1.ポーカーフェイス
華やかに着飾った紳士淑女で賑わう賭博場。煌びやかなシャンデリア。緑色の布地のテーブルに眩い金色のチップが積まれている。ルーレットの回る軽やかな音が聞こえる。鮮やかな手捌きでディーラーが投じた玉が弾かれながら着地点をうかがっている。ルーレットの回転が収まるにつれて玉の動きも緩やかになり、やがて黒と赤が交互に並んだ枠のいずれかに収まる。その瞬間、勝者の歓声と敗者のため息がテーブルの周囲に立ち込める。T字の形の道具を手にしたディーラーが敗者のチップを回収して勝者に分配する。その作業が終わるとすぐに次の勝負が始まる。テーブルに陣取った人々は、しばらく悩んだ末にテーブルにチップを載せて行く。チップが並ぶとまたルーレットが回り始める。
ルーレットの隣のテーブルではポーカーが行われている。<エモーション・アナライザー>の<定期検査>を兼ねて勝負に参加する。配られたカードを手のひらに収め、数字とマークを確認してから向かい側に座っている対戦相手の様子を伺う。新しいカードが二枚、相手の手元に配られる。相手はカードの端をゆっくりめくって中身を確認している。先ほどからスマートグラスには<相手の表情の分析結果>が表示されている。胸元に仕込んだ小型カメラが相手の表情を捉え、<エモーション・アナライザー>が人間には識別できない細やかな表情の変化を分析し、その結果がスマートグラスに表示される仕掛けになっている。新しいカードを受け取ってから<喜び>のマークが表示されるようになった。相手の手札はなかなか良好なようだった。何食わぬ顔で相手がチップを積む。私がコールしたら、もう一枚積むのだろう。そうやって少しずつ掛け金を吊り上げて行くつもりなのだろう。私は手札に恵まれなかった雰囲気を醸し出して勝負を降りる。次の勝負では<悲しみ>のマークが表示された。だが相手はさっきと同じように顔色一つ変えないでレイズして来た。どうやらハッタリのようだった。私はさりげなくコールした。こちらからは仕掛けない。相手はさらにチップを積んだ。私はほんの少しだけ困惑した表情をして見せてから、チップを積んだ。相手はしばらく考え込んでいたが、カードを伏せて勝負を降りた。<エモーション・アナライザー>搭載のスマートグラスを身に付けているのだ。ポーカーフェイスは通用しない。手札に喜んでいるのか、がっかりしているのかは手に取るようにわかる。これで<エモーション・アナライザー>が問題なく機能を果たしていることが確認できた。<定期検査>は終了としよう。