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私は貴方に堕ちている  作者: Lily
2/5

後編

「お二人共、息ぴったりなダンスで会場にいる方達を虜にしていますね」


 彼の言葉が耳にこびり付く。ちらりと見えた髪色で判断をするのは早いのかもしれない。

 だけど……シルバーの髪は、ハリントン公爵家の血を引いてる者にしか現れないのだ。


(そんな。アマリリス様のことを……? やっぱり私といるより楽しい?)


 ショックで固まってしまった私を見て、了承したと思ったのかロンバルン伯爵子息は手の甲にキスを落とす。


 触れられたところからゾワリと全身に鳥肌が立った。


「ほら、行きましょう?」

「えっあっ」


 離して! とは大声で言えず、掴まれた手を引っ込めようとするが力では勝てなくて振りほどけない。


 力いっぱい引き抜こうとしたら爪を立てられ、つぅっと手首から血が滴り落ちて鮮血が地面を彩った。


「失礼しました。強く握りすぎたようですね。手当をするために近くの部屋に行きましょう」


 全く気持ちのこもっていない謝罪の言葉。ロンバルン伯爵子息は方向転換をする。その先にあるのはこの部屋の出入口だ。


 彼の思惑に気が付いた私は真っ青になる。本格的にまずい。外に出てしまったら大変なことになる。


「だっ大丈夫です。これくらいなんともありません。手当など必要ないですわ」

「本当に?」

「……っ!」


 再び強く掴まれて顔を顰めたのを確認し、強引にホールの外へと彼は私を連れ出す。


「いやっ誰かっ」


 外に出た私は大声で叫ぶが近くの部屋に押し込められ、直ぐに扉は閉ざされてしまう。


「シャーロット嬢が一人でいてくれて助かりましたよ。私、貴方のことがとっても好きなんです。お慕いしてます。だからね、貴女を私のものにしたいんですよ」


 舐め回す視線が気持ち悪く、逃げたくても脚がすくんで動かない。


 怖い。何故私は一人になってしまったのだろう。今更ながらに後悔し、涙が溢れてくる。


「あぁ貴方の泣いてる姿も可愛らしい」


 恍惚そのものの表情でうっとりと私のことを見ている。


「貴方、おかしいわ! 狂ってる! 変人! 気持ち悪い! 嫌っ! 来ないでっ」


 へたりこんでしまった私は後ろに後退するが、掴まれた手がそれを許さない。


「無駄ですよだってここには誰も来ませんから。私とあなた二人っきりです」


 イヤイヤと頭を振りながら手を解こうとしても、先程のように逆効果にしかならない。


 私は令嬢として貶められてしまうのだろうか。そしたらもうエドの傍にはいられない。そう思っただけで胸が締め付けられ、ポロポロと涙が留めなく溢れてくる。


(助……けて……エド)


 そんな時だ。いつも聞き慣れた声が聞こえたのは。


 バンっと強引に扉が開き、中にある人が入ってきた。


「ねえ僕の婚約者であるロティに何をしようとしてるの?」

「エ……ド……?」


 涙でぼやける視界の中でエドがこちらに近づいてくる。


「な、なぜだ。ここは誰も入れないはず」

「残念だったね。僕がロティから目を離すわけないだろう? この御礼は後でたっぷりとさせてもらうよ。取り敢えず貴様の汚い手はシャーロットから離れろ」


 そう言ってエドはひと蹴りして子息を気絶させた。


(弱……すぎ? いや、エドが強いのかしら)


 舌を出しながら伸びている。死んでないか不安になるが、多分生きているだろう。


「ロティ大丈夫? 遅くなってごめんね」

「………」


 何も言えず、ポロポロそのまま涙を流していると彼はぎゅうっと私のことを優しく包み込んでくれた。


「ロティ何か言って?」

「エ……ド……」

「ん?」


 私は震えながら彼の首に手を回し、肩に顔を埋める。


「助けて……くれてありがとう。怖かっ……た」


 それを聞いたエドは落ち着かせるように私の頭を優しく撫でる。


「どういたしまして。でもね僕、シャーロットにも怒ってるんだよ」

「えっ」


 突然の告白に驚くが、そりゃあそうだろう。婚約者以外の異性と他の部屋に入るなど怒るに決まっている。


 エドは私を備え付けられたベッドに押し倒し、手首を掴む。と言ってもロンバルン伯爵子息とは違って、包み込むような掴み方だ。


「ねえ、何で僕の傍から離れてあまつさえあんな奴に捕まってるの?」

「それはっそのっ」

「それに……手から血が出てるしさ」


 彼の手が血の跡をなぞる。そうして指に付着した血をぺろりと舐めた。


「だって……だって!」

「何?」


 いつもの彼からは想像できない冷たい眼差しに私は全てを吐露してしまう。


「エドは私の事婚約者としか見てないんでしょう? アマリリア様のことが好きなのでしょう? 私のことなんてどうでもいいんじゃないの!!!」


 言ってしまうともう止まらない。堰を切ったように感情が溢れてくる。


「何でそうなるの?」

「だって……貴方は私には笑いかけてくれないじゃない! いつもいつも本ばかり読んで私の話なんてちっとも真面目に聞いてくれないのに。アマリリア様には笑いかけてっ! 悲しかった」


