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2042年11月 雨宮の活躍

 僕が通っている桃井第三高校の文化祭は土曜と日曜の二日間開催される。今日はその一日目で、生徒達は朝早くから学校に集まって出し物の支度や準備を進めていた。

 校内も中庭も駐車場も装飾やら看板が設置され、普段とは違う光景が広がっている。生徒達のテンションは妙に高くて、文化祭の開始を今か今かと待ちわびている。

 一年生のときは、騒ぐ連中を冷めた気持ちで眺めるだけだった。クラスで浮いていたこともあって出し物にも協力しなかったし、ほとんど何をしていたか記憶がない。

 まさか自分が仮装して文化祭に参加するなんて、その頃は想像もしていなかった。


「ね、ねぇ。本当にこの格好でいくの?」


 廊下の角に隠れた僕は声に応じて振り返る。隣にいる雨宮はいつもの制服ではなく、黒を基調としたメイド服を着ていた。しかもフリルにリボンにラメにアップリケと極限までデコレーションされた可愛らしさ全開のメイド服だ。

 当然のごとくスカート丈は短いし、胸元の谷間も強調されたデザインになっている。

 雨宮はスカートの端を握りしめ、もう片方の腕で胸を隠しているが、視覚的にはあまり効果はない。

 眉尻を下げて耳まで真っ赤にした彼女は、いつになく落ち着かない様子だった。


「行くに決まってるだろ。計画なんだからさ」


 喋っていると喉元が苦しくて僕は襟元を緩める。タキシードなんて着るもんじゃない。オールバックにセットした髪も臭いし、鏡で自分を見て幻滅したしで、なにも良いことはない。

 でもここは我慢だ。提案した僕が頑張らないと。


「竹田くんは恥ずかしくないの」

「そりゃ恥ずいけど、そのうち慣れるって」

「慣れる、かしら?」

「慣れる慣れる。それに――」

「それに?」


 言おうとして、口を閉ざす。よく似合っているから大丈夫、なんて褒めるのは恥ずかしい。

「とにかく行こう」誤魔化しつつ廊下へと出る。雨宮は慌てたように僕についてきた。

 廊下に出た途端、生徒達の視線が一斉に集った。

 誰もが雑談を止めて僕らを凝視する。突き刺さる好奇の視線に首筋がぞわぞわする。僕らのことをネタにして笑う連中の姿が瞼の裏に浮かぶ。

 ええいままよ。なけなしの勇気で自分のクラスの前まで突き進んだ。ドアを開ける。

 カーテンで閉め切られた教室の中は即席の飲食席が作られていた。教壇前にはパーテーションが設置されて、その奥がコーヒーや紅茶を作るスペースになっている。

 そのパーテーションの前にクラスメイト達が集まっていたわけだが、僕らの姿を見た全員が一様に唖然とした。

 僕は教室に踏み入る。雨宮はその後に続いた。彼女は恥ずかしげにうつむき、僕のジャケットの裾を遠慮がちに摘まんでいる。


「は? なにそれ?」


 嘲るような声。中心に陣取っていた花崎は、半笑いを浮かべていた。


「あんたたち物忘れヤバくない? 要らないって言ったよね?」

「確かに聞いたよ。でも別にいいだろ。せっかく作ったんだしさ」


 僕は雨宮の腕を引っ張って前に立たせる。頬を赤らめうつむく雨宮を花崎が無遠慮に睨む。

 そのとき集団の中から「可愛い……」という呟きが漏れ聞こえた。僕だけでなく花崎にも聞こえたであろうことは、彼女の不愉快げな口元が物語っている。


「出来は微妙かもしれないけどさ、僕らも頑張ったんだ。別に使ったっていいだろ」

「駄目に決まってるんですけど? お客さんはMRメイド喫茶を体験するんだよ。完璧なデジタル映像の中にこんなショボいのが混ざってたら浮くでしょうが!」

「僕はここに居るとは言ってないぞ」


「え?」花崎が虚を突かれたように呟いた。静観しているクラスメイトもポカンとする。花崎と仲の良い須賀という男子だけが「そういうことね」と納得したように呟いていた。


「僕と雨宮はこれから客引きに行ってくる。校内を回って、外から来たお客さんにうちのクラスを宣伝してくるから」

「その格好で?」

「この格好だから意味があるんじゃないか。口で説明するより一発で分かってもらえる。MRはこの場所でしかメイド姿になれないわけだし」


 花崎は押し黙った。反論を探して必死に考え込んでいるが、排除する理由は見つけられない。僕だって勝率が高いと踏んだからこの勝負に出た。簡単に撥ね除けられてたまるものか。

