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夏のホラー2022

俺がいる

作者: 尾手メシ

 斉藤がパーソナリティを務めるラジオ番組の企画会議、簡単に終わるだろうという当初の予想に反して長引いていた。

 平日の午後に放送されているこの番組は、放送開始からすでに十年を超えた長寿番組で、お盆に放送される心霊特集は定番の企画だ。企画内容はその時々で多少の修正はされるものの、毎年ほぼ同じ、リスナーから怖い話を募集して番組内で読み上げるもの。前の週に番組内で呼び掛ければ後はリスナーの便りを待つだけという、手間の掛からない割にはリスナーに人気があるという、ある意味使い勝手のいい企画だった。

 今年も大筋は去年と同じようにしつつ、番組構成に余裕があればゲストにでも来てもらってもいいかもしれない。斉藤はそのつもりだったし、他のスタッフも恐らくそうするつもりだったのだろう。心霊特集の話し合いは流れ作業のような確認だけで次の話題に移ろうとしていた。それに異を唱えたのが、新米ディレクターの古賀である。

「心霊特集、今年は違うことをやりましょう」

 古賀が場の雰囲気を物ともせずに熱く発言する。斉藤がちらりと構成の梅木を見てみると、露骨に面倒臭そうに顔をしかめていた。正直、斉藤も面倒に思ったが、若い古賀を育てることも斉藤の仕事の一環だ。

「何かしたいことでもあるの?」

斉藤の問いかけに、古賀は待ってましたとばかりに瞳を輝かせた。

「考えてきてあります。心霊スポットの突撃リポートです」

よほど力が入っているのか、思わずといったふうに身を前に乗り出しながら古賀が言う。

「心霊スポット?ラジオなのにか?」

 ラジオといえば音声メディアである。当然ながら映像はない。仮に心霊スポットに行ったとして、何か起きようと起きなかろうと、全ては音しかないのだ。最悪の場合、ひたすらギャーギャー悲鳴を上げているだけの放送にもなりかねない。斉藤の顔に困惑が浮かぶ。

 しかし、どうやら古賀には斉藤の困惑は予想済みだったようで、意気揚々と説明を始めた。

「ラジオは音だけなので映像は必要ありません。つまりですね、……」

 古賀の説明によると、こうだ。

 ラジオに映像は必要ないのだから実際には心霊スポットには行かない。スタジオで、心霊スポットにいるふうを装って録音しようとうのだ。心霊スポットにしても、映像は必要ないのだから、実在しない場所をでっち上げても構わない。

「要するにラジオドラマか」

 幾分拍子抜けしたように斉藤は言った。もっと突拍子もない事を言ってくるのではと身構えていたのが何だか馬鹿らしい。

 しかし、古賀の熱弁には続きがあったらしい。

「ただのラジオドラマじゃないんです。ほら、あのハンディカメラで撮ったホラー映画、あったでしょう。あんな感じのやつを作りたいんです」

 言われて、斉藤は思い出した。低予算で撮られた映画だったが、世界中で異例のヒットを飛ばしたホラー映画だ。フェイクドキュメンタリーという手法が大きく注目されるきっかけになった映画である。

 面白そうだな、という思いが斉藤の中に少し湧く。スタジオ録音だけならば予算は問題ない。収録にかかる時間にしても、言ってもたかがワンコーナー、そう時間がかかることはないだろう。悪くはない、悪くはないが、問題は…。

 梅木を見ると、難しい顔をして唸っている。この企画案、予算も時間も問題ないのだが、ただ一点、梅木に大きな負担が掛かってしまう。古賀に台本まで任せてみてもいいのだが、梅木よりも良いものを書いてくるとは思えない。そうなると、必然的に台本を作るのは梅木になるだろう。リサーチなどを他でサポートするとしても、メインは梅木だ。

 どうするかと悩んでいる間も古賀は熱弁を奮っている。他の面々を見回してみると、そこそこ興味はあるようだ。まだ若いアシスタントの二ツ木などは特に食い付きがいい。斉藤は視線を梅木に向けた。丁度示し合わせたように梅木が斉藤を見る。二人の視線が交差する。梅木が一つ、大きく息を吐いた。

「フェイクドキュメンタリーのラジオドラマといっても、いまいちイメージが掴めない。もう少し具体的なものが欲しい」

梅木の言葉に古賀の表情が明るくなる。

「古賀、とりあえず週明けでいいから簡単なデモを作ってこい」

「はいっ」

斉藤の指示に、古賀は勢い込んで答える。

「いいか、まだ本決まりじゃないからな。作ってきたデモの出来次第でボツにするからな」

斉藤が一応釘を刺すのだが、古賀は聞いているのかいないのか。

「はいっ、任せて下さい」

返事だけは威勢がよかった。



 明けて翌週、出社してきた斉藤はアナウンス部に向かった。アナウンス部では忙しく本番の準備をする者や、収録が終わって一息ついている者など様々だ。そういった面々に挨拶をしながら自分のデスクに座った斉藤は、新聞を広げて主要記事のチェックを始めた。

