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本当に、出会ったのがスポンジで良かったと思う。
リンゴが行き倒れるまでの過程は、あまり気分のよいものではなかったから。
どちらかと言うと胸糞だった。
リンゴは、この世界に無理矢理召喚させられた人間だ。
そう、異世界からこちらの世界の、他の大陸にある人間達の国へ召喚させられた一人だった。
他にも召喚させられた人間はいた。
リンゴの本名も、本来は別にある。
彼が行き倒れるまでの過程。
それは、追放、追い出しといわれるものだ。
彼とそのほかの、一緒にこちらへ召喚された者達は、この世界の他の大陸にある人間達の国でこう言われた。
『魔族を滅ぼしてくれ、勇者達』、と。
そのために、異世界からこちらの世界へ召喚したのだと。
神様の力を借りて、世界に平和をもたらすために召喚したのだと。
そして世界に平和を取り戻してくれ、と。
そんな、嘘のような本当の話。
そんな、作り話のような実話。
リンゴは、それに巻き込まれた。
自分の意思とは無関係に、巻き込まれて、望まない冒険の旅に出ることになった。
そして、裏切られ、棄てられた。
こんな状況だ、それでも元の世界に帰りたいとリンゴは望んでいたし、他の、一緒に召喚された者たちもそうだろうと思っていた。
しかし、それは違った。
リンゴ以外の者は帰郷することを考えていなかったのだ。
この世界で、悪い魔族を打倒して世界を平和に導く、それももちろん目的の一つだった。
だが、リンゴ以外の者達全員が、それぞれ何かしらの野望を胸に秘めていることがわかったのだ。
ある者は、この世界に来る時に与えられたチートを使って、俺TUEEEEをするのだと叫び。
ある者は、見目麗しく可憐な少女を侍らすのだ、と意気込み。
またある者は、さっさと面倒な仕事である魔族討伐を終わらせて、田舎でのんびりと隠居しつつ農業をするのだと夢を馳せていた。
そう、誰も元の世界に、家に帰ろうとは考えてすらいなかったのだ。
無理矢理、連れてこられたこの世界で成功するのだと疑っていなかった。
それが、当時のリンゴにはなんだか奇妙な光景に映った。
でも、それは、個々の意見であり、その人達がこちらの世界を終の住処と考えているのなら、奇妙に感じたものの別に否定するようなことでもなかったし、また否定する意思すらリンゴにはなかった。
だと言うのに、誰かがリンゴに問いかけた。
『君は、この魔族討伐が終わったらどうするの?』
と。
まるでもう勝ちが決まっているような発言に、やっぱりリンゴは奇妙に思いながら、自分の考えを口にした。
『元の世界に、家に帰るよ』
と。
そこからが、なんというか凄かった。
どう凄かったのかと言うと、リンゴの考え、その意見の全否定が始まったのだ。
それは魔族討伐の旅が開始されてからも続き、やがて集団いじめへとエスカレートしていった。
多数の意見に賛同出来なければ、仲間じゃない、とばかりにリンゴはその存在を無視され、否定された。
そして、それは一緒に旅していた仲間の一人がとある魔法を修得したことにより、現在へと繋がることになる。
それは、強制転移の魔法だった。
最初の試し打ちのために選ばれたのは、跳梁跋扈する魔物ではなくリンゴだった。
リンゴは嫌だと言った。
こんなの間違ってるとも、言った。
しかし、考えの違う人間は輪を壊すから、場を乱すから、この旅のパーティから追放するのだと言われた。
これは、みんなの意見を否定した罰も兼ねているのだと。
今更、謝っても遅いのだ、と楽しそうにその者達は言った。
かくして、リンゴは水も食料も没収され、着の身着のまま荒野へと放り出されたのだった。
腹ぺこで、喉も乾いて。
でも、それを得る方法なんてまるで知らなくて、彼は行倒れた。
絶望したし、もう誰も信じるものかと思った。
でも、世界は意外とリンゴに優しかった。
「はい、スポンジ君、アーン」
テーブルの上にポヨンと鎮座していたスライムのスポンジに、デザートのアイスをスプーンで掬って食べさせる。
「アーン」
スポンジは、素直に口を開け、真っ白なアイスの冷たさと甘味を味わう。
リンゴとスポンジがいるのは、温泉がある街の一角に店を構える甘味処だった。
甘味処ではあるが、軽食もメニューにあったので宿に向かう前にここで一休みしようと言うことになったのである。
「美味しい?」
「うん! おいしーい!
僕だけだと、いっつも丸呑みになっちゃって、こうやって少しずつ食べられないから、ありがとうリンゴー」
「いいよいいよ、気にしないで」
丸呑みしてたのか、と内心ぎょっとしつつもリンゴはちょっと前までだと、考えも出来なかったこんななんでもない時間を過ごせることを、とても有難く感じていた。
正直、スポンジはリンゴにとって命の恩人なので、こんなことでは恩返しにもならないのが残念だ。
もっと役に立てたら良いのに、とも思うが、なにしろこの世界に来てそれなりに時間が経ったものの、まだ右も左も分からないのが現状である。
「それに、ドラゴンさんと別れてからずっとひとりだったから、こうやって誰かとご飯食べるのって久しぶりなんだよねー。
リンゴと一緒だと、ご飯もデザートも美味しいねー」
全然照れもせず、こう言われては悪い気はしない。
「うん、それは俺もだよ。スポンジ君と一緒にご飯食べられて楽しいし、前より美味しく感じるよ」
嘘ではなかった。
むしろ、真実その通りだった。
スポンジは、リンゴのことを否定しなかったし、むしろ力になってくれるように気遣っている素振りがある。
まさかまた、こんな優しい時間を過ごせるなんて思ってなかった。
だから、ついつい考えてしまう。願ってしまう。
もう少しだけ、この優しくて幸せな時間が続きますように、と。