16.償いと深い悲しみの導くもの
無機質な廊下を歩いて女の眠っている部屋を訪れた。彼は捕まってしまった。もうここにはやって来ない。相変わらず女は眠り続けている。呼吸の音が微かに聞こえて来る。この女が世界と関りを持たなくなったことに何か理由はあるのだろうか? 世界と決別しなければならないような悲しい体験があったのだろうか? 何か心を閉ざしてしまう理由があったのだろうか? 眠っている女にそんなことを聞いても、答えてもらえそうになかった。
「今日は一つ悲しい話があります」
私は沢村巧の様子を真似て言った。
「沢村さんはもう戻ってきません」
もうすべてが手遅れだった。とりあえずこの女を病院に運ばなくてはならない。病院に事情をどうやって説明したら良いのかはよくわからない。だがこのまま放っておくことはできなかった。それにしても私はいったい何をしているのだろう? 沢村さんを逃がそうとしたり、見ず知らずの女を助けようとしたり、<エモーション・ジェネレーター>に関わっているうちに私の中で何かが変わってしまったのかもしれなかった。
「沢村さんは、あなたを目覚めさせようとして必死だったのです。彼は人々が心の奥底に大切にしまい込んである楽しかった出来事や悲しかった出来事を聞き出しては、あなたに聞かせていたのです。誰かにとって大切な思い出は、きっと他の誰かにも訴えかける要素を含んでいるのでしょう。そうした話をたくさん聞き出すために、あえて危険を犯していたのです。そして捕まってしまいました。もう戻っては来ないのです」
私は眠っている女に説明していた。彼が来なくなってしまったことについて、私には十分な罪があった。私が手先となって彼を破滅させたに違いなかった。その罪の意識から逃れようとして私は眠っている女に届きもしない言葉を語り掛けているのかもしれなかった。眠っている女に・・・いや、眼を開けている・・・
「あの人はどこへ行ったのですか?」
目覚めた女は言った。予期していなかった深い悲しみが彼女を目覚めさせたのかもしれなかった。それは彼女を眠りにつかせた出来事よりもずっと悲しい出来事に違いなかった。これから彼女は失ったものを取り戻そうとするだろう。その時は私も彼女と行動を共にしようと思った。




