2042年12月 雨宮から逃げる
慰労会の次の日、雨宮はクリスマスプレゼントのことも、急に帰ったことも話題には出さなかった。それは雨宮なりの気遣いだったのかもしれない。
しかし雨宮の僕に対する接し方は、これまでとはっきり変わっていた。
彼女はいつにもまして僕に構うようになってしまった。昼飯も先輩たちより僕に話しかけるようになって、休み時間も放課後もそばにいるようになった。
きっと、真昼の代わりになろうとしている。
それが雨宮の優しさだとわかっている。尊敬する人の幼馴染だから親近感も湧くだろう。
でも僕は、優しくされればされるほど耐えられなくなっていく。相変わらず雨宮に真昼の面影を感じる場面もあって、二重の意味で辛くなった。もう慣れるどころじゃなかった。
だから、逃げるしかなかった。
昼休みの開始と同時に僕は教室を抜け出す。被服室には行かず、第二校舎に隣接する来客用駐車場に向かった。
校舎の壁面に取り付けられた雨どいに入り込み、軒先の座れそうな場所にしゃがみ込む。持っていたビニール袋の中身を確認しながら、ついため息を吐いてしまう。
――……情けねぇ。
こんな日陰でこそこそ昼飯を食べなければいけないなんて。しかも一人の女の子から逃げるためというのだから、気分も滅入る。
とはいえ数日を凌げば終業式だ。雨宮のことは冬休み中に考えよう。問題の先送りのようだけど仕方ない。
「おい竹田」
ギクリとして振り返る。廊下の窓から顔を出しているのは、同じクラスの須賀聡太だった。
「なにしてんだよ、そんなとこで」
「……見て分かるだろ。昼飯だよ」
「ははーん。さてはお前、彼女と喧嘩したな」
「雨宮は彼女じゃない」
「俺は雨宮が彼女だなんて言ってないけど」
ぐ、と言葉に詰まる。須賀はニヤニヤと笑っている。文化祭後から割と喋るようになったが、腹が立つ奴なのは相変わらずだ。
「喧嘩してんなら早く仲直りしろよ? 雨宮、さっきキョロキョロしながら歩いてたぞ。お前を探してるんじゃないのか」
チクリと胸の奥が痛む。僕はその痛みを強引に無視した。
「頼む、僕がここにいることは黙っててくれ」
「へぇ。よっぽど都合悪いんだな。ま、聞いてやらないこともないけど」
胸を撫で下ろそうとしたが「タダで従うのは面白くないだろ?」と言われて眉をしかめる。
「お前、性格悪いって言われるだろ」
「むしろその逆だけど?」
みんな絶対騙されてる。そう言い放ってやりたかったが、これ以上こいつのペースに乗せられたくない。
「とりあえずさ、なんで逃げ隠れてるのか教えてくれたら黙っといてやるよ」
「そんなの聞いて楽しいのか?」
「多少はな。で、喧嘩の原因はなに」
「喧嘩じゃない……僕が一方的に逃げてるだけだよ」
「でもお前ら仲良かったじゃん。最近も結構話してたし」
だから無理なんだ、とつい口走りそうになるのを堪える。
「逃げる理由がわかんねぇな。あ、もしかして雨宮に飽きたとか?」
「そんなんじゃない!」
須賀は片眉を上げて「じゃあなんだよ」と追求してくる。
もう煙に巻いてしまおうか。でもうまい言い訳が浮かばない。かといって話さないと須賀はずっとここに残りそうな態度だ。
考えた末、僕は観念した。校舎の壁にもたれかかる。
「……あのさ。これは一つの例えとして聞いて欲しいんだけど」
「おう」
「たとえば、気になる女の子がいたとする」
口にした瞬間、恥ずかしさがこみ上げる。自分の感情を他人に伝えるのは苦手だ。
「後から、初恋の子とかなり似てることに気づいた。顔も性格も全然違うけど、僕への言葉とか対応がそっくりで……まるで、実らなかった初恋の代わりにしてる気分になった。そんな相手に対して、須賀ならどうする」
「つまり雨宮は、竹田の初恋相手そっくりってわけか」
須賀が勝手に事実確認をする。正しくは真昼の死のショックが影響して、他人の似ている部分に過敏に反応しているだけなのだが、さすがにそこまで説明する気にはならなかた。
「それ、問題点はどこよ?」
「普通に嫌だろ。昔好きだった人に似てるからこの人でもいいかって、妥協してるようでさ。そんなの相手も侮辱してる」
「竹田って割と繊細なんだな」
須賀は悪びれもせずそう言った。
「誰だって好みがあるだろ? 話しやすい奴とか好みの雰囲気とかさ。そういう傾向があるってだけの話じゃねぇの」
「そう割り切れる問題じゃないんだよ、僕の場合は……演奏まで似てるし」
「演奏?」
「なんでもない」僕は首を振る。
雨宮は真昼の演奏、というより真昼そのものを尊敬していた。ピアノ演奏にも影響を受けていておかしくはない。雨宮が真昼を尊敬しているのも、元々お互いの感性が似ていることから来るシンパシーのせいだったかもしれない。そう考えれば、僕が雨宮に真昼の面影を重ねてしまうのだって、元々二人が似ているんだと理屈付けられる。
ということを須賀に話すとまたややこしくなりそうなので、黙っておいた。
「ふーん。まぁ俺の場合なら、気にはしないな」
「なんで」
「好きになっちまったんならしょうがないだろ。俺達はそこまで理屈で生きてるわけじゃない。最初から代わりにしようと近づいたんならともかく、自然に惚れたならいいんじゃね。似てる部分もそうじゃない部分もひっくるめてそいつを好きになったんだよ、お前は」
ポカンとしてしまった。そういう捉え方は新鮮だった。ほんの少しだけだが、感心する。
「まぁあれだ。悩みは誰かに話せばスッキリする。俺でよければまた聞くぜ」
「……おかしなこと言うんだな。須賀には得もなさそうなのに」
「そうでもない。こうやって好感度を上げとけば、華のこともチクリにくくなるだろうしよ」
なるほど、そこは幼馴染を守るためというわけか。マメなことだ。
「でも本人に言ったら意味ないだろ」
「いいよそれで。お前の話聞きたいだけだからよ」
再び呆気にとられると、須賀は歯を見せて笑った。
「前に俺のアドレス渡したよな? なんかあったら連絡くれよ」
そう言い残して須賀は去って行った。
「……変なやつ」
僕を気遣って接近してくる人の中に、あんな距離感の人間はいなかった。
でも、須賀の接し方は、嫌いではない。




