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プロローグ -おはよう- 月霞 茜兎

初めて世界を綺麗だと思った。

草花に囲まれて、花を摘んだ。

花は多分、ニゲラだった。

僕の記憶に、深く、酷く、

こびり付いていた。


人間は、嫌いだった。

単純で、浅はかで。

異様なほど人間は種類分け出来た。

感情は、豊かだと思った。

沢山あって、分からなかった。

Aタイプが居ればBタイプも居るし、

その他沢山。

厄介なのが、

ABタイプとか、ABCタイプとか。

小さな、本当に小さな感情が、

微細な、些細な性格が、

人間を形作る基となる。

似てるのに同じじゃなくて、

全然正反対のクセに共通点もあって。

そんな人間が、嫌いだった。

辞めてしまいたかった。

叶うならば、来世では、

違うモノに生りたかった。

なんなら、来世なんか、

考えたくなかった。


----------------------------------------------------------


大切な人が居なくなってもう4,5年。

彼女と一緒に世界の色や、

僕の心の色も消えた。

喜怒哀楽は勿論の事、その他感情も。

唯1つ心に残ったのは、

透明で、重くて、

2度と抜け出せないような、

檻だった。


白黒の世界で淡々と、

味気のない日々を送っている人生に

嫌気が差してきた。

やっと慣れてきたと思ったのに。

公園で小説を読んで、

ネットニュースを観て、

鞦韆を漕いで、

ネットニュースを観て、

シーソーに腰掛けて、

小説の続きを読んで、

時間を潰して、

時計を見て、

やっと23時前。

人気の少ない路地裏、

学校からの登下校道。

夜の穢れをを背負ったコンクリート、

灰色の水溜まり。

昇る太陽に希望を探す雑草、

リサイクル行きペットボトル。


くだらない事を考えながら、

ふらふらと帰路を歩いていた。

人の気配がなかった後ろから、

何かが迫ってくる様な感じがした。

後ろには何もいなかったから、

疲れてるから、もしくは

シャワーを浴びている時に

後ろに人の気配を感じるやつか。

僕はそれがシャワー中に制限される

五感の奥底から、

鋭く物事の本質をつかむ

第六感が働くから、だと思う。

理屈では説明しがたいものだからこそ、

想像が膨らむ。

だけど、想像に解釈違いは付き物。

全く見当違い、どころか論外かも。

第六感がどんな風に作用するか知らないし。

今シャワー浴びてないけど。


十字路を右に曲がって、真っ直ぐ進んで、

突き当たりを左、そこから一直線。


気付けば家まで100mちょい。

いや、そんなにないかも。



月霞(つきがすみ) 茜兎(せんと)…さん、ですよね?


 こんばんは、久しぶり、だね。

 貴方の濁った世界を

 終わらせに来ました。』


振り返るが早いか、

聞き覚えの有る声で、

目の前の貴方はそういった。

足音は、しなかった。


生まれて2回目、天使を見た。

何処からともなく現れた貴方には

真っ白な翼と半透明の環が

無垢なまま、浮かんでいた。


「…名前は?」

『…星藍(せいらん)

 淡音(あわね) 星藍(せいらん)

 もしかして、忘れた…?』


忘れるはずがない。


彼女は僕の、


大切な、人、だったから。


「なんで、」


此処に居るの?

混乱して息が詰まる。

思うように話せない。

彼女の存在と小さな言葉だけで、

脳が、心が、惑乱する。


『あれ、もしかして嬉しくない?

 久しぶりに逢えて。』

「嬉しい、けど、

 君は、僕の目の前で、」

『はいはい、ストップ!

 そんな悲しい事語んないでよ。

 茜兎、今にも泣きそうじゃん。

 ほら、泣かないで。』


目頭が熱くて、

僕は泣きそうなんだとやっと理解した。


よしよし、と子供を宥めるような手つきで

頭が優しく撫でられる。

彼女の優しい微笑みが涙を煽る。


上を向いてまばたきをして、

涙が出ないように堪える。


鈴の音の様に高く、澄んだ声。

昔から変わらない、天性の迦陵頻伽な声。

淡く紅く色付いた唇の奥から

鳴る音が紡ぐ言葉には、

言語化が難しいけれど、神秘的で、

この世の物では無いような物だった。

迦陵頻伽、一度は使いたかった、

お気に入りの言葉。


『いやぁ、

 あの時はどうなるか分かんなかったし

 怖かったけど、

 こうやって戻ってこれたんだよ。

 また上のヒト達からしたら

 堕天使的な扱いだけどね。』

「堕天使…」

『そ!堕天使!

 この世界から抜け出したい、

 あの世界のあの人にもう一度逢いたい、

 なんて思うのは良くない事だし、

 それを実行したのなら、

 それは天使じゃないらしいよ。

 天使は無感情で、

 人間に対して情を持って接しないのが

 天使らしい生き方らしい?から。

 まあ容姿とか何も変わってないし、

 記憶とかもちゃんと有るから、

 昔と何も変わってない。

 まあ企てたの2回目だし、

 戻ったら確実に殺されるけど。』


そうか、僕のせいなのか。

星藍は、僕にもう一度会うために、


「っごめん!

