3 再会からの居酒屋
予約したのに予約できてませんでした
やっちんこと、柳に連れて来られた居酒屋は何処と無く隠れ家のような店内だった。
木の暖かみというか、内装にこだわりを感じる。
藤間達は個室に案内された。
「はえー、こんな店があったなんて世界はまだまだ広いってやつだな」
藤間が間の抜けた声で漏らした
「気に入ってもらえてよかったです。居酒屋って結構騒がしい雰囲気ですけど、ここは丁度いい感じで好きなんですよ。」
なるほど。そう言われると、どことなく客層も上品に見えてきたぞ!と藤間は納得した。
「で、先輩は今、漫画を描いてるんですか?」
目を輝かせながら柳が聞いてきた。
ぎくり。
痛いところを突かれた。
「お、お、おう!!ったりめえよ!!」
吃りつつも返答。
描いていないのだ。
「先輩の漫画早く読みたいなあ。漫画家にも先輩ならすぐになれますって!」
と、漫画家のお墨付きを貰ってしまったのだが、
買い被り過ぎだ、やっちん…
俺は漫画なんて…
最近ペンすら握っていないんだよ…
つまり、描いていないのだ。
「ま、まあ、俺にも色々準備があってだな…」
「そうですか…楽しみにしてます!」
「お、おう…とりあえず飲んで食おうぜ…!」
「そうですね!」
話している最中に、卓がいつの間にか注文のメニューで埋まっていたので急いでがっついた。
なんだ、このバターコーン、とうもろこしの甘みが半端じゃないな!
こっちの黒枝豆なんか絶品じゃねえかっ!!
こうして、藤間達は居酒屋とは思えないクオリティの料理の数々に舌鼓を打った。
藤間のお腹は満たされたのだ。
あれから、滞在2時間ぐらいになっただろうか。
柳が堰を切ったように口を開いた。
「しぇんぱいはぁ~じぶんのぉ、すごしゃにきじゅいてなぁい」
ダメだ、この子潰れてる。
この2時間の間、漫画談義が白熱し過ぎて、それに比例してお酒の量が進んだ進んだ。
主に柳千尋の。
「ちょ…ちょっと、その辺にしとかないかい?柳さん?」
「柳ぃしゃあん!?なんでぇ、そんな他人行儀ぃなんすかあ!いつもどおりぃ、やっちんて呼んでくらはいよお~」
顔が近い!
後、酒臭い!
「先輩はあ…ひっく…先輩が思ってるよりスゴい人らんすよお…その事をじぇんじぇん分かってらあい!」
「やっちんみたいな奴に評価されるのは嬉しいけどさ…過大評価だよ…マジで」
バンッ!!
柳が急に卓を叩いて立ち上がった
「なんなんすか!!さっきから聞いていれば、自分なんかとか、過大評価だとかぁ!!」
「お、おう?」
柳に圧倒される藤間
「僕はあの時、先輩のお…!藤間さんのひと言に背中を押されて漫画家になる事ができたんれふよ!!」
ちょっと待て、俺は何かやっちんに影響を与えるようなキーパーソン的なアレだったのか?
記憶にございません。
「その顔は覚えてませんね。」
柳の顔つきが真面目になった。
「僕がまだ書店員だった頃、先輩と飲みに行った事があるんですけど…それは覚えてますか?」
「お、おう!あの時の事は覚えてるよ!」
「あの時、僕は色々悩んでて…具体的には漫画の事で行き詰まってて…」
「…相談に乗ってやったやつだな」
「はい。あの時、先輩に言われたひと言に感動して…僕はまた頑張ろうって思えたんですよ!!」
柳の目にはいつの間にか涙が溜まっていた。
「スランプなんて言葉はプロになってから使え。お前はまだスタート地点にすら立っていないんだから、とにかくがむしゃらに描けばいいだろ。お前には伸び代しかないんだから、スランプって言葉に逃げるなよ。悔しいか?だったら、脳みそ擦りきれるまで使って描けよ!お前の夢だろ。スランプごときで諦めるのか。」
そう言い終えた柳はぼろぼろと泣き崩れた。
「…それは俺が言ったのか?」
「うわあああん!!!!!先輩覚えてないんですかあああぁぁ!!!!」
「い、いや、そんなはずないだろ!!お、覚えてるに決まってる!!」
すまん、覚えてない。
飲み過ぎて二日酔いで次の日の勤務が鬼しんどかったのは覚えているが。
「しかし…」
そんな恥ずかしい事を言っていたのか、この俺は…
やだ、お酒怖い。
「だから、先輩も頑張ってください!!あんな漫画の世界でしか聞けないような名言がさらっと出てくる先輩なら絶対なれます!漫画家!」
…さらっとディスってるのか?やっちん
でも、そこまで言われると悪い気はしない。
「お、おう!そうか?」
「そうですよ!!その、意気ですよ!!」
「そ、そうか?そうか!わははは」
「閉店まで飲みましょう!!とことん語りましょう!!」
「よっしゃあああ!!!!店員さん!!!生ビール2つ!!」
こうして、漫画家と漫画家志望の熱い夜は更けていった。
完結分も一緒に上げます