冒険者レオンⅢ
鍛冶屋―――バルガス鍛冶店で買った剣を携え、向かうのはフィステルの南門。南門から外に出れば、草原に出る。そうすれば、ウルフやゴブリンなどの魔物が出てくる。
剣の具合を確かめる事や自身の能力を測る事が目的でもある。
「では、気を付けてな」
門番に冒険者登録証、通称『ライセンス』を見せると、南門を通してもらえる。帰ってくる時も同じく門番に見せる必要があるため、ライセンスの紛失は避けなければならない。
さて、門の向こうには何処までも広大な草原が広がっている。
ここからさらに東には森が、西には海が、そして南には砂漠があるそうだ。
東の森は東の大国プレジデン共和国につながっていて、西の海を使えば西の大国カイゼル帝国につながっている。
南の砂漠の先は誰も知らない未開の地だ、ダンジョンがあると噂されているが確かめれた者はいない。帰ってきた者がいないからだ。
さて、とりあえず東の森に向かうか。海に挑むにも、砂漠に挑むにも装備が不足している。当面は森で戦うか。俺自身、魔物との戦いの経験はそれほど多くはない。対人戦闘の経験は豊富なんだがな。
道中はのどかな光景が広がっている。久しく忘れていたほのぼのとした心持になれる。
これから戦闘に赴くというのに何たる気のゆるみ、と昔なら思うのだろうが、今は生憎自身一人の身を守れればいいだけなので、それほど気を張る必要はない。最悪の場合、脱兎の如く逃げればいい。守る者などないのだから。
道中を進み、森に足を踏み入れた。
時刻は昼を少し過ぎた程度、天候は晴れ、思わず欠伸が出る程の快適な気温の道中と比べ、森の中は薄暗く、天候は木々に覆われて判別不可、空から水滴が落ちてこない事から雨は降っていないと分かる程度、気温は若干肌寒く感じる。
森に足を踏み入れてそれほど時は経っていない。だというのに、ここまで周辺状況が変化しているというのは自然の力は凄まじいものだ、と思わず驚いた。
さて、自然に対し驚くのはこの辺りまでとしておこう。この森にとって俺は異物であり、歓迎されていないようだ。いや、熱烈な歓迎と言えなくもないな。
ウルフが俺を囲む様に姿を現した。
周囲に目を向けると、左にウルフが三体、右に二体、正面に四体、背後は‥‥気配だけで感じ取れるのは三体。
初戦闘がこれか、まあ何とかなるだろう。
俺は剣を引き抜き、片手剣であるため右手に持ち、左手を前に出し、構えた。さて、何処から来るかな。
俺が周囲に気を配っていると、早速正面のウルフが攻撃を仕掛けてきた。
勢いよく飛び掛かってくるウルフの攻撃を躱しながら首を刎ね、絶命させた。まずは一体目。だが、気を抜く暇などなく、後続が続いてくる。
二体目、三体目続々と攻撃を仕掛けてくるウルフに場所を移動しながら、首を刎ね倒していく。
こういう個対集団の場合、個の側はとにかく動き、多方面から攻撃されることを避けなければならない。人間の腕は二本しかなく、目は二つ、見える範囲と防げる範囲に限界がある。故に集団側は包囲しつつ、ジリジリと追い込むのが正解であるが、野生の魔物にそんな知恵はない。目の前の餌にありつくことしか考えられないだろう。まあ、野生の魔物にそれほど高度な知性があった場合、人間など遥か昔に滅んでいたことだろう。
七体目を葬ったところで、一体のウルフが雄たけびを上げた。
む、これは厄介だな。この手の状況から行くと、増援を呼んだか。
‥‥どうやら俺の考えは正しかったようだ。続々と森の奥から足音と気配が近づいてきている。そして現れたのは、十を超えるウルフが集まってきた。
さて、どうするか‥‥かつての『私』ならともかく今の『俺』ではこのままでは厳しいか。体力面で若干不安を覚えている。仕方がない、自力で戦えるのはここまでか。
「『身体強化魔法』発動」
自身の魔力を使い身体能力を強化する、それが『身体強化魔法』。あくまで強化であるため、傷や消耗した体力が回復する訳ではない。だが、腕力、脚力などが強化されることで以後の戦闘においての体力の消耗を緩和できるので長期戦でも戦えるようになる。
