2042年11月 真昼の面影
「じゃあいつものように、ここ最近の出来事を教えてくれないかな」
診察室で向かい合う佐久間先生が穏やかに聞く。
僕は短く息を吐いてから、自分の近況を語った。学校、家族、他にも近況を思いつく限り乱雑に打ち明けていく。恥ずかしいけどこれも治療だ。
心療内科や精神科ではカウンセリングを基本診療とする。患者の悩みやストレスの原因を聞いたカウンセラーは、患者と一緒に問題解決に取り組んでいく。なぜその悩みを抱えているのか探ることで、精神を安定させていく。
僕の病、VR恐怖症も方針は同じだ。VRを苦手とする意識がどの部分に関わっているかカウンセリングで探っていく。VR体験を短時間試して恐怖感を減らす方法――曝露療法も続けているが、こちらは精神負担が大きいので頻繁にはやらない。
「MR喫茶店か。面白そうだね。VR関係とはいえ君も文化祭を楽しめたようで何よりだよ」
「はぁ、まぁ、そうですね……」
曖昧に答える。佐久間先生は僕がクラスに溶け込めたのだと純粋に捉えているようだが、大成功に至る紆余曲折を知らないのだから仕方がない。治療のためとはいえ、さすがに雨宮のいじめのことは伏せておきたかった。
「今のクラスは一年生のときより馴染んでるのかな?」
「そこは別に変わりない、ですね。普段通りです」
「文化祭の後に話しかけてくる子は?」
「あー。須賀って奴がときたま。でも適当にあしらってます」
「どうして?」
「だって話題が合わないし。だいたいVRの流行とかでしょうから。僕はついていけません」
「本当にそうなのかな」
佐久間先生が微笑み、ことさらに優しい声音で言う。
「君が思うほどVR一辺倒じゃないかもしれない。その須賀という子は、君がVRを使えないと知りながらも話しかけているんだよね? それは君自身に興味があるからだと思わないかい」
「……どうでしょうかね」
正直どうだっていい。クラスの連中とうまくやりたいと思っていないし、放置してくれて構わない。僕からも干渉はしない。
そうだ。僕はそう考えて、誰とも関わらずに生きていたはずなんだ。
なのになぜ、雨宮だけは気にかけてしまうのだろう。
湧いてきた仮説に、不快感を覚える。
「その顔は悩みを抱えていそうな顔だね」
ニコニコとした佐久間先生が指摘してくる。
「……いえ、別に」
「遠慮しないで。僕は君の担当医だからね。どんなことだって好きなだけ話してごらん」
どうやら佐久間先生の針に引っかかってしまったようだ。先生はさすが精神科医だけあって、悩みの兆候に敏感だったりする。はぐらかしても無駄で、次や、また更に次の診察で巧みに聞き出してくる。自分が気づかないうちに喋っていたとわかったときはびっくりしたものだ。
「別に、大したことじゃないんですけど」
「構わないよ。話して楽になることだってあると思うしね?」
先生の言う通りとは限らないが、誰にも相談できないと考えていた分、誘惑された。
親や妹には喋れない。その点、先生ならもし色々察しても黙っていてくれるだろう。
「ええと……割と仲の良い異性と、ショックを与えず疎遠になる方法ってありますか」
「――んん?」
先生はニコニコ顔のまま首を傾げていた。
「君って実は彼女いたの?」
「違います」
ため息を吐く。やっぱり詳しく説明しないと話にならないようだ。
仕方なく雨宮の存在を説明する。どこかで真昼と似ている部分を感じてしまうこと、それが嫌だから離れたいこと、でも彼女は傷つけたくないことをつらつらと語る。
佐久間先生は僕の突拍子のない話題も真剣に聞いてくれた。顎に手を添えて考え込んだあと「なるほど」と頷く。
「故人を連想してしまって辛くなる、か。うん。わかるよ、君の気持ちは。耐え難いことであることも。でも、だからこそアドバイスしよう。その心の動きを否定してはいけない」
「受け入れろ、と?」
「そうだね。他者の死別を経験した人に訪れる精神プロセスをグリーフワークと呼ぶ。君の反応は悲嘆により起こる心理症状の一つだろう」
「それは……いつかは治りますか?」
「もちろん。だから疎遠になんてならなくていいんだよ?」
佐久間先生はそう諭す。だけど治るのを悠長に待っていられるほど、心のゆとりもなかった。
「もし、勝手な連想を止めたいのなら、やはり雨宮さんを避けてはいけない」
僕の暗い感情に反して、佐久間先生は軽やかに告げた。
「面影を重ねてしまう心の動きを良くないことだと決めつけず、正常なものとして受け入れることが心にとって一番いいことなんだ。その雨宮という子を避ければ避けるほど悪化すると思ってほしい。ようは自分の心の変化を、そういうものだと受け止め、少しずつ慣らしていくべきなんだよ。そうして君は、真昼さんの死を受け止めていくんだ」
ズキリと胸の奥が痛んだ。
受け止める――その言葉がやけに、嫌な響きに聞こえた。
「他人に故人の面影を重ねてしまったとしても、罪悪感を抱く必要はない。それを、雨宮という子と接する中で徐々に掴んでいってほしいな」
口元に笑みを維持する佐久間先生の眼光は鋭かった。それは僕の反応を伺い、治療へと繋げようとしているときのプロの視線だ。これはもしかすると雑談の範疇ではなく、治療の一貫なのかもしれない。
なにが僕の病に関係しているのか、僕自身はわからない。
でも、先生の解説に、一定の納得感はあった。
「そうですね……そうなれるなら、一番いいかもしれません」
先生は鷹揚に頷き、この話は終わった。次の予約を取ってから僕は病院を後にする。
だけど微かな違和感が、コールタールのように心にこびりついて離れなかった。




