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11.海老原恵

 研修を通して<エモーション・ジェネレーター>の仕組みを知ることができたが、沢村巧の素性についてはまだ何も調査できていなかった。個人的に彼を知りたいという気持ちもあった。研修の一環とは言え、自分の奥深くにしまい込んでいた大切なものを彼の前にさらけ出してしまった。私の大切なものを見せたのだから、彼も同等のものを私に差し出すべきではないかという気がしていた。

 施設内での彼の行動範囲は限られており、研修に関わる施設を除けば、彼の行き先は自室の他には一箇所だった。彼は隣の建屋によく行き来していて、そこにいる誰かと会っているようだった。他のスタッフに聞いた話では、そこに<海老原恵>と書かれた表札があり、彼はその部屋を頻繁に訪れているということだった。その<海老原恵>とは彼にとってどういう存在なのか? 私はとても気になっていた。その人に会って話を聞けば彼の素性がわかるような予感がしていた。ちょうど彼が他の参加者と面談している時に、私は出掛けることにした。

 建屋の中に入ると無機質な廊下が続いていた。部屋はたくさんあったが、どの部屋からも人の気配は感じられなかった。<海老原恵>の表札はすぐに見つかった。ノブを回すと鍵がかかっていたが、ⅠⅮカードや生体認証でガードされている訳ではなかった。諜報員として実績を積んで来た私には易々と侵入できるレベルのセキュリティだった。針金で鍵を外すとノブを回してこっそり中に入った。部屋の中は静まり返っていたが、微かに人の気配がした。中央にベッドがあって、そこに女が眠っていた。女の右腕にはビニールの管がつながっていて、生命の維持に必要な栄養分が針の先から供給されているようだった。女の顔には表情がなかった。そこには<喜び>も<悲しみ>も<恐怖>も何もなかった。ただ眠りと平穏があるだけだった。ベッドの隣には脳波をモニタする装置が置いてあった。規則的な波形が繰り返し表示されていた。眠っている女は世界に対する一切の興味を失い、固く心を閉ざしているように見えた。

「これは誰?」

眠っている女の前で私は独り言を口にしていた。沢村巧の恋人なのだろうかと思った。眠っている女は答えてくれそうになかった。彼はここでいったい何をしているのだろうか? 直接聞く訳にも行かないのでカメラと盗聴器を仕掛けることにした。作業をしながら、いったい私は何を知りたいのだろうかと考えた。そこには任務とかけ離れたものが含まれているような気がした。

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