だが、出来る事なら使用はしたくはなかった。『身体強化魔法』はあくまで自身の能力の倍化であるため、己自身を鍛えなければ、真価を発揮しない。
まあ、その辺りは後で反省しよう。今はここを切り抜ける事こそ肝要だ。
「ハアアアアァァ!!!」
自身を奮い立たせる意味を込めての叫び―――雄たけびを上げた。
ウルフは数的優位に立ちながらも、後ずさりした。どうやら、理解したようだ‥‥どちらが強者であるかを。
「ウオオオオオオオオオ!!!」
後ずさりしたウルフの中でも、俺に対抗するように雄たけびを上げ、攻撃を仕掛けてくるウルフがいた。
高い木の上から飛び降り、爪を突き立てようとしていた。俺はその攻撃を避けずに剣で受け止める。
カキィン、と剣と爪の衝突の際に発生した甲高い音が響く。ウルフは地に降り立つと、瞬時に俺から距離を取った。
今までのウルフの中でも戦い方が上手い。よくよく見れば、周囲のウルフたちよりも若干体が大きく、その上、傷も多い。歴戦のウルフ、もしくはここらのボスウルフと見受けられる。
ボスウルフは巧みに周囲の地形や大きな木を使い俺に襲い掛かる。俊敏な身のこなしから繰り出される攻撃を剣で捌きつつ、周囲に視線を向け、少しでも優位に立てる位置を探し、思考した。
ボスウルフは俺の視線の意味に気づいた様で、攻撃をしつつも鳴き声を発し、他のウルフを指揮していた。その結果、俺が考えていた優位に立てる場所、即ち周囲よりも高い場所を抑え込まれた。
ウルフが高いところから飛び掛かってくるのであれば、そこよりも高い場所に立てば飛び掛かることは出来なくなる。至極当然の考えだ。そして、古来から考えられた戦いのセオリーでもあった。
随分と知恵の回る魔物だ。そして見事な指揮官だ。この魔物が魔物でなく人間であったなら、優秀な指揮官と成り得ただろうと思わず感服した。
さて、ここまで数的優位も地形的優位もあちらに奪われている現状、逃げるのが最善の一手ではあるが、その考えは捨てよう。
折角の強者との戦い、かつての『私』であれば、不利な戦いは避けなければならなかった。『私』の敗北は全体の士気にかかわるからだ。
だが、今の『俺』には関係ない。自由なる冒険者レオンにとって、自由を選ぶ。即ち、強者との戦い、血沸き肉躍る戦いに興じさせてもらおう。
「『武器付与魔法』発動。『風属性魔法』発動」
『武器付与魔法』とは武器に魔力を帯びさせる魔法である。そして『風属性魔法』とは魔力を風に変換させる魔法である。この二つの魔法を同時に発動させることで武器に風を帯びさせることが出来る。
俺の剣に風が集まり剣身を覆う。
俺は風を纏う剣を構え、集中力を高める。
『身体強化魔法』、『武器付与魔法』、『風属性魔法』の三つの魔法を同時に発動しているため、魔力の消費が激しい。あまり長時間は戦えない以上、ここらで幕引きといこう。
ボスウルフも俺の様子を察し、不用意に飛び掛かっては来ない。
生存本能か、それとも野生の勘か、とにかく今の俺はボスウルフからしてみれば脅威に感じているようだ。
その考えは正しいぞ、ボスウルフ。風を纏っている剣で斬りつけた時、防いではいけないのだ。なぜなら防げないからだ。風に防御は意味を成さない故に。かつてこの剣を防ごうと剣や盾で受け止めようとした者がいたが、誰一人五体満足で防いだ者はいなかった。
だが、このまま睨み合いを続けていても、こちらが不利になる。だから、今度はこちらから行かせてもらう。
俺はその場で両足を深く曲げ、沈み込む。
狙うは高所にてこちらを伺うボスウルフ。左手をボスウルフに合わせる。
右手の剣を、左腕と一直線となる様に地に下ろす。
準備は完了、後は己の心構え一つ。
「スゥゥゥ‥‥」
息を吸う。そして‥‥
「行くぞ!!!」
力いっぱい地を踏みしめた両足から生み出した力で宙に飛び立つ。
