第10話 採取開始
「さて、採りますか」
採取場所であるカーエンの森に到着した。
今回採取する薬草は五種類。
山苦草、麻草、火桃草、白大柚、参黄根。
重量はそれぞれ二キルクずつ。
内容的には最も簡単なEランクのクエストと同格だ。
だが参黄根は自生場所を探すのが大変な上に、穴を掘る必要があるので敬遠されていた。
俺は密かに参黄根の自生地を知っている。
誰にも教えてない秘密の場所だ。
そのため、参黄根の採取クエストを見つけると、率先して受注していた。
「情報は大切だ。楽して稼げるからな」
森を進み、まずは簡単な山苦草、麻草、火桃草を採取。
これらはどこの森にも自生している薬草で、様々な医療に使用される。
次々に背中の籠へ入れていく。
「こんなもんだな」
続いて白大柚だ。
森の奥に進み、白大柚の木から実をもぎ取る。
「おー、なかなか良い実だぞ」
白大柚の実は、直径三十セデルトほどある。
この大きさだと二つも採れば十分だろう。
さっき会ったアラジ爺さんも言っていたように、この時期の白大柚は食べても美味い。
自分用と爺さんの分も採った。
「さて、最後は参黄根だ」
森を見上げると、木々の隙間から陽の光が差し込む。
太陽はまだ頭上を過ぎたばかりだ。
季節は初夏で昼は長い。
時間に余裕はある。
森を進み、参黄根の自生地に到着。
俺は腰から採取短剣を抜いた。
採取短剣は短剣の一種。
冒険者の基本装備の一つで、素材の採取に使用する。
先端は鋭利だが刃幅が広く、刺す、切る、削る、掘ると様々な用途に使用可能だ。
「腰が痛くなるんだよなあ」
俺は身をかがめ、採取短剣で土を掘り始めた。
地中に真っ直ぐ伸びた参黄根を折らないように、周囲から掘る必要がある。
「いてててて。腰が……腰が……」
三本採ったところで休憩。
俺は近くの大木の根本に座り、椅子の背もたれのように背中を預けた。
「いやー、三十超えると採取もキツいわ。重量的にあと一本だけど……しんどいな」
水筒の水を飲みタオルで汗を拭うと、周囲の野鳥が一斉に飛び立つ。
「ん? どうした?」
草木がこすれ、小枝が折れる音が聞こえる。
「動物か?」
俺は身をかがめ、音が聞こえる方向に視線を向けた。
五十メデルトほど先に黒い大きな物体を発見。
「茶毛猪か?」
いや、茶毛猪にしては大きい。
「あ、あれは……。べ、大爪熊! 討伐クエストにあった大爪熊か!」
Cランクのモンスターの大爪熊だ。
俺は即座に呼吸を殺し、茂みに身を隠した。
だが、相手は嗅覚鋭いモンスター。
すぐに感づかれるだろう。
「ちっ、厄介だ。大爪熊は獲物に執着する。見つかったら最後、死ぬまで追いかけてくるぞ」
俺は腰から糸を取り出し、先端を大きな輪にして結ぶ。
そして寄りかかっていた大木の枝に通して、地面に輪を広げる。
籠から白大柚を一つ取り出し、輪の中心に置く。
糸で簡易的な罠を作った。
これで大爪熊を拘束する。
「とっくに気づかれていたか。もう逃げられないな」
獲物を見定めるかのように、ゆっくりとこちらへ向かってくる大爪熊。
距離は三十メデルト。
「来た!」
俺に向かって急に走り始めた大爪熊。
瞬間的なスピードは馬に匹敵すると言われている。
俺は罠の中心に置く白大柚に集中した。
大爪熊が白大柚を踏んだ瞬間が、糸を引く合図だ。
速くても遅くても俺は死ぬだろう。
「もう少し」
大爪熊が白大柚を踏み抜いた。
果実が砕け、飛び散る果汁。
その瞬間、俺は糸巻きを全力で引っ張った。
「よし!」
大爪熊の右足を拘束した糸。
勢い余って、地面にすべり転げる大爪熊。
俺は歯を食いしばり、全身の力を使って糸を引く。
「ぐうう! 重い!」
一瞬俺の身体が浮き上がるも、重心を下げ、体重を乗せながら糸を引いた。
逆に大爪熊の身体が少しずつ宙に浮く。
「くそ、暴れるな!」
「グゴオオ! グゴオオ!」
足を吊られた状態で、大爪熊は両手の大爪を振り回す。
俺は構わず糸巻きを引く。
「重っ! あたたた! 腰が!」
体長三メデルトほどの大爪熊だが、腕を伸ばせば五メデルトはある。
「はあ、はあ。おっも!」
全力で引っ張り上げ、大爪熊を完全に宙吊りにしたところで糸を近くの大木に結んだ。
糸の強度は大型モンスターすら拘束する。
「はあ、はあ。これで……もう……大丈夫だ。はあ、はあ」
息が切れた俺は、膝に両手を当て、大きく息を吸い呼吸を整える。
「ふう。さあ、仕留めるか」
吊るされながらも暴れる大爪熊。
振り回す大爪に当たれば、間違いなく俺の頭が吹き飛ぶ。
俺は長剣を抜き、タイミングを見計らう。
「今だ!」
大爪熊の動きが止まった瞬間、剣を振り下ろし喉を切り裂いた。
まるで噴水のように吹き出す鮮血。
「お、良い血抜きになったな。大爪熊は鍋にすると美味いぞ」
逆さまの状態で首から血が滴り落ちる。
「さて、俺は参黄根をあと一本採らなきゃならん」
参黄根の自生地へ戻り、また穴を掘る。
「あてててて、やっと終わったぜ。参黄根といい大爪熊といい、今日は腰にくる作業ばかりだ」
大爪熊の元へ行くと、動きが完全に止まっていた。
「一旦ギルドへ帰るか。薬草を納品して、解体師と運び屋を連れてこよう」
俺は森を出て町へ向かった。