2040年1月 真昼が消えた後
その日は呆れるほどの快晴で、一月にしては春のように暖かかった。
日曜日だからか公園には子供を連れた親子がやってくる。遊具で遊ぶ子どもたちは楽しげだ。そんな光景を横目に、僕はベンチに座ってひたすらぼーっと空を見上げ続けた。
――そろそろ、行かなくちゃな。
そう考えてもベンチと尻がくっついてしまったように離れてくれない。立ち上がる気力もなく、なにかをする意欲も湧かない。
どれくらいの時間が経過しただろうか。真昼の葬式から数えると結構な時間が経っている気がするが、時計も見ていないのでわからない。
葬式の帰り、気分転換したいからと一人で別行動を取った。父も母も泣きじゃくる妹に気を取られていたから特に止められもしなかった。父が一瞬気遣わしげな目をしていたので、僕に配慮してくれたのかもしれない。
でも一人になったところで気分は変わらない。凪のように心の中は静まり返っている。
――……帰って勉強しないと。
ふと、そんな考えが過る。確か僕は焦っていたはずだ。二月までもう時間がない。家に帰って受験勉強をしないと間に合わない。
――あれ……なんで、間に合わせたいんだっけ?
どうして苦しい思いをしてまで受験勉強をしているんだろう。
どうして変わりたいと願ったんだろう。
目を閉じる。瞼の裏に、棺に収まった幼馴染の顔が浮かぶ。
真昼は眠っているみたいだった。すぐ起きそうだったのに、あっという間に焼かれて消えた。
だからもう、この世界で本物の真昼に触れることはできない。残されたのは写真や動画だけで、あいつに触れ合う術は失われた。
いや、一つだけ、ある。
――イミテイトなら。あいつの演奏なら、違うかも。
そこに温もりはない。だけどあいつが見ていた景色を、あいつが触れていたものを感じ取れるなら、写真や動画を眺めるよりもずっとあいつを感じられる気がした。
僕はのろのろと、脇に置いたリュックに手を伸ばしてカイロスギアを取り出す。頭に装着してギアを起動させ、イミテイトのアプリを呼び出す。
公園の景色が演奏ホールに様変わりした。真昼の出番から開始していたので、既にピアノに座っているところだった。細くしなやかな指が静かに鍵盤に触れる。
『春ちゃんには……あんなこと、知られたくない』
ぐるりと、胃が変な動きをした。熱いものがせり上がる不快感に呻く。
しかし映像は僕のことなどお構いなしにどんどんと進む。真昼の指が動き、ショパンの幻想即興曲を弾き始める。
視界が明滅した。頭が痛い。ドリルでこめかみを貫かれているみたいに激痛が走る。
滑らかで綺麗な旋律が、警告音みたいに聞こえた。
嫌だ。もう、僕は
「――ぁああああっ!」
カイロスギアを投げ捨てる。遠く離れた場所では親子連れが驚愕していた。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
口元を手で覆う。気を抜くと何もかもぶちまけてしまいそうだ。地震の最中みたいに視界がぐにゃりと曲がって定まらない。
目を閉じ耳を塞ぐ。全てを暗闇に置いて必死に耐える。そうしていると、徐々に痛みも気持ち悪さも引いていった。涙で滲んだ目を開けると、もう公園には誰も居なかった。
一人残された公園のベンチで、僕は自分の身に起こったことを言葉に変える。
――VRに、入れない……?
そんなことあり得ないと思った。今までずっと体験できてきたのに。
でも、もう一度試してみる気にはならない。何度試してもあの吐き気と苦痛に襲われるという確信があった。
なぜ? どうして? どこから?
あいつの存在を感じたから? 真昼が、思い出の中の人間になったと実感したから?
いや、違う。このままだと、進んでしまうんだ。僕だけ、一人で。あいつを理解して、消化して、過去にしてしまうから。
その瞬間――わかった気がした。
「そうか……そうだよな」
これは、罰だ。真昼を理解してやれなかったことへの。
真昼を置いて一人残ってしまったことへの。
「許してくれるわけないもんな。僕だけ、幸せに生きるなんて……でも、だったら……一人で行くなよ」
うなだれ、肩を揺らす。滑稽な自分を嘲り笑いながら、涙が勝手に流れていく。
「僕を、置いていくなよ」
嗚咽は、冬の空に吸い込まれて消えていった。




