9.エモーション・ジェネレーター
発信音が聞こえる。私は自分を二つに分けようとしている。私自身の思惟はそのままに、表情には記憶を結び付けようとしている。ふと疑念が生じる。二つに分かれたなら、どちらが本当の私なのだろうか? 水族館ではイルカショーが続いている。抽選に当たった小さな男の子がイルカに餌を与えようとしている。イルカは頭を水面に浮かせたまま待ち構えている。男の子がバケツに入った魚を取って、イルカの方に放り投げる。イルカは難なく口の中に受け止める。三回放り投げて無事に役目を終えた男の子が拍手を受けながら退場する。
『お父さん、私も餌をあげたかったよ』
『そうだね。みんなあげたいと思っている。たくさん子供が来ているからね。年間パスポートがあるからまたすぐに来よう。今度来る時は抽選に当たるかもしれない』
『そうなったらうれしいな』
キーワードが頭の中をめぐっている。<イルカ><イルカ><イルカ> 楽しかった頃の記憶は私の所有物ではなくて私自身だった。その私自身に私の表情を任せる。私は分裂しているのではない。どちらも私だった。
「コールします」
沢村巧と私はポーカーをしていた。彼は<エモーション・アナライザー>で私の表情を読み取ろうとしていた。彼がチップを積んで来たが、私も応じた。彼がじっと私の目をのぞき込んでいる。
「ダメですね。さっきからずっと<喜び>の表情しか読み取れません」
そう言って彼は勝負を降りた。私は<エモーション・アナライザー>に対する防御策を一つ身に付けたのだった。
「表情を一つでも操作できるようになったなら<エモーション・アナライザー>はあなたの本当の感情を検出することができなくなります。どうしますか? 他の感情についてもやってみますか? 負担になるならここでやめても良いと思います」
彼は言った。任務の遂行という意味ではこれで十分かもしれなかった。私は<エモーション・ジェネレーター>の仕組みを理解し、その一つを体得した。あとは彼の素性や目的を調べなければならなかったが、しばらくの間はこのまま訓練を続けようと思った。私は<エモーション・ジェネレーター>の仕組みの中で遠い記憶の彼方に眠っている私自身に再会できたような気がしていた。そこでは偽りのない自分自身に会えるような気がしていた。「次は<悲しみ>について取り組みたいと思います」
私はそう答えた。