恋の仲介猫
昔書いて放置してた物語。
目立つところだけ直しています。
データの肥やしにしてるのもったいないから晒す事にしました。
「いたいた、山中さん。今日もあんまん食べながら休憩してる」
桜も散り際の春。
放課後の公園で、学生服の少年が、肩に鈴付きの青い首輪を巻いた黒猫を乗せて遠くを眺めている。
少年は男子の中ではクラス一……否、学年一身長が低い高校二年生だった。
おかげで女子にさえ見下ろされる事が日常茶飯事だ。
そんな背の低い少年が眺めていたのは、ベンチに座っているセーラー服の少女、山中雪歌だ。
雪歌は高校のカバンと夕飯の材料が入っているエコバッグをベンチに置き、買い物帰りのあんまんを食べながらひと息吐いている。
ここで俺がベンチで座ってあんまんを食べてる山中さんを見るのは四度目だ。
少年が最初に公園のベンチで雪歌を見掛けたのは偶然だった。
二度目の時もたまたまだったが、少年はもしかしたらと思い、翌日行動に出る。
そして、三度目に見付けた時に少年は確信した。
雪歌がほぼ同じ時間、買い物帰りに公園でベンチであんまんを食べて一休みする日課がある事を。
「毎回の事だけど、幸せそうにあんまん食べてるなぁ」
少年が雪歌を微笑ましく眺めていると、肩に乗っていた黒猫がニャーっと一鳴きしてから地面へと降り立ち、そのまま2~3歩前へ歩いた所で黒猫は少女の姿へと変貌した。
黒いブーツに黒のフワリとしたロングスカート、首には鈴付きの青い首輪で装飾されている。猫目で、おかっぱの短い黒髪に黒色の猫耳が生えた八歳ぐらいの幼女へと。
「あの娘か? 冷治の意中の相手は?」
黒猫の幼女は雪歌を眺めながら少年、栗原冷治に訊く。
「あぁ、そうだよ。クロワール」
冷治は黒猫の幼女クロワールの変貌に驚く事無く肯定し、続ける。
「家でも話した通り、俺は山中さんと話すきっかけを作りたい。想定通りにやってくれるか? クロワール」
「任せておけ。その為に私は冷治に付いてきたのだ」
クロワールは振り向いて笑顔を見せると、再び黒猫へと姿を変えて雪歌へと近付いていった。
任せておけ、か……
冷治はクロワールの後ろ姿を見守りながら出会った時の事を回想する。
クロワールと出会って早一週間。
学校から家に帰ってる時、お腹が減ってそうに近付いてきた黒猫へにぼしを買ってやったのがきっかけだったな。
まさか嬉しさのあまりに人の姿に化けてお礼を言ってくるとは思わなかったさ。
……いや、もっとくれって要求してきたんだったかな?
まあともかく、にぼしをあげた日から一緒に過ごすようになったんだよな。
冷治が馴れ初めに浸りながら眺めていると、いつの間にかクロワールが雪歌の膝で丸くなっていた。
「おっ! ……っと、やるなぁクロワール。さて、行くかな」
冷治が感嘆しながら頃合いを見測ると、雪歌の元へと歩いて行く。
「クロワール……クロワール……」
冷治は何かを探してるように名前を呼びながら、雪歌へと近付いていく。
冷治の様子に気付いた雪歌が、キョトンと顔を向けた。
「あっ! いたいた。クロワール……って、山中さん?」
冷治が膝の上で丸まっているクロワールを見付けてから、雪歌の名前を呼んだ。
「え? えっと……」
雪歌が言葉に困ったように反応をした。
「……? あぁ! 栗原だよ。今年から同じクラスになった」
「あっ! ゴメンゴメン。まだクラスの人の顔と名前憶えてなくて……ソレでこの子、栗原くんの猫?」
雪歌はごまかすように笑って謝ってから、膝上のクロワールを撫でた。
「あぁ。クロワールって言うんだ」
「そう……きみ、クロワールって言うんだ。人懐っこい子だね……ねぇクロちゃんって呼んで良い?」
雪歌が冷治に尋ねると、クロワールからニャーと返事が返ってきた。
「ははっ、良いってさ。ところでさ、山中さんはこんなトコで何やってたんだ?」
「今? 夕飯の買い出し……の、途中のおやつタイムかな。あははっ」
雪歌は右手を後頭部にまわし、恥ずかしそうに顔を赤く染めてはにかんだ。