 緊迫感を含む沈黙に包まれていると、須賀が呑気そうな声で告げた。「いいんじゃね?」


「別に俺らの損にはならねーし。どうせ客が少なかったら呼び込みしようって話だったしよ」

「聡太は黙ってて!」


 花崎にピシャリと言われた須賀は肩を竦める。

 すると、黙っていた雨宮が一歩前に出た。


「花崎、さん」


 花崎はビクリと肩を震わせる。ここから先は打ち合わせていない。僕も、雨宮がなにを言うのか気になった。


「あなたには迷惑をかけません。クラスのためになるよう動くから、許可してほしい」


 控えめだがよく透き通る声が教室内に響く。

 クラスメイトたちは花崎の動向を見守った。僕の思い違いかもしれないけれど、場の趨勢は雨宮に傾倒している気がした。

 教室のスピーカーから『これより文化祭を開催いたします』という音声が届く。


「あ、じ、準備! 間に合わなくなるって!」


 花崎は慌てたように手を叩き皆を促す。返答があるものと思っていたクラスメイトたちは、納得してないような顔ながら個々に動き始めた。

 僕と雨宮だけがぽつんと立っている。このままうやむやにするつもりか。そうはさせない。

「あの」しかし僕より先に雨宮が声を発した。指示を飛ばしていた花崎が舌打ちする。


「勝手にすれば!?」


 吐き捨てた花崎は逃げるように去って行った。

 僕は雨宮と顔を見合わせる。彼女は笑みを浮かべていた。


「二年C組でMRメイド執事喫茶やってまーす。お立ち寄りくださーい」

「お、お立ち寄りくださーい」


 廊下で呼びかけをする僕のすぐ後ろで、雨宮が遠慮がちな声を上げる。ほとんど僕の影に隠れているようなものだ。お客さん達が反応して振り向いているだけに勿体ない。

 立ち止まって後ろを向くと、雨宮が子ウサギみたく萎縮した。


「雨宮、それじゃ目立たないよ」

「目立つのはちょっと……」

「目立つためにやってんの。頑張らないと花崎を見返すこともできないぞ」


 僕が考えた宣伝作戦は、メイド服を使って花崎に一泡吹かせるための方法だ。それもクラスに貢献する方向で。いくら僕たちがスカッとしようと、出し物が失敗に終われば皆の反感を買ってしまう。それでは雨宮の立場は変わらない。

 花崎を見返して、なおかつ僕らが感謝されるやり方はこの呼び込みしかない。


「成功するかどうかは雨宮にかかってる。美人が可愛い服着て呼びかければ誰だって興味持つから。笑ってるとなお良い」

「びじっ……!」


 雨宮が硬直して頬を赤くした。そんな反応をされるとこっちまで照れくさい。

「とにかく!」僕は彼女の後ろに回り込み、その背中を押した。


「呼び込み!」

「わ、わかったから!」


 促されて叫んだ雨宮は、大きく息を吸い込む。


「二年C組でMRメイド執事喫茶やってまーす! ぜひおこひくだひゃい!」


 あ、噛んだ。背後からでもわかるほど雨宮の耳と首が赤くなっている。しかし雨宮はめげずにすうっと肺を膨らませる。

 そのときだった。ちょうど別クラスから出てきた女子集団が雨宮を目撃した。

 他校の制服を着た彼女達は目を点にしたあと「可愛い!」と黄色い声を上げて雨宮に近寄る。


「なになに? メイドさん? この服でお茶出してくれるの?」

「い、いえ。催しはMR形式なので、お店の子はデジタル服なのですが」


 それを聞いた彼女達は少し残念そうにする。慣れているVRやMRより実際に服を着た女子に接待されたいようだ。こういう需要もあるということか。

 すると雨宮は間髪いれず「どの女子も可愛いし男子もたぶん格好いいです!」と力説する。あまりに必死なものだから、女子達はぷっと吹き出すと「行ってみようか」と示し合わせて、二年C組へと向かっていった。

 肩で息をしていた雨宮は振り返り、僕に親指を掲げる。ぷるぷる震えた姿に思わず笑いながら、僕も親指を掲げておいた。

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