 一紙が終わり、次の新聞を広げた時である。突然、斉藤の肩が叩かれた。驚いて振り向いた視線の先、古賀が立っている。

「お、おはよう、古賀。お前、大丈夫か?」

斉藤は思わず尋ねてしまった。

 背後に立つ古賀は覇気がなく、ただ立っているだけでも辛そうにしている。斉藤を見下ろすように俯いているその顔には暗く影が差し、青白くやつれて見えた。生気のない目で斉藤を見ているのだが、どこかぼんやりとしていて焦点が合っていない。

「おい、大丈夫か?体調が悪いのか?」

「大丈夫です。それより、デモ、聴いて下さい」

 重ねて訊いた斉藤に、ボソボソと古賀が答えた。

「いや、大丈夫って。どう見ても大丈夫に見えないぞ。デモはとりあえず預かっておくから、病院行って来い」

斉藤は言うが、古賀は「大丈夫」とばかり繰り返す。何度が同じようなやり取りが続いたが、根負けしたのは斉藤だった。

「分かった。じゃあ、今からデモ聴くから。そうしたら病院行けよ」

そう言って、二人連れ立ってアナウンス部の奥、パーティションで区切られたミーティングスペースに移動した。


 テーブルを挟んで向かい合うように椅子に座る。古賀が二人の中央、テーブルの上にスマホを置いた。画面をタップすると、あらかじめアプリが立ち上げてあったのだろう、すぐに音声が再生される。

 ザリ、ザリという砂利道を歩くような足音に続いて、古賀の声が聴こえてきた。

『えー、私は今、心霊スポットとして有名なトンネルに来ています。非常に古いトンネルです。車が通った形跡は……』

下手くそな古賀の実況が続くが、その素人臭さが音声に妙な現実味を持たせて、なんとも言えず薄気味悪い。一通り実況し終わった古賀は、いよいよトンネルの中へ入って行くようだった。

『今、トンネルの中に入りました。中は真っ暗で何も見えません。懐中電灯を点けたいと思います』

古賀の言葉の後にガチャガチャと何かをいじる音がする。カチカチと音がした後に、再びガチャガチャと何かをいじる音が続いた。

『あれ、あれ、点かない。なんで。点かない』

焦ったような古賀の声。

『おい、あれ』

そこに別の人間の声が割り込んだ。いつも聴いている間違いようのないもの、斉藤の声だった。

 古賀が作ってきたデモに何故俺がいるのか。混乱して咄嗟に古賀を見たが、古賀はスマホを見つめたままじっと微動だにしない。その姿に気圧されて、斉藤は声を掛けることが出来なかった。

 混乱している斉藤を捨て置くように、デモ音声は続いていく。

『おい、ほらあそこ。あそこだよ』

『えっ、どこですか。暗くてよく見えな…。うわ、何あれ。何ですかあれ』

『知らないよ、俺に聞かれても。それより大声を出すな。気づか…。うわあああ』

『ぎゃあああ、こっちに。ひぃいい』

『おい、出口だ。出口に逃げるぞ』

『出口出口、出口どっちですか。暗くて』

『馬鹿、そっちじゃない』

大人二人が上げる悲鳴。響く足音。激しく乱れる息遣い。音声を聴いているだけのはずの斉藤も焦燥感に駆られる。映像がないので何がどうなっているのかいまいち判然としないが、そこにいないはずの自分が何かに追われている様子は気が気ではない。

 身を固くしながら音声を聴く斉藤の背後、パーティションがガタリと揺れた。思わず振り向いた斉藤は、パーティションから覗いたものを呆然と見つめた。自分の対面に座っているはずの古賀が、何故かそこに立っている。一見して顔色も良く、やつれた様子もない、普段と変わらない古賀が立っている。

 古賀も呆然と斉藤を見ていた。いや、正確には斉藤の向こう側を見ている。

「俺がいる」

ぽつりと、古賀が零した。

 斉藤は慌てて正面を向き直ったが、椅子には誰も座っていなかった。テーブルの上に置いてあったはずのスマホも、影も形も見当たらなかった。


 古賀に確認したところ、臨場感を出すためにトンネルには行ったらしい。行ったことは行ったのだが、ただそこは心霊スポットでもなんでもない、ごく普通のありふれたトンネルなのだと言う。車通りもそこそこあるトンネルで、通行が途切れたタイミングで録音していたのだと言った。

「あー、一応、デモ、作ってきたんですけど…」

 歯切れ悪く言いながらスマホを取り出してみせる古賀に、斉藤の顔が引き攣る。

「済まないが、やっぱり今回の企画はボツで」

 デモも聞かずに告げる斉藤に、しかし古賀は「わかりました」とだけ答えた。あっさりと了承したあたり、古賀にも思い当たる節があったのかもしれない。気にはなったが、斉藤はそれ以上尋ねることはしなかった。三人目が現れでもしたら堪らない。

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