『身体強化魔法』で強化された脚力は自身の体を押し上げた。だが、それだけではボスウルフがいる高所には届かない。だから、剣に纏った風を使った。魔力の供給量を増やし、一時的に風の出力を上げ、自身の体を更に押し上げる。
かくして、自身の体をボスウルフよりも高みへと至らせる。だが、ボスウルフもただ見ているだけではない。俺が上に押し上がると気づくと、ボスウルフは高い木の上から飛び掛かってきた。
ほぼ真正面から飛び掛かってくるウルフに対し、俺はただ向かっていくしかない。風の魔力で自身を押し上げているのを急に止めることは出来ない。ましてや、今更止めてもボスウルフとの衝突は避けられない。ならば答えはただ一つ。
「ってぇ!!」
左腕を捨てる。
ボスウルフは俺の左腕に牙を突き付けた。ここまで爪で戦ってきたボスウルフの初めての牙での攻撃。ボスウルフの渾身の一撃だった。‥‥‥‥だが、その一撃を待っていた。
俺はボスウルフの牙を突き立てらえた左腕に力を入れ、左手で頭を掴む。これで逃げれない。
ボスウルフは何とか俺の左腕を食いちぎろうと力を入れるが、遅かった。
俺は右腕を回転させ、ボスウルフの胴体を斬り裂いた。
風を纏った一撃は容易くボスウルフの胴体を両断したが、右腕を回転させたことで風の向きが変わり、空中で一回転することになった。
思わず目が回りそうだったが、流石に空中で目を回して地面に激突は避けたかったので、落ちていく方向に風を使い、着地の衝撃を抑えつつ、受け身を取って大地に舞い戻った。
ひとまず無事に着地出来た。これで終わり、といきたいところだが、そうもいかないみたいだ。
グルルルル‥‥という周囲のウルフの唸り声が聞こえる。
ボスの仇討ちか、それとも弱った俺を狩ろうとしているのか、どちらにしろこちらに対して好戦的な構えを崩していない。
逃げるか。ボスウルフを倒したが、こちらの消耗は激しい。ここで無理をする理由はない。
俺は逃げるために、周辺の状況を伺っていると、背後から集団の足音が聞こえてきた。
そして矢が飛んできて、ウルフに襲い掛かる。
「そこの冒険者、無事か!?」
声を掛けてきたのは今の俺よりの幾分か年上の男だ。背は高く、体付きは細身ながらしっかりと筋肉が付いている。顔立ちは優し気で、髪は金色だった。
そんな彼は大剣を引き抜き、俺の前に立ってウルフをけん制している。
「ああ。大丈夫だ」
「無理をするな、怪我をしているぞ。ミナ、回復魔法を」
「分かった、兄さん」
一人の女性が走ってくる。
ミナと呼ばれた女性は小柄で髪の色は金色で、顔立ちはさっきの男にどことなく似ていた。
「『回復魔法』」
暖かい光が俺を包む。すると、身体の傷が癒え、左腕の痛みが消え去った。
「助かった。感謝する」
「あ、ちょっと!?」
俺は礼を言ってすぐに、ウルフの方に向かっていく。この場にいるウルフを全て倒すために向かっていく。
先程は逃げるつもりだった、俺一人であれば逃げるつもりだった。だが、この場に他の者達が来た以上、逃げる訳にはいかなくなった。俺が逃げたことで、誰かが死ぬかも知れない、そうする訳にはいかない以上、ここで倒しきるしかない。
助けられた以上、助けなければならない。それに傷が癒えた以上、ここらのウルフではさして問題にならない。
『武器付与魔法』と『風属性魔法』の発動をカットした。ボスウルフがいない以上、使用する必要性を感じなかった。
『身体強化魔法』は使用中だ。これだけで、特に問題はない。
背後から矢や水魔法が飛び、ウルフを襲っている。これは彼らのパーティメンバーか。ならば、その行動に便乗させてもらう。
俺は矢や水魔法で、俺から注意が逸れたウルフを集中的に攻撃した。素早く死角に入り込み即座に切り伏せ、倒していく。
一体、二体と倒していくと、あちらも俺の意図を察してくれた様で、俺が攻撃に行った場合、違うウルフに攻撃を仕掛けてくれた。おかげで狩りやすくなった。
そうして、遂にこの場に現れた二十体以上のウルフ全てを倒しきった。
