迫されていたことと、ティアーヌの根回しで、シタームは罪に問われることはない。
それに、俺自身が襲われた事実はないと伝えていた。
そもそも、あんなものは襲われたうちに入らない。
「足の怪我はどうだ? レイリアはなんて言ってた?」
「はい。治療に専念すれば、半年後には完治するそうです」
「完治したらサーカスに戻るのか? 交差する翼は再建するらしいぞ」
シタームは交差する翼の状況を聞かされたそうだ。
「もう戻りません。今後はこの町で生きていこうと思います」
「そうか。じゃあ、怪我が治るまではゆっくりできるな」
「いえ、仕事をしながら治療します。治療費を親に頼るわけにはいかないので」
「おいおい、完治するまで治療に専念しろって。また前みたいに怪我が酷くなっちまうぞ?」
俺は金貨が入った革袋をシタームに手渡した。
「これは?」
「お前の金貨だ。ったく、こんなに搾り取られやがって」
「え?」
「色々とツテがあってな。多く払った分は取り戻せたよ」
シタームが革袋の紐を解き、中身を覗く。
「き、金貨!」
「そんだけありゃ、治療費を払っても余裕で半年暮らせるだろ。まずは怪我を治せ」
「あ、ああ。……マルディンさん、ありがとうございます!」
シタームが頭を下げた。
指の先まで美しく伸ばしている。
よほど訓練したのだろう。
「礼はいらんよ。元々お前の金貨なんだからな」
「でも……」
「とにかく身体を治せ。それだけの身体能力があるんだ。もったいないぞ」
「は、はい……」
涙を拭うシターム。
「今の足の状態は?」
「歩くくらいなら問題ないです。レイリアさんからも、完全に動かさないより、歩いた方がいいと言われてますから」
「そうか。じゃあ、ちょっと港まで歩かないか?」
「はい」
家を出た俺たち。
シタームの歩調に合わせて、ゆっくりと歩く。
それはまるで景色を楽しむように。
港の市場に到着して、俺は椰白乳の実を二つ購入。
シタームに一つ手渡す。
椰白乳の実の上部に穴を開け、空洞の葦綿草の茎を使い、中の果汁を飲む。
果汁は甘くて美味い。
これに蜂蜜を入れたり、酒に混ぜて飲むこともある。
「シターム。完治後の仕事は決めてるのか?」
「俺は……漁師になります。やっぱり俺もティルコアの男ですから。それに……父さんみたいな漁師になりたいです」
「そりゃいいな。ドルムは一流の漁師だよ。親父さんの元でしっかり修行するんだな」
「父さんが一流?」
「そうだ。って、俺も漁師のことはよく知らないけどな。漁師ギルドのギルマスの受け売りだよ。あっはっは」
「なんか父さんを褒められると……嬉しいです」
シタームが、少し照れたような笑顔を浮かべる。
そして、目の前の翠玉色に輝く宝石のような海を眺めた。
「マルディンさん。故郷っていいですね」
「……そうだな」
俺はシタームの肩を軽く叩いた。
「シターム。故郷を、親を、そして自分自身を大切にしろよ」
「はい」
故郷の景色を、懐かしむように眺めているシターム。
海から吹く秋の風が心地良い。
「さて、戻るか」
俺は海に背を向け、ゆっくりと歩き出す。
「マルディンさん!」
背後からシタームに呼び止められた。
「なんだ?」
「俺、マルディンさんのような人になりたいです!」
シタームが真剣な表情で、まっすぐ俺を見つめている。
「俺? よせよせ。ろくでもねー大人だぞ」
「そういうところが……カッコイイです」
「なんだよ。褒めて飯でも奢らせようってか? あっはっは」
「そ、そんなつもりじゃないですよ!」
「まあでも……そうだな。腹減ったな。飯食って帰るか」
「は、はい!」
俺たちは港の市場へ向かった。
シタームは笑顔を浮かべながら、少しだけ足を引きずる。
だが、俺にはその足取りが軽やかに見えた。
まるで翼が生えたかのように。




