俺だって
【登場人物】
宮迫 予久
174cm 61kg
自身の問いに対する選択肢を導き出し、その答えまでも導く異能、《ゴッドノウズ》を使う少年。
便利な能力ではあるが、自身の能力に悩まされることもしばしば。
その能力のせいか、他人に興味を持つことなく育ってきており、交友関係はかなり狭い。
泉沢 未散
149cm 39kg
B/W/H 83(E)/55/84
予久の幼馴染で天真爛漫な天才スプリンター。
騒がしくも予久と一番長く付き合ってきた腐れ縁もあるが、少し仲が拗れている。
宮近七実
152cm 39kg
B/W/H 91(G)/58/86
未散より前に知り合った予久の幼馴染。
超が付くお嬢様で、昔は屋敷を抜け出しては予久に会いに行っていた。
予久とは将来を誓った間柄ではあるが何やら秘密があるようで…?
天川詩織
155cm 41kg
B/W/H 89(F)/59/87
誰も詳細は知らず謎に包まれている少女。
予久が何かを感じ取ったようだが…?
桟道 凌太
175cm 62kg
中学時代から予久と未散と付き合いがある陸上部員。
交友関係が狭い予久の数少ない親友。
鹿目 美月
153cm 41kg
B/W/H 84(E)/57/87
凌太と幼馴染で予久と未散とは中学時代からの付き合いがある吹奏学部部員。
学園の理事長の孫で金持ちではあるが、あまりそういった雰囲気はなく凌太たちとバカをやって同じ学園に進学した。
ここ最近未散とは何かとすれ違うことが多い。
いや、元々すれ違っていたのだ。
それを誤魔化してきただけで今はメッキがはがれたという表現が正しい。
それでも特段仲が悪いという事は無く、それなりにうまくやっていると思う。
それなのに……
(この胸のつっかえは何なんだろうな)
休日、本来ならゲームをしたり本を読んだりするところなんだろうが、何をやっても集中できない。
結局朝からベッドに転がって未散の事ばかり考えていた。
「そういや未散、今日は記録会があるって言ってたな……」
見に行こうかと思ったが、未散にどう言葉をかけたらいいか分からないでいた俺は結局家に留まることにした。
(今までこんな事なかったよな)
初夏の暑さのせいか汗ばんできて、少々気持ち悪いが着替える気にもならない。
身体が鉛のように重く、思考も鈍重でまるでやる気が起きない。
(数年前まではもっと気持ちのいい汗をかいていたんだよな……)
未散と凌太と走って、くたくたになって帰宅して……帰りの自販機で飲むジュースがうまくて……それで楽しかったんだ。
それなのに何で今はこんなに妙な気持ちなんだろうか……。
未散の事でこんなに悩むのは初めてで戸惑っているのかもしれない。
「未散の事が好きなのか?」
声に出して自問自答をしてみる。
何度考えても好きには好きなんだ。
それでも異性としてなのか、今の関係を崩してでもなのか。
俺にはその判断がつかなかった。
『それでも、それは予久のワガママ、逃げではなくて?』
七実の言葉を今になって思い出す。
俺は未散から逃げている。
そして未散の好意に甘えているんだ。
未散だって本当は言いたいこと、やりたいことがあるのに未散が待っていてくれているのをいいことに俺はそれに甘えている。
「そんなこと分かってるよ……」
下唇を噛み締めて天井に言葉を吐き捨てる。
何もならないことは分かっている。
それでもやるせないこの気持ちをどこに吐き出したらいいのか分からないでいた。
「………未散もこんな気持ちなのかな」
そうやって悩んでいる中でも未散は走ってる。
ぶつけられるものがあるからいいのかもしれない。
それでも、それでも……
「もう俺にそんなものは無いんだよ……」
知ろうと思えばゴッドノウズで全てが分かってしまう。
無意識にこの力に頼ってしまう事だってある。
それでも長年使ってきたこの力を使わずにはいられない人間になっていた。
そしてこの力が俺をこうも無気力にさせているのかもしれない。
「便利だと思ってたんだけどな」
全ての事が分かる。
最適解を導き出せる人生はとても平坦で、平和で……退屈だ。
だからこそ、そんなレールから抜け出したくて俺は能力を無視して走って……ケガをしたのかもしれない。
「バカか俺は……」
すべて分かっても過去を変えることは出来ない。
今の俺を変える事すら叶わない。
己の無力さに打ちひしがれて俺は枕に顔を埋めた。
気が付けば日が傾いて、心地のいい春の風が窓の隙間から吹き込んでいた。
春の陽気を乗せた爽やかな風とは対照的に俺のシャツは汗で濡れ、気分も沈んでいた。
「喉乾いたな……」
それでも生理現象だけは起こるもので、飲物を取りに一階の冷蔵庫に向かうため身体を起こす。
そんな時だった、玄関のインターホンが鳴り、寝起きの頭に響く。
「ったくなんだよ……」
気怠い体を動かし、階段を下りて玄関に向かう。
扉を開けるとそこにいたのは
「よっ、暇してるか?」
「………凌太か」
玄関の前に立っていたのは制服姿の凌太だった。
記録会を終えてそのまま来たのか、少し汗臭い。
「なんだよそのげんなりとした顔は。俺じゃあ不満か?」
「不満じゃないけどさ。ただ疲れてるんだよ」
「なんだ。せっかく帰りついでに遊びに誘おうかと思ったんだけどな。やめとくか?」
