第一話 月の悪魔
「ここって……?」
彼女が目を覚ますと、彼女自身は椅子に座らされており、そこは周囲がコンクリートの壁しか見当たらない、正方形の部屋だった。
しかし、彼女の目の前にはコンクリートでないものがあった。
茶髪の整えられていない髪、灰色のワイシャツに白のズボン、その上から薄く長い茶色のコートを羽織っている一人の男がいた。
彼は、彼女が目を覚ましたことを確認し、微笑みを崩さぬまま滑らかな口調でこう言った。
「やぁ、起きたかい? 宵街白久君。」
彼女は
「どういうこと……?」
と、首をかしげる。
そんな状況を理解できていない彼女に、彼はゆっくりと言う。
「白久君。君が僕達の味方であるかどうか、確かめなければいけない。もし味方でないというのなら、君はこの場で死んでもらう。」
「なっ……!」
彼女は、動揺を隠せずにいながらも、頭の中で、状況を整理し始めた。
***
~数時間前~
彼女の名前は宵街白久。
健康的な細さの白久は、真っ白な胸の高さまである黒のメッシュの入った髪をなびかせ、白のセーターに黒と青のチェック柄の膝のあたりまでのスカートという服装で、黒のショルダーバッグをぶら下げ焦り気味にマンションの一室を後にした。
白久にとって、今日というほど大切な日はない。
今日は白久の推しである月並未歩というキャラクターの誕生日だ。朝11時から開店の秋葉原にある、某アニメグッツチェーン店の誕生日フェアのグッツを買い求めるため、白久は開店と同時に店内に入るべく、8時に起き、準備を万端にしたうえで、10時に家を出るという予定を立てていた。
しかし、現実はどうだろうか。いざ本番となると、人間、なかなかうまくいかないもので、予定より16分ほど遅れて、焦り気味に家を出たというわけだ。
(ああ、着くころにはもう並んでるだろうなぁ。どんなに早くてもここから20分はかかるからなぁ。)
そんなことを考えながらも、白久は急ぎ電車へと乗り込んだ。
到着時間は変わらないと分かっていても、やはり、気持ちは焦ってしまうもの。
白久は2駅も前から席を立ち、秋葉原の駅と白久を隔てる壁がなくなると同時に、まるで放たれたかのように白久は電車を飛び出した。
普段運動を好まないため、激しくは動かない白久でも、今度ばかりは違った。『階段下り日本選手権』なんていうものがあれば、確実に優勝をもぎ取る勢いで彼女は階段を駆け下りていく。
そして、ホームを出てからも猛ダッシュ。
時折、バッグからスマホを出し時間を確認しながらも、ひと時の無駄な時間を出さずに、目的地へとたどり着いた。
時刻は10時56分。彼女の目の前にはすでに小さな列があった。
しかし、彼女はそれを見て一安心し、その列の最後尾へと並んだ。
(思ってたより少なくてよかった~。)
白久のモットーは、「オタクたるもの、最悪の場合を考えよ!」だ。つまり、この場合白久の想像していたのは、大行列の出来ているその様だった。だから安心したのだ。
そうして一安心した白久は、スマホを片手に『本日の買うものリスト』なるものにいま一度目を通し始めた。
とその時、白久の耳には前方から聞き捨てならない声が聞こえた。
「くっさ」
この場合の「くっさ」という発言は、恐らく他人の発言に対する反応なのだろう。
しかし、白久にはそうは聞こえなかった。
(え? わたしって臭い? 嘘?! 昨日お風呂入ったよ……って今走ったから?!)