 そこで一旦区切る。彼は驚いているらしく目を見開いている。


「こんな……貴方にとってはどうでもいい存在なんだって何度も思わされる度に……勝手に傷ついて……惨めになるのはもう嫌なの!」

「…………アマリリア嬢には何の感情も抱いてないよ。僕が好きなのはシャーロット、君だよ」

「……嘘よ! 信じないわ!」

「本当だって」


 だったら私に笑いかけてくれてもいいじゃないか。言われただけでは信じられなくて、首を横にブンブン振る。


「どう説明したら信じてもらえるの?」

「何を言っても信じないわ」

「じゃあもういいよ」


 エドは私の手首を離す。ほら、直ぐに諦めるじゃないか。これで信じられるわけがないと思った次の瞬間、彼の顔が近付いてきて唇に柔らかな触感が落ちる。


 口づけだとわかった時には私は真っ赤になってしまい、彼は私の唇から彼の唇に移った紅を舐めていた。


「説明は信じないって言ったから行動で示したけど……ねえこれで分かった? 僕が慕っているのはシャーロット、君だよ」

「……本当に?」

「本当本当。信じてくれないなら、信じてくれるまで君の唇を奪うよ」


 いつものエドらしくない言葉だったが、宣言通り、再び彼が近づいてきて心臓がもたないと思った私は直ぐに降参した。


「信じますっ! 信じますから!」

「……つまんないの」

「つまらなくて結構です!」


 それでも近づいて来たエドを止めるように手で彼の唇を塞ぐと不満げな表情をした後、私の手を再び取った。


「で、この傷はなに?」

「それは……強く引っ張られた時に爪がくい込んで」

「ふーんこいつが、()()シャーロットに? 傷を?」


 誤魔化しては行けないと直感が働き、本当のことをそのまま伝えると、人を殺せそうな視線を気絶しているロンバルン伯爵子息に送る。


 いつもはのほほんっと何処か抜けているような感じなのに、今の彼は全身から吹雪が吹いているような感じだ。


「お〜やってるねエドヴィン」

「──消えてください。元はと言えば貴方のせいだ」

「怖っその視線で人殺せるって」


 突然呑気な声が廊下から聞こえてきてそちらを見ると、王子殿下がいつの間にか部屋の中に入ってきて、気絶している子息の頬をつついていた。


 いつの間にか涙が止まり、真っ赤から復活した私は殿下の感想に共感し首を大きく縦に振る。


(やっぱり他の人から見ても今のエドは怖いわよね!)


「やあ、シャーロット嬢。君と話したことは無いけどエドからよく話を聞くよ」

「そうなのですか?」

「うんうん。如何に婚約者が可愛いかって惚気けてる」


 可笑しそうに笑いながら殿下はエドを指さす。


(婚約者って……私よね? ということはつまり私が可愛いって話をしてる?)


 それは初耳だ。目を見開きながらエドを見ると顔を微かに赤くしていた。


「こいつさ、他の人には笑えるのに婚約者の前だと笑えないって前言ってたけど、シャーロット嬢知ってる?」

「それは……知りませんでした。私に笑いかけてくれないのは私のことなんてどうでもいい存在だからだと思ってたので」


 そう思っていたから、理由を尋ねたことも無い。


「違う違う、こいつ君のこと好きで好きで堪らないのに婚約者を目の前にすると笑えないんだって」

「……そうなの?」


 再びエドに視線を送ると彼はこくりと頷く。


「ロティと一緒にいると何故か笑えなくて。でも君は何も言ってこないから大丈夫なのかなと」


 恥じらっているのか、視線を合わせようとはせずに地面を見ている。


「それに、本をずっと読んでたのは……他の人と会話中は怒られるけどロティは許してくれてたから。だから僕は甘えていたんだ。ロティなら大丈夫だって」

「貴方が本を好きなのは小さい頃からだから……当たり前のことだと思っていたし」


 いつからだろう。彼が私の話を本を読みながら聞いていることを不満に思ったのは。

 確かアマリリア様との噂や私が彼の婚約者にふさわしくないと聞いてしまった時からだ。


「じゃあアマリリア様との噂は?」

「噂? 何それ」


 彼はキョトンとしている。もしや、知らないのだろうか。結構広まっているのに。


「貴方とアマリリア様は相思相愛で私は邪魔者っていう話」


 私の言葉に反応したのは殿下だった。


「何それっ?! アマリリアは僕の()!」

「……アマリリア嬢は殿下の所有物ではないです」


 冷静にツッコミを入れるエドを見ながら、自分の中にあった王子殿下のイメージがガラガラと崩れていく。


(殿下って冷静沈着で平等な方だと思っていたのに、アマリリア様のことになると……)