「いや、ちょうどいい。久々にあそこ行こう」
汗ばんだシャツを着替え、凌太と家を出ていく。
中学の時は凌太ともよく遊んだもので、未散抜きで男だけの時にしかできないスケベな会話もしたものだ。
家からすぐの橋、聖竜橋の下には穏やかな流れで川が流れており、初夏のこの季節には虫と川のせせらぎが心地いい。
俺たちは川辺まで降りると腰を降ろして川を眺める。
夕陽に煌めきながらも穏やかな流れの川は見ていて落ち着く。
向こう岸までそう遠くはなく、石を投げれば軽く届きそうだ。
「予久、覚えてるか? ここでお前と泉沢と走ってたの」
「覚えてるよ。日が暮れるまで走って、汗を流したことも」
「忘れるわけないか。まだ数年前の話だもんな」
そりゃそうだ、と言わんばかりに笑い飛ばす凌太。
「で、何で今日はわざわざ俺を誘ったんだ?」
「あ? 遊びに行きたいって言っただろ? ま、予定とは違って野郎2人でこんなところに来ちまったけどな」
「それならメールでいい。……聞き方を変えるか。何でわざわざ俺の家まで来た?」
確かに凌太の家から俺の家は遠くないし、帰りついでに寄ろうと思えばそこまで苦ではない。
それでもわざわざ確認も取らずにいきなり来るのは理由があるはずだ。
だが、そんな些細な疑問も俺にとっては何の障壁にもなってはくれない。
無意識に『力』を使ってしまうからだ。
「大方俺が逃げないようにするため、だろ」
「そういうところ、本当に勘がいいっていうか頭回るよな、お前」
「凌太が単純すぎるだけだ」
「ははは! 違いねぇ」
違う、本当の俺は勘がいいわけでもなければ、頭の回転がいいわけでもない。
ゴッドノウズが無ければこんな単純な心理も分からない空っぽな人間なんだよ……。
だが、決してゴッドノウズの事を悟られまいと平静を装う。
「で、何の用なんだ?」
「そうだな……」
先程とは打って変わって真剣味が増す凌太。
重々しい雰囲気ではなく、凌太自身も迷っているようだった。
「別にな、お前を責めるわけじゃねぇよ? でもな、ここのところ泉沢が部活でも暗くてな。今日の記録会でも好成績の割には浮かねぇ顔してたしよ。なんかあったか?」
「何かあったかと言えば俺のせいなのは確実なんだけどさ……」
未散の恋心も知っている凌太相手だからこそ、包み隠さず話す。
凌太も俺を責めるでもなく、未散の味方をするでもなく相槌を打って話を聞いてくれる。
「なるほど、若いねぇ。青春っていうか若者特有の悩みだな」
「凌太だって同い年だろ……」
「ははは、それもそっか。で、お前はどうしたいんだよ」
「どうしたいって……俺は未散と今のままでいたいよ。また誰かと離れるのは嫌だ……」
「宮近さんも離れたくて離れたわけじゃない、って言っても頭では理解できてるよな」
「そこなんだよ。頭では理解できてるんだ」
凌太は適当に小石を拾い上げて川に放り込むと小さな水しぶきと波紋を広げるがすぐに収まってなだらかな流れに飲み込まれる。
「まっ、案外大したことはないかもしれねぇけどな」
「大したことはない?」
「泉沢に万が一フラれたって、お前の想いが届いたって変わんねぇってことだよ」
「そっ、そんなこと無いだろ! 俺だって未散の事真剣に考えてるから…!」
「違う違う」
俺の言葉を遮るように凌太は掌を俺の口の前に持ってくる。
「そういう意味じゃないって言うかさ。あー、こういう時頭わりぃと言葉出てこねぇな。要するにあれだ、肩の力抜けよってこと」
「普通にしてるつもりだけど……」
「気持ちのまま泉沢とぶつかってみてもいいんじゃねぇのか? ほら、あんまり考え過ぎても逆効果っていうかさ。それにフラれても何とかなるもんだ」
「はぁ……お前はいいよな。鹿目さんとは仲良くやるだけで友人関係のままなんだからさ」
俺も凌太に倣って小石を適当に拾い上げて川に投げ込むと、波紋を作ることなく存外跳ねていくが向こう岸正面で沈んでいく。
惜しい……。
「順調ってばかりでもねぇさ」
「凌太と鹿目さんが? 毎日バカ騒ぎしてるのに?」
「ははは、そう見えるか?」
「そうにしか見えん」
「そうかもしれねぇなぁ。でもさ俺、美月の事好きなんだよ」
「……今でもか?」
「今でも、昔から、ずっとだ」
今日初めて憂い気な表情を見せた凌太は立ち上がって、小石を拾い上げる。
下手投げで小石を投げて水切りを行うが、川からはみ出た石に当たって砕けてしまう。
「いわゆる当たって砕けろってやつだな」
そう茶化すように笑う凌太だが……
「鹿目さんの事本気で好きなのか?」
「まあ、な」
「どんなところが好きなんだ?」
「おっぱい」
「……地獄に落ちろこのクズ!!」
「おっ、落ち着けって!! 誰もおっぱいだけとは言ってないし、お前だっておっぱい好きだろ!」
「そりゃあ、そうだけどさ。……じゃあ質問を変える。なんで鹿目さんを好きになったんだ?」
「恥ずかしいこと聞くなぁ。でもまあ、そうだな。ここまで来たら話さないとフェアじゃねぇな。ちと長くなるけどいいか?」
再び腰を降ろした凌太は少しずつ鹿目さんとの出会いを話すのだった
今回もお読みいただきありがとうございます。
いつもふざけてばかりの人間が意外と大人だったりするものですね……。