一、はじまりの物語。
僕はまだ本気出してないだけ。
そんな言い訳はもはや通用しないだろう。
僕の名前は中野光太郎。
…勉学はまあまあ。
…運動はそこそこ。
顔は…中の下、いや、下の上と言った位だろうか。
とにかく、どこにでもいる普通の高校生だと思っていた。
だから、そんな僕が異世界召喚されるなどと思ってもいなかった。
街のゲーム屋で何か面白そうなゲームは無いかと物色していたそんな時。
目の前にそのゲームやアニメで見たようなお城に王様や兵士が突然現れるまでは。
「ええと…ナカノ…コウタロウ殿?」
王様が僕に話しかけた。
「はい」
だが、返答したのは僕だけでは無かった。
僕の後ろにもう一人、同い年くらいの男が立っていたのだ。
だが、その男の姿は僕とはまるで違う、勉強も、スポーツもバリバリできそうで、しかも超イケメンだった。
…正直、この時点で嫌な予感はしていた。
…王様は僕たちに話し始めた。
この世界は魔王の支配に脅かされており、その魔王を倒す勇者は異世界から召喚された者である事。
そしてその勇者は異世界である地球という星の日本という国の〇〇県〇〇市にいるという事。
そして今日、召喚が成功…したはずだったのだが。
僕たち「ナカノコウタロウ」は王様と話をした。
そしてわかった事は、僕は「中野光太郎」。
イケメンの彼は「中野幸太朗」。
彼は〇〇県〇〇市に住んでいるが、僕はその日たまたま〇〇市に居ただけで、実際の住所は隣の街だった…それだけで、賢明な読者様は僕の立場がお判り頂けただろう。
僕は勇者様と同姓同名のよくある間違えられて召喚された凡人なのだ。
だが、僕には一縷の望みがあった。
実は僕こそがチート能力を授かった無双なのかもしれない、と。
だがその想いは無惨にも砕かれてしまうのだが。
一人の兵士が何やら不思議そうな石を持ってきた。
聞くと、この石に手を触れるとその者のレベルが量れるという魔道具なのだという。
きた…‼︎
中野幸太朗君が手を置いた。
石が光り、数字が現れた。
"5“
「おおっ」という声が上がった。
大抵のレベルは1から始まるらしい。
今度は僕の番だ。
これでいきなりレベル99とか出して実は僕こそが勇者なのではないか?
そんな期待を胸に石に手を置いた。
"00”
ゼ…ゼロ⁉︎
もう一度手を置いた。
だが、やはり変わらず石はゼロを指し示していた。
周りから笑いがもれた。
僕の顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。
勇者中野幸太朗様がVIPルームに通されるのを横目に見ながら、僕は王様と話をした。
元の世界に戻してもらえないか、と。
「そうしてやりたいのは山々なのじゃが、実は異世界召喚にはとんでもない時間と魔力がかかるのだ。今回も君らを召喚するのに2ヶ月ほどかかった」
役に立たない僕一人を帰す為にわざわざ手間と魔力をかけさせるのは忍びない。
「では、彼が魔王を倒すまでは無理だと?」
「そう思ってくれるとありがたい」
「では、勝手な事を言ってるかもしれませんが、彼が魔王を倒すまでこの城で待つ訳にもいかないので旅に出ようと思うのです。どうか、厄介払いだと思って二、三日くらいは生き延びられそうな資金を頂けませんか?」
本当に厄介払いだったのだろう。
王様から三万エーソ頂いた。
エーソはこの世界のお金の単位で、日本円に換算すると三万円くらい。
金貨が千円くらい、銀貨が五百円、銅貨が百円と言った所らしい。
あまり多額のお金を貰っても取られたり、狙われたりするかもしれない。
なので、安い旅用の服や武器が買えるくらい、そして隣の街まで出かけられるくらいの丁度良い資金だと思った。
兎にも角にも、早くこの城から出たかったのだ。
なにせ召喚者がレベルゼロだったなんて恥ずかしくて言えやしない。
もしかしたらもう噂が広まっているかもしれない。
さすがにそんな辱めは受けたく無い。
王様に感謝の言葉をのべて、王の間を後にし、最後に勇者中野幸太朗君に会わせて貰った。
「中野君!」
勇者中野幸太朗君は僕の事を気にかけてくれたようだ。
「悪いね。君の門出にケチをつけたみたいで」
「何を言うんだ。仲間がいれば心強いよ」
「…その事なんだけどさ」
僕は勇者中野幸太朗君に自分はこの城を出る事にしたと告げた。
「そうか…君が決めた事なら仕方ないな」
「そんな訳だから、魔王を早い事やっつけてくれよ…って、レベルゼロがいうセリフじゃないか」
「…わかった。必ず魔王を倒してみせる。だから君もその時まで無事に帰ってきてくれよ」
「期待してるぜ、勇者様!」
僕は部屋を後にし、城の扉を開けた。
青い空、白い雲。賑わう城下町。行き交う人々。遥か向こうに見える山々、草原。
僕の大冒険が始まるのだ!
レベルゼロなのでモンスターにあっけなくやられなければ。
一方その頃、お城の中では。
「どうだった、勇者タナカコウタロウは」
異世界召喚を果たした大賢者、モウロが王様と話していた。
魔力を使い果たし、床に伏せてはいたものの、気ははっきりとしていた。
「多少問題はありましたが成功しましたよ」
「問題?」
王様は大賢者モウロにこれまでの経緯を話した。
「レベルゼロだと?そんな筈はない。あの石はレベル1から99までしか測れないのじゃぞ?」
「…しかし石にははっきり“00"と」
「00⁉︎まさか…おい、その者は今どこにいる⁉︎」
「旅に出たいと申すのでもう城を出たのではないかと思いますが…」
「連れ戻せ!その者をここに連れて来い!」
「どうされたのです、大賢者。奴はレベルゼロですよ?何の役にも立たないではありませんか」
「わからんか?その者はレベルゼロなんかでは無いかもしれん!」
「どういう事ですか?」
「もしその者がレベルゼロならば"0"と表示されるはずじゃ。なのに"00"と表示された…つまりその者のレベルは」
「まさか…100だと仰るのですか?レベルは99までしか測れ無いじゃありませんか!」
「それは死ぬまでにレベルが99まで達する者がいないからじゃ。わしのレベルだってこの歳でも75くらいなのだからの」
「では…彼こそが本当の勇者…?」
「それはわからん。だからこそ会ってみたいのだ」
「おい!誰か!先程のレベルゼロの勇者を呼び戻せ!」
そんなやり取りがあった事などつゆ知らず、僕はすでにこの城を旅立っていた。
僕のレベルがゼロなのか、100なのか、200なのか1000なのか…わからないまま。