 失礼だが、ちょっと引いてしまう。


「ロティ、アマリリア嬢は殿下が慕っている方なんだよ。まだ公になってないが、彼女は殿下の婚約者に内定している」

「ということは……全部私の早とちり……?」


 呆然とする。つまり私は勝手にもやもやして、勝手に決めつけて、勝手に彼らが相思相愛だと思って悲しんでたことになる。


「……だから? 今日、ロティがおかしかったのって」

「そうよ。私、婚約破棄されるのかって……。貴方にドレスのこと聞いても何も答えてくれなかったし」

「それは……君ならなんでも似合うし可愛い」


 言いつつエドは耳まで赤くする。


「そうじゃないのよ! デビュタントは婚約者の色又は好きな色を纏う人が多いから!」

「そうなの?」

「そうよ。周りの人言ってなかった?」

「んーなんか言ってた気もするけど……」


 やはり彼は彼だった。


 ここで抜けてる部分が出てくるのか。大方本を読んでいて話を真面目に聞いていなかったのだろう。


「えっとそういう話は帰ってやってくれる僕がここにいるんだけど〜」

「あっ失礼しました」


 すっかり殿下の存在を忘れていた私は慌てて殿下を見る。


「んーと取り敢えず君たちの誤解は解けたってことでいい?」

「はい」

「なら良かった。じゃあ、こいつどうする?」


 殿下が指さしたのは未だに気絶しているロンバルン伯爵子息。私は先程のことを思い出して背筋に悪寒が走る。


「牢屋行き、もしくは幽閉」


 即座にエドは答える。


「牢屋行きか〜。んー未遂は収監できないかも……。というか、エドが決める訳じゃないんだけど」


 渋る殿下を見て、エドは何やら思いついたらしい。私をソファに座らせて、気絶している子息の所持品を漁り始めた。


「あっ殿下、こいつの懐からアマリリア嬢の写真が」


 どうやら目当てのものが見つかったらしい。一枚の写真を殿下に見せる。


「は? 死刑、極刑」

「豹変しすぎですよ。ロティが怯えてるので止めてください」

「シャーロット嬢ごめんね。怯えないでね? 婚約者がいる令嬢を貶めようとした罪で取り敢えず牢屋にぶち込もう。話はそれからだ」


 衛兵〜っと殿下が呼ぶと衛兵が直ぐに駆けつけ、そのままロンバルン伯爵子息は引きづられながら連れていかれた。


「それじゃあ僕はアマリリアの写真を持っていた後始末──ゴホンッ行くね」


 ……咳で誤魔化したようにしていますが誤魔化しきれていません。と思いながら殿下を見送る。


 殿下と話したのは初めてだが、アマリリア様に対する執着がすごいと思ってしまったことを記憶から抹消する。


(私は何も見ていない、絶対に見ていない。王子殿下は素晴らしい人)


 暗示をかけ終わってからエドに声をかける。


「戻りましょうか……疲れたわ」

「んーそうだね、でもちょっと待って」

「どうかしたの?」


 この部屋には私たち二人しかいない。婚約者同士なのだからいても大丈夫だけど、流石にそろそろ戻らないとお母様達まで心配をかけさせてしまう。


 それに今日は色々あって疲れてしまった。そう思って提案したのだが、エドにはまだ何か用事があるらしい。


 何かを言おうとしては止める。その動作を何度か行った後、エドは恥ずかしそうにしながら咳払いをして言葉を発した。


「シャーロット、僕は君のことが好きだよ。ずっとずっと今までもこれからも僕はロティのことが好きだ。だから……これからも一緒に生きていきたい」


 柔らかな、赤面した笑顔と共にそう言いきったエド。


 私は心から湧き出てくる嬉しさと幸せを伴って最高の笑みをつくり、彼に抱きつきながら耳元でこう答える。


「私も、エドのこと大好きよ! それに……出会った瞬間から貴方に堕ちているの」

閲覧ありがとうございました。


余談ですがアマリリアの写真が出てきたのは偶然ではありません。何かあったら殿下(という名の権力)を巻き込もうと考え、エドヴィンが持っていた物です。

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