リェージェ
ブルゥ・デスティニイに続き、グラブゼルの中の話です。大学の様な自治機能を備えていて、全てを学生が管理する1つの街を形成しています。これ、半分は作者が実体験した中学がモデルになっています。ビックリして!
講堂の教壇の前に陣取って、明後日の春の生徒総会の準備を視ていた。ここグラヴゼルでは、半期に1度の春と秋の生徒総会で、以降の学生生活の全てが審議され決定する。
学校の運営そのものが学生本人によってされているからだったが、もしも、この生徒総会で議決されなければ、小委員会の開催も成されず、期限が来れば食事1つ出来なくなるのだった。
「アウル!」
呼ばれて顔を上げると、学生会の役員スタファ・ロウェルが入り口の所でこちらへ手を挙げている。
私が顔を上げたのを視て此方へやってくる。
「準備は順調の様ですね?!」
「うん。問題ない。夏までに後継に申し送りをしておいてくれ、君も今年は卒業するんだろう?!」
言うと、少し寂しげな溜息をついた。
「はい。大学にも目鼻が付きましたんで。俺の後はアレン・カーライツに託します。貴方も来年には出られるんでしょう?!」
「アレン…か…」
「あれ?!目をかけておられたでしょう?!」
「まぁ…な」
言うと、ふんふんと頷きながら言う。
「そうですね。カーライツ伯爵の継嗣ですからね。王権としては、バランスを崩す恐れが有るわけだ」
「だから、私の意志は差し挟まないよ。君に任せる」
「了解です」
「ついでにここも任せる。代わってくれ」
「あ…はい。アウル!オックスフォードですか?!」
「うん。近いうちに行ってくる」
振り返るとスタファは、もう壇上の設営に声を飛ばしていた。
シェネリンデ国立の聖グラヴゼルは、他の欧州の古い学校の分に漏れず、設立の当初は神学校だった。その為、全寮制の男子校で9歳~18歳の学生が、特殊なシステムの元に、しのぎを削っている。
自治議会が有り、執行部が存在する。授業や、入学、卒業式に始まるイベントや、寮の運営、オブザーバー付きではあるものの、資金面の運営にも学生が携わる。
全ては推薦と選挙で選出される学生会の下に、各部門の議会が有り、講義を担当する学生の講師任命の決定も行う。
無論教師陣は存在するし、講義も行われる。が、あくまでも教育が彼等の本分で、学校の運営にはオブザーバーとしての参加になる。
グラヴゼルが1つの街を形成していて、日々の食事から校舎の維持管理までが、学生の手によるので、学生はそのまま社会に出て、類似の職に就く者が多かった。
「…では、次の議題は提出の要望書に沿うものとして決定しました」
見違えるように落ち着いた司会進行は、半年前の舞台袖の「泣き虫アレン」の面影も無い。雲泥の差だった。
…何故あの時、手を出してしまったものかと、後悔が過った。
殻を破れずにもがいて居るのを見かねた。
救ってやりたいだけだった。
舞い降りたもう1人の天使だと…
見捨てられたと思わせたくなくて。
たった1度の成功が、アレンを蘇らせた。
魔法にかかっていた王子が、金色の靄の中で、本来の姿に立ち戻るように。
小さすぎた背が、子供子供していた顔が、幼かったもの言いが、危なっかしく、ふわふわと落ち着かなかった印象でさえ、まるで変わった。
見下ろしていた視線が並び、1年の間に頭1つ、追いつかれてしまった。
気が付けばアレンの瞳が私を追って居た。
彼にとってはさも有ろう、私に寄って彼は彼の欲するものを手に入れた。
見詰められると、私の凍てついた心臓が、とくん…と、拍動を打つのを感じていた。
恐ろしい勢いで惹かれ始めて、ようやく彼の延べられた手をとりかかって居る自分に気が付いた。
そう…彼は、この国の双璧の一方、カーライツの継子であり、何れ、兄の義弟になる者だった。
共に有りたいと願えばこの国を捨てねばならない。
私だけでは無い。
彼に全てを捨てさせることになる。
この先、私が彼に与えるものは無く、奪うばかりになってしまう。
蒼いサファイアは賦与の宝石。
エメラルドは争うものだと。
私の中の彼への想いが、募れば募るほど、共に有るのが辛くなるだろう。
これは、なすべき事か?
