1 遅刻からのバイト
「ぜぇ…ぜぇ…すっ…す…すんませんでしたあ…っ!!!!」
藤間はすごく綺麗な角度で素早くお辞儀をして謝罪をした。
「はあ…困るよお…藤間くん。君、この間も寝坊で遅刻してたよねえ…ちゃんと睡眠とってるの?」
藤間を見ながら呆れた顔をしているのは社員の平塚という男であり、先程の電話の声の主も彼だ。
「いえ~、それは…もう…ぐっすりと」
「君ねえ…」
平塚は少し語気を荒らげた。
「ひっ!すんません!!アラームいくつかセットしてたんですけど、鳴る度に全部止めちゃってて…ぜぇ…ぜぇ…」
「はー…。まあ、分からなくもないけどね、これが毎回続くようでは困るよ。今日とか新刊多くて大変だったんだからね…」
「ほんとに申し訳ありません!!以後気を付けますので!!」
「はあ…もう、分かったから。とりあえずレジ入って」
呆れ顔の平塚は近くにあった書籍をいくつか手に持ち、売り場に消えていった。
「すいません!!遅くなりました!!レジ代わります!!」
作業着に着替えた藤間は急いでレジに向かい、そこで業務をしていたスタッフの1人に謝罪をした。
「ふぅぅじぃぃまぁぁぁぁ~!!また社長出勤かあ?ったくいいご身分だよなあ?今日の新刊の棚だし、誰かさんが居なかったせいで結構ハードだったんだけどよお、何か言うことねえの?あ?」
先程までレジ業務をしていた女性スタッフが藤間に近づくなり高圧的な態度で接してきた。
かなりドスのきいた低音ボイスから察するに、新刊が大量に入ってきてなかなか地獄だった事が伺える。
彼女の名前は「三由麻希」
男勝りな口調だがれっきとした女性である。
黒のミディアムショートで、白いメッシュが特徴的な、いかにもロックしてますな感じの女の子だ。
「ほんっと!すんません!!」
「いや、お前のほんっと、すんません!!とか聞き飽きたわwww今日のは貸しにしといてやっから、今度飯奢れよ?はっはっは!!」
高笑いをしながら藤間の背中を2、3バシバシと叩いた三由は休憩行ってくるわ!と元気にレジを後にした。
相変わらず感情の起伏が激しい人だぜロッキンガール
「痛てぇ…」
先程、三由に叩かれた背中をさすりながら藤間はレジに入った。
「いらっしゃいませー」
ピッピッ…
ふー。ここでようやく、オレの自己紹介ができるな、諸君。
オレの名前は藤間当麻
…え?知ってる?
…言った覚えねえんだけど、まあ、いいや
「カバーお付けしますかー?」
突然だがオレには野望…というか、夢がある!!
何を隠そう、漫画家である!!
…それも、聞いた?え?マジで?
むむむ。
エスパーか?
…エスパーか?
「○○円お預かりします。少々お待ちください」
そこまで察しのいい、君ならもう分かってるかもしれんが…
君だよ!!これ見てるキ・ミ!!
そうそうお前な。
メタとかいうツッコミはいいから、いいから。
オレは書店員のバイトをしている
担当はコミック部門だ。
漫画に囲まれた現場で働くことによって インスピレーション?的なのが湧いてきそうな気がしたからだ。
まあ、色々とネタに使えそうなのはあるから退屈はしていない。
とっとと面白い作品を描いてヒットさせて夢の印税ライフ、これが目標ね。
「○○円お預かりしましたので、○○円のお返しです。ありがとうございました。またお越しくださいませ。」
ふっ…そうなったらこんなやりたくもねて接客業なんてとっとと辞めて毎日遊んで暮らしてやるぜ
おっと…オレとした事が地の文でべらべら語っちまったぜ…ふふっ
「…い。」
ん?
「おい。」
氷のように冷たく、恐ろしく低いハスキーボイスが藤間の背中に突き刺さった
声がした後ろの方を振り返ると、すぐ目の前に見知った顔があった。
「おい!!聞いてんのか、藤間!!」
「ひっ!!」
ドスのきいた声と、どアップのコンボで藤間は声にならない悲鳴をあげた。
「さっきから、何、レジでニヤついてんだよ。ほんっとに気持ち悪りぃなお前」
休憩からあがったばかりの三由麻希がそこに立っていた。
「ロ、ロッ…ロロロロ…ロッキンガールぅぅぅ!!!!」
「誰がロッキンガールだ、誰が。ぶち殺すぞ。休憩からあがったから、レジ交代しに来てやったんだが?それともあれか?休憩返上で働くおつもりですか?遅刻野郎。」
三由の目がかつてないほどギラついている。
「ひっ…い、いりますぅぅぅ!!!」
知らない間にもうそんな時間になっていたのか。
やらかした罪悪感からか、仕事で取り戻そうと集中していたので時間の経過が驚くほど早く感じた。
「で、では行ってまいります!!」
「おう、敬礼とかどうでもいいから、とっとと行けや」
そう言うと、三由は手をヒラヒラとさせて、敬礼をしていた藤間に向かってシッシッと追い払うようなジェスチャーをした
オレは犬か何かか?
…とりあえず休憩だワン!