周囲を伺うがこれ以上の増援はなさそうだ。剣を収め、後から来てくれたパーティの下に足を進めた。
「助力、感謝する」
最初に声を掛けてくれた、パーティリーダーと思われる男に頭を下げて、礼を言う。
侮られるのは冒険者として恥だが、礼を失するのも恥だ。助けられたのに礼の一つも言わないなど、今後の活動に悪評が立つ。‥‥そもそも打算抜きで助けられた以上、礼を言うのは当然の事だ。
「いいさ。それにしてもお前、見ない顔だな?」
男は俺の謝意を受け取ってすぐに、俺の顔を見てそう言った。
「今日冒険者になったばかりだからな」
「なに!? 今日なったばかりであんな戦いを!?」
あんな戦い? 少し傷を負う羽目になったが、そこまで酷いものではなかったと思いたい。だが、余人から見れば無駄もあったかも知れない。いや、そもそも傷を負ったことが酷い戦いだった証拠だろう。今は治っているとはいえ、左腕に牙を突き立てられるなど、早々やるべきではない。今回はウルフで牙に毒を持っていなかったが、毒がある個体もいるかも知れない。そんな場合、一噛みされただけで、毒で死ぬ可能性もある。今後を見越すと、盾でも用意しておく方がいいか。
「おい、お前。これやったの‥‥‥‥お前か?」
パーティリーダーの男がボスウルフの頭を持って来て、俺に聞く。
「そうだ。中々強かったぞ、危うく左腕を失うところだった」
頭と胴体は完全に両断しているため、再び動き出すことはない。最後まで勇敢に戦った好敵手としてお前の事は忘れないぞ、ボスウルフ。
胸に手を当て、哀悼の意を示す。
さて、これ以上ここに留まる必要性はない。さっさと帰還するか。
「では、俺はここで引き上げる。失礼する」
「あ、おい!」
俺は足早にその場をその場を離れた。
side ガレス
行っちまいやがった。
今日冒険者になったという奇妙な男は足早にこの地を去っていった。
しかし、本当に今日冒険者になった奴がこんだけの事をやったとはにわかには信じられない。
俺達が来た時、ウルフに周囲を囲まれた冒険者が一人、という状況だった。冒険者は周囲をウルフに囲まれ、このままだと、まずいと思った。だから急ぎ駆けつけ助けた。
俺が盾となり彼を守り、その間にミーナに治療させ、その間、レンジャーであるウェスタ―の弓矢と魔法使いのベリルの魔法で足止めをする。そして、治療が済んだら、即座撤退と考えていた。
だが、怪我が治ったと同時に恐ろしい速度でウルフに詰め寄り、即座に仕留めた。首を刎ね飛ばし、胴体を斬り裂き、ウルフを狩っていく。
ウェスタ―とベリルは困惑していた。矢と魔法が飛び交う中、彼は一切の恐れも躊躇もなく駆けていく。そんな最中このまま続けていいのか、それとも邪魔になるから止めるべきか、目線で訴えてきた。そんな中、彼は攻撃の手が弱くなったことで、こちらに視線を向けてきた。そして、こちらの状況を見て、左手と視線で、自身の向かう方向と逆を示していた。指示を出していた。
俺達はその指示に即座に従っていた。ウェスタ―もベリルも彼の進行方向と逆側にいるウルフに攻撃をしていた。その攻撃はウルフを仕留めるには至らないが、けん制となり、彼の背後へ攻撃を防いでいた。
その後も彼は一人でウルフを倒し尽くした。そして、この場にいた生きたウルフはいなくなった。
「なんだよ、ありゃ‥‥」
「天才、と言うのかな。ああいうのを‥‥」
「将来の英雄かもよ」
思わずつぶやく俺に、ウェスタ―とベリルが被せてきた。
俺達も冒険者やって5年が経つ。同じ村から飛び出したここまでやって来た。今年からは妹のミーナが加わったことで、前衛でタンク役の俺とレンジャーであるウェスタ―と魔法使いであるベリルが後衛から牽制とダメージディーラーとして、ミーナがヒーラーをやることで万全だと思っていた。
だが、俺達上を目指すにはどうしても足りない者があった。エースと呼べる存在だ。
彼に声を掛けてみるか、ダメで元々だし。