否。
「では、議長。総括を」
アレンの声が、私に成すべき事を果たせと促す。
「例年のことでは有るが、春の生徒総会は、秋に別れる最上級生への餞でも有る。在校生は心して半期を送るように」
「以上だ。春の生徒総会の終了を宣言する!」
生徒総会の終了後、イギリスへと旅立った。
留学の準備をするためだったが、アレンとの距離を測る目的でも有った。
インタ-ナショナル・バカロレアは取得済みだった。旅の目的は果たしたが、フランスの郷里にも寄ることにした。
例によって、ローランサンの店で着替えをして、リェージェの自宅を訪ねた。
6年前、死に場所を探して彷徨っていた私を救い、命の縁を結んでくれた、2人目の父だった。
何時もの優しいリェージェが、私を出迎えてくれた。
「お帰り、ブランシュ」
「ただいま。父様」
「蒼い薔薇の様だね。よく似合う」
今回のローランサンの着替えは、青みがかったモーブのシルクシフォンで仕立てて有った。今回もダークグレーのピンストライプのスーツで、来てしまって、娼館を営むリェージェの自宅に出入りするのに都合が悪かったのだ。
「こんな形が似合うのは、この髪のせいだよ」
事件の後、その罪を忘れずに居る為の鎖にと、髪を切らずにいた。背に垂らした髪が触れる度、何時も心が戒める。お前は罪人だと。
「切りに来たと言う訳だ」
苦笑いするしか無かった。
彼の言う、定められた相手に出会った事を、見抜かれていた。
「父様。切ってくれない?!大丈夫、死ぬなんて言わないから」
「そう言うもの言いは好かないと言わなかったか?!」
咎めていてさえこんなに優しい。
銀のトレイを取り出すと、刺繍の入ったリネンのチーフを敷き、細い髪切り鋏を置いた。
私を鏡台の前に座らせると結んでいた髪を解き梳る。
ぷっ…と、最初の1房に鋏を入れた音がした。
必要は有ったが、思い付きのように切り始めた髪が、取りようによってはリェージェとの絆をも切ってしまう様な気がしていた。
「私は何時までも、君に父様と呼ばれたいな。君がどこへ行こうと、何に成ろうとも」
私の危惧を読み取って、今度もこうして縁を結んでくれる。彼によって私はこの世に、生きて居られる。
アレンの再生に手を初めたのなら、放り出してはならない。
「有り難う」
「君は私の娘だろう?!ブランシュ」
頷いて、涙が零れかけた。
「もう1人の、まだ小さな息子だと思う事にするよ。父様がこうして私に愛情を、注いでくれることに倣って」
「…今は、それでも…もう1人の息子?!」
こんなに驚いたリェージェの顔を見たのは始めてだった。
「あの…父様。孫が出来たんだよ。5歳になる」
クスクス笑う私に、少し眉を寄せて咎めた。
「からかうのは止しなさい。何?!養子を迎えたと言う事か?!」
「私の子だよ。よく似ている」
顛末を話すと、目を見張ったまま溜息をついた。
「君は全く。とんでもないな。何という人生の中に居るんだろう」
「でも、君のお陰で、私は子供と、孫までにも恵まれた。有り得ないことなのに、信じられないよ」
喜んでくれるとは思わなかった。
「なら、今度連れてくるよ」
「ややこしい事になるぞ」
それはそうだ、説明の仕様が無い。
「仕方ないよ。真実だもの」
2人で笑った。
お読み頂き有り難う御座いました。
今では考えられない位、中学生は大人だったんですよ~。スタファの様な生徒会役員は、実在してましたの。




