クラスメイトへ
「おはよー、花」
学年が変わり、最初の登校の日。私が学校の玄関で靴を変えていると学友の坂口菫が挨拶をしてくれたので私も返します。
「おはようございます、菫」
「いやー、いよいよ高校二年が始まるねぇ」
「そうですね」
「あれ? 花はワクワクしないの? 高校二年生だよ? 高校という青春のど真ん中だよ?」
「青春、と言われましてもピンとこないんですよね。私にとって学生は勉強をするもの、ですので」
「お堅いなー、花は。まあ、だからこその高嶺の花、なのかもね」
「むっ。その呼び方はやめてください」
「なんでー、いいじゃーん。常に学年トップの頭脳、体育の成績は常に最高。まさに文武両道とはこのこと。そして、なんといっても、その美貌!! 黒髪ロングの清楚美少女そのもの!! よっ、我が学園の宝!!」
右手をマイクに見立て、大衆演説のように語り出した菫。
「もー!! やめてください!!」
「釣れないなー、花は。まあでもせっかくの高校生活、恋の一つや二つしたほうがいいと思うけどなあ」
「もうその話はいいですから。ほら、クラス掲示のところへ来ましたよ。見ましょう?」
「へいへい。えーっと、お、私は二組だ。花は?」
「えっと、あ!! 私も二組です!!」
「お、ほんと!! やったね!! また一緒だ!!」
「はい!!」
そうなのです。菫とは去年も同じクラスでした。そのおかげでこんな風に仲良くなれたのです。
それにしても、菫とまた同じクラスになれるとは。なんだか今年は良い一年になりそうです。
「お? 見て見て花。学園一のイケメンと名高い笹野くんも同じクラスみたいだよ」
「あ、本当ですね」
「彼なら花に釣り合うんじゃない? 狙っちゃう?」
「もー、その話はいいですから!! ほら、教室に行きますよ?」
懲りずに同じ話をする菫を引っ張りながら私は自分の教室へと向かいます。
私だって恋に興味がないわけではありません。いつか運命の男性と出会うのを夢見ることだってあります。でも、私は実はこれまでちゃんと男性と話したり遊んだらしたことがないのです。その理由は、
「高嶺さん、おはようございます!! 今日もお綺麗ですね!!」
「高嶺さん、鞄お持ちしましょうか?」
「高嶺さんの席はこちらです!! どうぞどうぞ!!」
今私は自分のクラスへとやってきました。そしてこのような状況に陥っています。皆さんの善意はありがたいのですが、さすがにそんなに話しかけられると対応できません。
「さすが花だね」
「感心してないで助けてください!!」
「はいはーい。ほら男子、あっち行け!! 花が困ってるでしょ!!」
菫はいつもこんな風に助けてくれます。今日はちょっと意地悪でしたが。
とまあ、こういった理由で私はまともに男性と接することはできません。私は聖徳太子ではないので。
「おはよう、高嶺さん」
「おはようございます、笹野君」
教室の入り口付近でなんやかんやしていると、先ほど話題にも出ていた笹野君が教室へとやってきました。笹野君とは去年委員会が同じだったので顔見知り程度ではありました。
「相変わらず人気者みたいだね。高嶺さんは」
「いえいえそんな」
「過剰な謙遜は争いを招くよ。いっそ堂々とした方がいいかもよ? 僕みたいにさ」
そう言って、前髪をたくし上げる笹野君。どこかで黄色い歓声があがりました。
「じゃあ、僕は自分の席へ行くことにするよ。一年間よろしくね、高嶺さん」
「ええ、こちらこそ」
それだけを残して笹野君は去っていかれました。
「はあ、あいも変わらずイケメンだね。まあナルシスト感は拭えないけど」
「こら、そんなことを言うものではありませんよ?」
「すみません」
「わかればいいのです」
「まあ、でも今まででも結構長く話せたんじゃないの? 男子と」
「え? 言われてみれば確かに。それなりに長く話せたと思います。なぜでしょう?」
「ふん、そんなの笹野君が花に釣り合うイケメンだからでしょ?
さっきも美男美女カップルって感じで近付き難い雰囲気があったわよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ、そうよ。どう? 笹野君狙ってみる?」
「だから菫はすぐそういう」
ざわざわ。
「ん? なんか廊下の方がざわついてるね」
「みたいですね。どうしたのでしょう?」
廊下にいる人たちの視線は皆同じ方向を向いているようでした。その方向に目を向けるとそこには、
「うわ、何あのイケメン。転校生?」
一人の男性がいらっしゃいました。菫のいう通り、かなり整った顔立ちをされています。でも、私にはどこかで見覚えがある顔のように思いました。
「おはよう、坂口さん、高嶺さん」
その男性は私たちがいる教室の入り口までやってきてそう言いました。あれ? やっぱり知り合いなのでしょうか? でも誰だかやっぱり分からないので聞いてみることにします。
「えっと、すみません、あなたは?」
「ああ、ごめん。まだ自己紹介をしていなかったね。僕は二人と同じ二年二組の最上空、って言います。一年間よろしく」
そう言って最上君は手を差し出してきました。握手ということでしょうか? 男性の手を触るのは初めてなので緊張しますが、やはり出された以上しなければ礼儀に欠けますよね? 恐る恐るその手を握ろうとすると、
バシッ!!
最上君の手が強く叩かれました。
「いくらイケメンだからって花と手を握るのは禁止だよ、ベイベー」
「ベイベー?」
犯人は菫です。菫の訳の分からない言い分に最上君も困惑しているようでした。
この感じだと最上君とは初対面ということで良いのでしょうか? どこかで会ったかもしないこともないのですが。
「まあ、とにかく一年間よろしくね、二人とも」
菫に叩かれた手をさすりながら、最上君は再び言います。
「よろしく!!」
「よろしくお願いします」
これが最上君との出会い、というよりは再会、ですかね。
この時は、まだ私と彼はただの"クラスメイト"。