基本的にオタクと言うのはこういうものなのだろう。
他人の発言が妙に気になってしまうらしい。
そうして白久が硬直していると、先程声の聞こえた場所より、さらに前方からこんな声が聞こえてきた。
「開店しま~す!」
その声を聞いた白久は、「しまった」と言わんばかりに『本日の買うものリスト』へと視線を向ける。
しかし、時すでに遅し。
列は前方へと進み始め、白久はあっという間に店内へと入ってしまった。
が、白久には今まで幾度となくこの場所へ赴いた土地勘がある。白久はその店内限定の土地勘を生かし、お目当ての誕生日グッツ、新発売の缶バッジ5個、そしてアクリルスタンド、と瞬く間に目的である商品をそろえ、レジへ向かう。
おそらく店内に入ってレジに向かうまでの速さはギネス物だろう。白久はそんなことを思いながらも会計を済ませ、外に出た。
(戦争は終わった。)
白久の心の中は、今、満足感と高揚感でいっぱいになっている。
ただ、白久はそんな思いを抑えつつも事前に調べていた、人通りの少ない道にあるこじゃれた喫茶店へと向かい、そこへ入店し、席に着いた。
それと同時に、白久の体には、今朝から今までの疲れがどっと押し寄せた。
そう、これが俗にいうリバウンドだ。
朝から推しのためと全力を出し続け、ひと段落ついた時の、この疲労感。これもオタクにとっては宿命と言うものだ。だからこそ、白久は人気のなく落ち着いた喫茶店をチョイスしたのだ。
彼女はそんな疲労感をかみしめながらもコーヒーとバタークロワッサンを注文し、缶バッジの中身を開封し始める。
なぜなら、缶バッジ以外は中身が確定しているが、缶バッジは、中身がランダムだからだ。もしも推しが出なければもう一度あの場所へ赴く必要がある。
しかし、そんな白久の考えをよそに、缶バッジは推しのバッジが2個もでると言う奇跡が起こった。
そんなこんなで、白久が缶バッジを眺めながら品を待っていると、いいコーヒーの香りが、そっと白久の鼻をなでたと思うと、白久の目の前にはゆっくりとコーヒーとクロワッサンが置かれた。
(朝ごはん食べてないせいもあって、余計おいしそう……!)
そんなことを考えながらも白久は店員さんに一言お礼を言って、早速コーヒーに口を付けた。
(このほろ苦さに、後から包み込んでくるような酸味、いいコーヒーだなぁ。)
白久はコーヒーを堪能すると、次はクロワッサンへと手を伸ばす。
白久はそれを一口大ちぎり、口へ運ぶ。
(ん~、外側がサクサクしてると思えば、内側にはまだ焼き立ての熱とふわふわした食感がある! それに少し焦がしたこおばしい味の後を追うように、じゅわっと来るこの甘味とバターの風味。 最高!)
そうして白久は、すぐに平らげてしまった。
他の客もいないため、白久は少しの間席に座って雰囲気を味わい、お会計をして、「また来ますね!」と店主に声をかけ、白久は店を出た。
(いやぁ~、いいお店だったなぁ。こんなところにこんなにいいお店があるなんて、隠れ家的名店ってやつなのかなぁ。まぁでも、こういうところは、帰り道も、人がいないのを味わっていかないと!)
白久がそんなことを思い、周囲を見回していたその時、白久の視界の右にはある物が映った。
それは、人のような見た目をした、真っ黒でどろどろとした、およそ生き物とも言えないようなものが民家の天井から飛び降り、こちらへ向かってきている。
そしてその後ろからは、茶髪の整えられていない髪、灰色のワイシャツに白のズボン、その上から薄く長い茶色のコートを羽織っている男がそれの後を追うようにして走っている。
(何……あれ?ちょっと危ないんじゃ……?)
白久は危機を察知し、後ずさりを始めるも、真っ黒でどろどろとしたものは、驚くほどの速さで、白久との距離を詰めていた。
そして、そのどろどろしたものは、それを人の形として認識するのであれば、腕と言える部分を伸ばし、手と言える部分を白久へと振り下ろそうとしていた。
「君、走るんだ!」
男の声は白久の耳には届いた。しかし、人間と言うのは一定の恐怖の感情を超えたものを目にしたときに、そうとっさには動けなくなるものだ。
白久は、混乱に陥るとともに、死を覚悟した。
しかしその瞬間。
白久の目の前にある腕と言える部分、それどころか胴と言える部分に至るまで、もろとも全てが目の前で切り刻まれ、そのどろどろとしたものは消え去っていった。
それを見た男は言う。
「君は……。」
それと同時に等しいタイミングで、白久の体を突然として重力が強まったような感覚が襲う。
白久が前を見ると、そこには男の姿はない。
(ううん、違う。そっちじゃない。)
白久は確信をもって右を見た。
そこには白久の肩に手を置く男の姿があった。
(一体……?)
白久がそのまま思考を続けようとしたその時、彼女の意識は抜き取られるかのようになくなっていった。
「面白い!」「続き読みたい!」など思った方は、ぜひブックマーク、下の評価を5つ星よろしくお願いします!
していただいたら作者のモチベーションも上がりますので、更新が早くなると思います!(希望的観測)
ぜひよろしくお願いします!