2042年12月 雨宮の誘い
文化祭が終わってしばらく、平穏な時間が過ぎた。花崎がクラスの中心人物なことは変わらなかったが、前ほどの勢いはなくなり、雨宮へのいじめも鳴りを潜めた。雨宮もクラスの女子から話しかけられるようになり、うまく馴染み始めているようだった。
色々なことがうまく回り始めている――僕以外は。
雨宮は前以上に僕に話しかけるようになった。教室でもお構いなしに接してくるし、昼休みの時間だって教室で食べればいいのに被服室へ行くのを止めようとしない。
話す機会が増えれば増えるほど真昼と似た部分に気づいて、胸が締め付けられた。
佐久間先生の言う通り真昼の面影を重ねてしまうことも否定しないようにしていたが、やっぱり苦しいものは苦しくて、彼女が近づく度に僕の胸中には陰鬱なものが積み上がっていった。
そんな日々が続いて、十二月に入る頃。雨宮から突然切り出された。
「竹田君。今度の日曜日、空いてる?」
僕は立ち止まり、話しかけてきた雨宮の方を振り返る。
「……なんで」
「あの、良かったら二人でどこか遊びに行ければなって」
控えめに言った雨宮は、すぐにハッとして手をブンブンと振る。
「あ、ち、違うの! これは慰労会のつもりと言いますか、文化祭でお世話になったからきちんとお礼がしたくて……」
語尾がしぼんで消えていく。頬を赤く染めた雨宮はうつむき気味で僕を見つめている。
その瞳は不安と、微かな期待で揺れ動いている。
「慰労会」なんとなく呟いてみる。「そう慰労会」雨宮が口早に復唱する。
「どう、かな。おごったりとかできると、思うし」
縮こまりながらもはっきりと提案してくる雨宮は、僕に対して決して態度を曲げようとしない真昼のようだった。
胃がキリキリと痛む。似ていることも心を揺さぶるが、何より。
踏み込まれた。どこか湿り気のある感情と共に、僕の方へと。
微かな嬉しさを感じる自分に嫌気が差す。
思わず鼻頭に皺を寄せたとき、雨宮の肩越しに渡り廊下の出入り口が見えた。手芸部の部長や部員がこそこそと隠れてこちらの様子を伺っている。
――……なるほど。部長たちの入れ知恵か。
とはいえ、キッカケがなければ行動には繋がらない。ことの発端がどちらかは知らないが、雨宮が決断したから話を持ちかけているのは間違いない。
僕は、どうすればいいのだろう。
雨宮はスカートの前で指を組み、人差し指同士をこすり合わせている。答えを待っている。
はっきりと言われた以上、はぐらかすことはできない。断るのは気が引ける。でも承諾したあとのことを考えると、胸がざわつく。
いっそ日曜は予定があると嘘をついてしまおうか。そんな逃亡に身を任せようとしたとき、不意に佐久間先生の話が脳裏を過ぎった。
『その雨宮という子を避ければ避けるほど悪化すると思ってほしい』
佐久間先生の話が正しいなら、逃げていてはいけない。一緒にいても罪悪感を感じる必要はないんだ。
雨宮にも、真昼にも。
授業開始のチャイムが鳴る。雨宮はバツの悪い顔をした。
「ごめんなさい。急に言われても困る、よね。この話はなかったことに――」
「わかった」
「え?」
僕の返事に、雨宮が両眉を上げる。
「次の日曜日。慰労会、しようか」
誘いが成功したことを理解できなかったのか、雨宮はしばしポカンとしていた。
渡り廊下の入り口では、部長たちがガッツポーズをしているのが見えた。
***
慰労会の日はすぐにやってきた。
駅の広場で腕時計を確認すると、ちょうど十時を回っていた。約束の時間だ。
「おまたせ、しました」
時刻ぴったりに声がかけられる。振り向いて、僕は瞬きを忘れた。
長い黒髪を結い上げた雨宮は、ロングスカートにブーツ、タートルネックのインナーの上にニットカーディガンを羽織っている。背中には小さなリュックを背負っていた。
いつもの制服とは違うお洒落な格好に加えて、薄っすら施した化粧の影響もあってまるで印象が違う。物静かそうなイメージに大人の雰囲気が混ざって、綺麗という言葉がよく似合う。
僕が袖口で口元を覆って視線をそらすと、雨宮が萎縮したように肩を縮める。
「あの、変、だった? この格好」
「……いや、大丈夫」
なにが大丈夫なんだ。動揺しすぎだぞ僕。
落ち着くために黙っていたが、雨宮の眉尻を下げた顔つきは不満げというか、しょぼくれているかのようだ。やっぱり、今の言葉じゃ失礼だっただろうか。
僕は心中で唸り、彼女から目をそらしつつ咳払いする。
「に、似合ってると、思います」
「ほんとっ?」
ぱぁっと花が咲くように、雨宮が満面の笑みを浮かべた。
瞬間、幼馴染の笑顔が過ぎる。
「竹田くん? どうしたの」
「……なんでもない」
若干不審げにしたものの、雨宮は追求せずに「じゃあ行こうか」と歩き出す。
雨宮の後ろをついていくと、彼女はくるりと振り返り、また不満げに眉を寄せた。
「なんで後ろにいるの?」
「えっ。いや、行き先知らないし?」
「そうだとしても、隣でいいでしょ。これじゃあなたを引き連れて歩いてるみたいじゃない」
肩で風を切る雨宮と、その後ろで腰を低くして従う自分を想像してしまった。
「雨宮の子分になれて恐悦至極です」
そんな風に冗談めかしてみると、雨宮はジト目で僕を睨めつける。
「竹田君てたまにそういう感じになるよね。似合わないと思うけど」
「何だよそれ。じゃあどんな態度ならいいんだ?」
「打開策を提案したときみたいなビシッとして頼りがいがありそうで誠実な感じ」
「あれは怒りで我を忘れてただけで……いつもの僕を見ればそんなことないってわかるだろ」
「そんなことないよ。普段のあなただってちゃんとかっこ――」
言いかけて雨宮が止まる。「も、もう別にいいよ」と言って先に歩いて行ってしまった。
僕は肩を竦め、後を追う。




