5.手掛かり
「江田佳穂さんですね。登録ありがとうございます。本日<エモーション・ジェネレーター>の説明をさせていただく鈴木と申します。どうぞよろしくお願いいたします」
<エモーション・アナライザー>で検索していると<エモーション・アナライザー対策>というタイトルのページが見つかった。そこがどうやら入口のようだった。オンラインで住所、氏名、連絡先を入力し、身分証明書をアップロードして会員登録を行った。それから数日後、登録したメールアドレスに打ち合わせ用のURLが届いた。昨今ではどのような用件であろうとオンラインで会話できる仕組みが整っている。
「さっそく説明に入らせていただきます。<エモーション・アナライザー>というシステムのことはご存じかと思います。カメラが取り込んだ顔の画像データから、筋肉の微細な動きを解析して感情を読み取ることのできるシステムです。プライバシー保護の観点から原則として使用は禁止されています。そうは言っても、対話の相手がそれを使っていることを見極めるのはとても困難です。この状態を放置していますと、あなたにとって都合の悪い事態を招くことになってしまうかもしれません」
パソコンの画面の中で男はそう言った。
「江田さんの方で、何かお困りになっているというのであれば、早急に対策が必要ではないでしょうか?」
困っているという訳ではないが、ミッションを果たすためには<エモーション・アナライザー>の被害に遭っているという役割を演じなくてはならなかった。
「そうですね。以前から不透明な人事評価が多いと感じています。能力に見合った処遇が得られないのは<エモーション・アナライザー>のせいかもしれないと思うことが度々あります。本当にそうなら、何か逃れる手段はないのだろうかと思ってネットを検索していたら、こうしてお話しすることになった次第です」
私は被害者のつもりでそう言った。いつだって社会は理不尽なことに満ちている。どれだけ努力しても浮かばれない人がたくさんいる。そういうものだ。
「大丈夫です。私共にお任せください。<エモーション・ジェネレーター>があります。<エモーション・ジェネレーター>が表情を作り出し、それが本心であるかのように<エモーション・アナライザー>に読み取らせます」
「表情を作り出す? そんなことができるのでしょうか?」
「通常、表情には身体が感じていることがそのまま反映されています。その連携をスイッチを設けて別のものと切り替えてしまいます。切り替え先が<喜び>であったなら、身体の状態がどうであろうと表情には<喜び>が現れます」
「スイッチ? 切り替え先?」
「そうです。その指令が出ている間は、いかなる外部の刺激を受け取ったとしても指令通りの表情を作り出すことができます」
「それが私にもできるようになるということでしょうか?」
「はい、そうです。ですが、一定期間、訓練が必要となります」
その後、研修に必要な期間と費用の説明があった。問題なければ申し込んでくださいということだった。