 僕の、僕のせいで…!

 僕が、あの時、君を、

 君を…

 守れていれば…」

『んーん、茜兎のせいじゃないよ、大丈夫。

 ごめんね、あたしのせい。』


ああ、やっぱり優しい。


『そ、れ、よ、り!

 また今日から住まわせてくんない?

 ホテルとか路地裏でも良かったんだけど、

 あんまり見られちゃヤバいし…

 通報とか職質は…』

「あ…、

 住まわせてあげたいのは山々なんだけど、

 狭いし…お金無いし⋅⋅、

 僕の生活費だけでもキツいんだ…」


ごめんね、星藍。と、頭を下げた。

本当に、お金がなかった。

昔住んでた家も、お金が払えなくて退去。

今は家賃1万いかない位のボロアパートで、

貯金なんて30円位。

なんなら借金は400ちょいくらいだから。


怖かった。君にまで拒絶されてしまうのが

底無しに、怖かった。

きっと幻滅、したんだろうな。


『………⋅』


沈黙が痛い。

頭が、怖くて、上がらない。


『……ああ!そういうことね!

 おっけーおっけー、大丈夫!

 お金なら有るよ!』


ほら!と開いた大きめのボストンバックは

1万円の札束でいっぱいだった。


「…え、本物?何処からこんなに…?」

『逃げる時に、ね!

 両替はめんどかったから

 ちょ~っと弄ったけど。

 着替えとか他にも持ってきたし!

 大丈夫!』


さっきの鞄が掛かっている

トランクの様な大きいスーツケースを

自慢げに見せてくる星藍。

この十数分でこんなにも

気持ちが明るくなった。


「あ、そうなの…?

 でも、羽とか、頭のやつとかはどうするの?」

『これは~?

 隠せま~す!


 こ~やって…はい!』


人差し指を天に向けて、

星藍が頭上に大きな輪を描いた。

ぐるっと大きく一周。

フッと翼と輪が

白色の煙に囲まれた、と思いきや

星藍が掛け声と手をパッと広げた。

もうそこには何もなかった。


「消えた…!」

『ふふん!これが天使の力ってもんよ!

 ね、凄い?』


くるくる回る星藍は、

昔と変わっていなかった。

髪の毛は白、目は濃鼠。

外灯に照らされ、

希望が瞳の奥底に宿っていた。


「凄い!凄いよ星藍!

 他には何か出来るの?」

『ま~ね!

 ま、それは後々見せてあげますよ!

 さ、入れて入れて!』

「じゃあ、どうぞ…

 ごめんね、こんなとこで。」

『いーよいーよ!

 無理言ったのはこっちだしね~!』


いきなり数年振りの来客に、

何も身構えてなかった部屋は、

ただただ何も無いただの空間。

最低限の生活が出来れば、

それで良かったから。



『それより、

 茜兎が笑ってくれて良かった。』



にしし、と嬉しそうに笑っていた。

心底驚いた。

優しくて、心が綺麗で、

僕とは違う、全く違う次元のヒト。

大好きで、もしも永遠が叶うならば、

ずっと、ずーっと一緒に居たいヒト。


『あ、翼とか出していい?』

「いいよ?家の中ならね。」

『ありがと~!

 地味に力使うから

 節約しときたいんだよね!』


また頭上に円を描き、

手を開いて煙に包まれ、

隠していたものが現れる。


「あれ、靴は?」

『ん?最初から履いてなかったよ?』

「あ、そうなの?」

『うん。』


確かに裸足だった。

痛くないのかな、コンクリート。


『でも今度からは外出するときは

 靴履く。持ってきた。』

「分かったよ。好きなとこ置いといてね。」

『りょ~かい!』


いつもは狭くて短い廊下が、

長くて、果てしなくて。

ぎし、ぎし、と負荷に耐える音が鳴る。

でも、それは規則的な僕の位置から。

星藍は確かに床に足を着けている。

けど、音はしなかった。

生きていて、普通の事だと思っていたから、

少し、怖かった。


「ねえ、星藍。」

『な~に?』

「星藍って、足音、しないの?」

『そ!しないよ!

 あ、でも人間に擬態的なのしてる時は

 音するよ!』


そこまで再現出来ちゃいま~す!と、

謎の自慢。


良かった。僕の想像じゃなかった。

もしかしたら、星藍は、

僕の頭の中でしか生きてなくて、

現実には天使なんか有り得なくて、?

僕はいなくて、?

殺したのは、僕で、

全部空想で、偽物で、?

あれ、どうしたんだろう。

僕は、なんだ、?


『茜兎?』


綺麗な声。誰?


『ど~したの?

 いきなり立ち止まっちゃって…って、

 どしたの、何で泣いてるの?』

「…っあ……⋅、ごめん、なんでもないよ。」

『そう?ほんとに?』


手が重なった。


「…うん。

 ちゃんと星藍は存在してるんだなぁって、

 嬉しくて、安心して。」

『ふ…っあははは!

 居るよ、ここに居るから、大丈夫。

 ……ずっと一緒だよ。』


不意に星藍の頭上から、

小さな星屑が散った、様に見えた。

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