第100話 翼の折れたサーカス7
数日後、俺はティアーヌに呼ばれ、調査機関へ足を運んだ。
「マルディンさん、呼び出してすみません」
「いや、いいんだ。その後はどうなった?」
応接ソファーへ移動。
職員の一人が、珈琲を淹れてくれた。
「結論から言うと、溺れる月は壊滅しました」
「そうか。だけど、生き残った者や逃げた者がいるだろう?」
「最終的に皇軍が動いて、捕獲したようです」
資料を取り出したティアーヌ。
「現在は中央局と交渉してますが、掃討クエストとして処理できそうです」
「掃討クエスト?」
「はい。こういった犯罪組織の掃討も、クエストで受けることがあるんです。大抵は、国家や行政からの依頼ですけどね。今回はこちらから中央局に、掃討の報告を行いました。私が入手した資料に、行政や企業との癒着が見えるリストがあったんです。こちらの希望を飲まないと大変なことになると思うんですよねえ。ふふ」
「お、おいおい」
「まあ冗談ですけどね」
「絶対冗談じゃないだろ!」
「ふふ。ですから、マルディンさんにはクエスト報酬が出ます。報酬が決まり次第、改めてお知らせしますね」
一旦珈琲を飲むティアーヌ。
「そして、あのアジトに監禁されていた若者も全員救出されました」
「そうか。日常に戻れるといいな」
ティアーヌの話によると、溺れる月の金貸しは相当汚いやり口で、回収は苛烈だったそうだ。
また、若者には甘い声をかけ、最終的に返せないような金額を借金させた上で監禁していた。
「資料と証言から、シタームは被害者として扱われます。でも、シタームは中央局の聞き取りに、自分がマルディンさんを襲ったと言ったそうですよ」
「真面目すぎるな」
「ええ、真面目な青年ですね。ですが、交渉してますので問題ありませんけどね」
「色々すまんな」
「とんでもないです」
ティアーヌが珈琲を飲み干した。
「シタームの借用書を調べて、帳簿を確認しました。溺れる月はどうやら皇都の犯罪組織から、シタームの情報を買い取ったようです」
「そこまで調べたのか? 大変だっただろう」
よく見ると、ティアーヌの目の下にはクマができていた。
「もしかして、寝てないのか?」
「徹夜は得意なんです」
「お、おいおい。ありがたいが、無理はしないでくれよ」
「ギルドハンターは命がけなんですから、それに比べたらこれくらいなんともないです」
「お前だって一緒に乗り込んだじゃないか。危険なのは同じだぞ?」
「私が危険? ……知ってますよ?」
「何をだ?」
「いえ。……ご心配ありがとうございます」
ティアーヌがポットから二杯目の珈琲を注ぐ。
眠気覚ましのために飲んでいるのだろう。
「シタームは当初金貨四枚借りて、最終的には金貨二十枚も払わされてました」
「マジか。そりゃ酷いな」
「溺れる月のアジトから押収した資産は相当あったようです。他にも銀行に金貨などがあり、中央局は即座に資産を凍結したそうです。今回は中央局と直接交渉して、シタームの返金処理を完了させました。当初借りた金貨までは無理でしたが、金貨十六枚は取り返しましたよ。マルディンさんが代理で受け取ってください」
受け取り書類にサインして、革袋を受け取った。
それにしても、そんなに早く処理できるものだろうか。
ティアーヌは恐ろしいほど優秀な諜報員かもしれない。
「ふふ」
俺の考えていることを見抜いたように、笑顔を見せるティアーヌ。
「それと、交差する翼にも中央局の捜査が入りました」
「動きが早いんだな」
「どうやら、裏で特殊諜報室が動いたようなんです。あそこが動くなんて余程のことですね」
特殊諜報室といえば、室長のムルグスとは友人だ。
ムルグスは暗殺短剣の達人で恐ろしい暗殺者だが、話してみると気の良いおっさんで意気投合した。
もしかして、俺が関わったことを知ったムルグスが気を使ったのか。
「いや、さすがにそれはないか」
「ん?」
「いや、なんでもない」
「交差する翼の上層部は真っ黒だったようですね。犯罪組織の幹部も在籍していたそうです」
「それほど癒着していたのか」
「癒着というより、もはや乗っ取りですね。人気のサーカス団となり、莫大な金が動くようになって犯罪組織が近づいてきたんでしょう。奴らはどこへでも入り込むので」
「ちっ。死体に湧く腐羽蠅のような奴らだな」
「交差する翼は残った人たちで、再建することになるでしょう。厳しい道のりでしょうが」
ティアーヌが別の資料を取り出した。
「こちらはギルドハンターの討伐リストです。リスト入りのハカフを討ったので懸賞金が出ます。金貨三十枚です」
「そうか。懸賞金があるのか」
「もちろんです。ギルドハンターの収入の一つですから。あれ? ウィル様から説明がありませんでしたか?」
「ウィルからは、討伐リストに入っている者は殺せとしか言われてないな」
「ああ、ウィル様……。なんて雑な……」
苦笑いとも困惑ともつかないような笑みを浮かべるティアーヌ。
「討伐リスト者は金額に差はあれど、全員必ず懸賞金がかかってます。最高額になるとネームド並みですよ。リストは数ヶ月に一度更新されるので、必ず確認して全員覚えてくださいね」
「……数百人分だからな。今は少しずつ覚えてるよ」
「ありがとうございます」
ティアーヌが報酬入りの革袋をテーブルに置いた。
俺は受取書類にサインを記入し、残った珈琲を飲み干す。
これで話は終わりだ。
「ティアーヌ、今回は世話になった。当初はギルドハンターに関係ないことだったのにな。ありがとう」
「とんでもないです。こちらも欲しかった情報を手に入れましたし、何よりハカフを討伐できました。感謝してます」
「そりゃ良かった。じゃあ、行くよ」
俺は金貨をバッグにしまい、立ち上がった。
「マルディンさん。シタームはこれからどうするんですか?」
「これから本人に会うんだ」
扉へ歩くと、ティアーヌが見送ってくれた。
「じゃあ、ゆっくり寝てくれよ」
「はい。ありがとうございます」
俺は調査機関を後にした。
◇◇◇
扉を閉めて、フロアに戻ったティアーヌ。
部下が湯を沸かしていた。
「支部長、もう一杯珈琲を淹れますね」
「ありがとうございます」
「あの人が糸使いのマルディンさんですか。噂通りでしたか?」
「噂以上ですよ。中規模とはいえ犯罪組織に単身乗り込んで、壊滅させたんですよ。しかも、一度も剣を抜いてないんです。信じられますか?」
「でも、支部長も一緒に行ったじゃないですか」
「私は何もしてませんよ。腕を確かめるためについて行っただけです。それに、常にに私のことを守ってくださってました。本人はとぼけてましたが。ふふ」
「支部長の採点は?」
「私が採点なんておこがましいです。対人戦闘に限っていうと、ギルドハンターで過去最高レベルでしょう。私は全身に寒気が走りましたから」
「それほどですか」
「ウィル様が怒らせるなと言っていましたけど、その意味がよく分かりました」
ティアーヌが部下から珈琲を受け取り、自席に座った。
湯気が立つ珈琲を一口飲み、背もたれに身体を預ける。
そして、息を大きく吐いた。
「首落としのマルディン……か」
溺れる月のボスは、正座したまま首を落とされていた。
◇◇◇