「別に良いんじゃねぇの? おやつタイムぐらい」
こうゆう仕草がかわいいんだよなぁ……
冷治が雪歌の照れ笑いを堪能しながらフォローした。
「だよねっ! まっ、でも……そろそろ家に帰らないとね」
雪歌はそう言うと、残っていた一口分のあんまんを口に放り込んだ。
「だとさ、クロワール。どいてあげて」
クロワールは冷治の言葉を聞き入れると、ニャーと一鳴きしてから地面へ降り立った。
「あははっ。クロちゃんは良い子だね」
雪歌が立ち上がると、冷治と同じ視線になる。
「ありがと、栗原くん。ソレで、えっと……もしまた合えたらクロちゃん触らせてもらっても良いかな?」
雪歌は視線を泳がせながら遠慮がちに要求した。
「別に構わないけど……山中さんって猫好きなの?」
「うん、大好き! ……けど良かったぁ。正直、厚かましいと思って気が引けてたんだ。ソレじゃ、またね。栗原くん。クロちゃん」
雪歌は表情をコロコロ変えながら一頻り喜んだ後、元気良く手を振って帰って行った。
「あぁ、またな」
冷治もその場で微笑みながらユックリと手を振った。
「……っで、今ので良かったのか?冷治」
雪歌が公園を去って少ししてから、クロワールが幼女の姿に変貌して訊く。
「あぁ。ありがとう。クロワール」
冷治は礼を言うと、クロワールの頭を撫でた。
「礼を言われる程ではないが、ホントにアレで良かったのか? 少ししか話せてないではないか」
クロワールは、先程の二人のやり取りに不満を感じて尋ねた。
「充分だよ。俺たちは今、初めて出逢えたんだから」
「出逢えた? 同じクラスではなかったか?」
クロワールが冷治のニュアンスに違和感を感じる。
「クラス替えをして一週間しか経ってないからな。学校では、まだ擦れ違っていただけだ」
今日……さっき、初めて面と向かって話せたんだ。
冷治にとってソレは、大きな大きな一歩目であった。
「ふ~ん……てっきり、私をダシに告白するのかと思ったぞ」
「ははっ、まだしないよ。今告白しても振られるだけだし。こうゆうのは順序が大事なんだ」
冷治は乾いた笑いを溢すと、諭すように説明した。
「まあ、でも……夏休みまでには彼女にしたいな」
「人間というのは手間だな。猫のようにヤりたい時に襲うで良いではないか」
「身も蓋もないな!? クロワール」
コレが生後十一ヶ月の猫(♀)の発言なのか!?
クロワールの突拍子ない発言に冷治は仰天した。
「まあ……ソレはともかく、三ヶ月といったトコか? あの娘をおとす期間は」
「ん? あぁ。遅くても……ね」
「そうか、長期戦になるな」
「……辛かったら協力しなくても構わないんだぞ」
猫にとっての三ヶ月か……ずっと付き合わせるのも気が引けるな。
冷治がクロワールに気遣って声を掛ける。
「バカを言うな冷治。私無しでどう恋を発展させるつもりだ?」
クロワールがどこか呆れながら問う。
「ソレは……そう。何かの話題をきっかけに……」
「アホ。きっかけがあっても喋るのに抵抗があるクセに……素直に私に頼っていろ。膝の上で丸まってれば覚悟を決めるだけの時間稼ぎは出来る」
クロワールはジト目になりながら、公園の出口へと数歩進んだ。
「ヘタレで悪かったなクロワール」
冷治が半目で吐き捨てた。
「誰もソコまで追い詰めてはいない。ソレより……そろそろ帰らないか? 冷治」
クロワールは提案すると、冷治の方へ振り返った。
「だな。いつまでも公園に居ても仕方ねぇし……」
冷治は公園の出口へと歩き出した。
「帰るか。クロワール」
そしてクロワールの頭にポンと手を乗せた。
「あぁ……んっ」
クロワールは返事をすると、手を差し出す。
冷治がクロワールの手を繋ぐと、歩幅を合わせて並んで帰る。
こうゆうトコは年相応の女の子だよな。出会った時は訳が分からなかったけど……
そういやクロワールって自己紹介する時こう言ったっけ?
私は魔女の使い魔だ……って。
アレ、どういう意味だったんだろ?
冷治はクロワールと並んで帰りながら、ふと出逢いを思い出したのだった。