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優しいスライム  作者: アッサムてー
1/7

 「ねーねー、君、大丈夫ー?」


 荒野のど真ん中、あと少し行けば水場がある。

 そんな場所で、どうやら行き倒れてしまったらしい魔族にそのスライムは声をかけた。

 たぶん、魔族だ。背格好からして少年だろう。

 黄色と白が混ざったような肌、しかし鱗で覆われているわけでも、また皮膚が硬い訳でも無い。

 ニンゲンという種族に比較的近い形をしているから、きっと高位魔族だろうと思われた。

 声をかけたのは、先述したとおりゼリー状の生き物。

 ほかの種族からは【スライム】と呼ばれている生き物だ。

 手足がなく、プルンプルンとした肉体をもつスライムは、ぴょんぴょんと行き倒れている、魔族のまわりを跳ねながら様子を見る。

 やがて――、


 「み、みず」


 そんな声がスライムに届いた。


 「お水ー? 飲みたいのー?

 ちょっとまっててねー」


 そう声を掛けると、スライムは水場までぴょんぴょんと跳ねながら向かい、流れている川に口をつけて水を吸い込むと、またぴょんぴょんと跳ねながら行き倒れていたその存在の元へ戻ってきた。


 「うーん、口を開けてくれよー。飲ませられないよー」


 スライムは言うが、しかし反応はない。

 ぴょんぴょんと跳ねるのをやめて、スライムは呟いた。


 「仕方ないなー」


 スライムはその存在の口元に近づいて、間抜けに開いていた隙間からその体を滑り込ませると、口の中に綺麗に収まってしまった。


 「じゃあ、だすよー。

 しっかり飲んでねー」


 口の中でスライムは言って、自分の体の中に汲んだ水を勢いよく放出させた。

 口が一気に開いて、スライムが余った水と一緒に外へ押し出される。

 そして、


 「げほっ!? がはっ! ごほごほっ!!」


 そんな咳き込む音が聞こえた。

 結果的に吐き出される形になったスライムは、ボヨンボヨンと跳ねて転がってしまう。


 「な、みずっ?!

 鼻、鼻に入った!

 いたいっ、けど懐かしいな、この痛さ」


 ゲホゲホと咳き込みつつも、なんとか魔族の意識は回復したのかそんなことを呟いた。


 「あ、気づいたねー。大丈夫ー?」


 「へ? す、スライム?!」


 「そうだよー、お水美味しかったー?」


 無邪気な声で、そのスライムは言ってくる。


 「君、魔族でしょー?

 どうして、こんなところにいるのー?」


 「ま、まぞく? 違う、俺はニンゲンで、って、そうじゃなくて、え、なんでスライムが喋って?

 つーか、ここ、どこ?」


 荒野のただ中で、ニンゲンと口走った少年は呆然とするしか無かった。




 たった一人荒野の中で行き倒れていた少年は、すぐに自分が空腹だと気づく。

 それに気づいたのは、スライムも同じだった。

 何故なら、少年の腹の虫が鳴いたからだ。


 「お腹減ってるのー? あっちに果物あったけど持ってこようか?」


 「え、お願いしたいけど、どうやって」

  

 「どうやってって、さっきみたいにして口移し?」


 スライムの言葉に少年の顔が青くなった。

 そして、


 「あ、場所を教えてくれれば、自分で取りに行く!」


 そう早口でまくし立てた。


 「そう? じゃあ着いてきてー」


 スライムは言うと、ぴょんぴょんと跳ねながら少年を先導する。


 「そう言えば、君、名前は?」


 少年が、少し迷惑な方法とはいえ水を与えてくれたスライムに尋ねる。


 「名前ー? 無いよー。無くてもとくに困らないしー」


 「そっか。えっと、じゃあスライム君? でいいのかな?」


 「好きに呼んで良いよー」


 「じゃあ、スライム君。君はこの辺に住んでるスライムなの?」


 「ううん、違うよー。本当はもっと遠くに住んでたんだけどー、いろいろあって旅行してるんだー」


 「り、旅行?」


 「そ、旅行だよー」


 スライムが答えると同時に、少年はその場所にたどり着いた。


 「はい、ここだよ。あそこの木の実とかなら君でも食べられるはずだよー。あ、そうだ、でも、【あれるぎい】持ちとかじゃないよね?

 大丈夫だよね?

 時々、全身が痒くなったり息をするのが大変になったりする人がいるらしいんだけど、君は大丈夫ー?」


 スライムに言われて少年は、示された木々を見る。

 そこには赤い果実が生っていた。

 パッと見は、リンゴのように見える。


 「う、うん、大丈夫、のはず」


 「そっかー、よかったー」


 そして、少年はスライムが見ている前で、そのリンゴのような果実を見上げる。

 とりあえず、近くにある木に登ろうとして、落っこちた。


 「ありゃりゃ、君、大丈夫ー?」


 スライムはそう声をかける。


 「う、うん、でもどうしよう? これじゃ食べられない」


 と、少年が足元にあった少し大きめの石に気づき、手にする。

 

 「?」


 スライムが不思議そうに見つめるなか、少年はそれを思いっきり果実に向かって投げた。

 空を切る音がして、弧を描きながら石は果実に向かって飛んでいき、思いっきり的を外した。

 そうして、何度か投げてみるがなかなか当たりにくい。

 見かねたスライムが、


 「疲れたでしょ、取ってきてあげるよー。

 ちょっと待っててねー」


 そう申し出た。


 「え、いや、いいよ」


 「遠慮しなくていいよー」


 いや遠慮とかではなく、また口移しされるのが嫌なのだが、しかしそんなことを少年が、馬鹿正直に言えるはずもなく。


 「いや、遠慮とかじゃなくて。えーと、その口移しはもういいかなって」


 「そう? じゃあ枝を揺らして落とせばいいよねー?」


 スライムは気にしたふうもなく、そう提案する。

 少年は、その提案にホッとしつつ了承した。

 スライムは、やはり地面と同じように木の幹に飛び移ると、ぴょんぴょん跳ねながら登り、やがて果実が生っている枝までやってくると、


 「じゃ、落とすよー」


 そう言って、枝の上で派手に飛び跳ね始めた。

 その揺れで、果物が次々に落ちていく。


 「おおー! すごいすごい! ありがとうスライム君!」


 少年はスライムにお礼を言って、落としてもらった果実を拾う。

 近くに流れている川で、落ちたことで果実についた土を簡単に洗い流す。


 「どういたしましてー」


 スライムがまた登った時と同じように、幹をぴょんぴょん跳ねながら降りてきた。

 そして、何個か果実を洗い終えた少年が、果実にかぶりついた。

 顎を使って、シャクシャクと果実を食べる。


 「リンゴだ」


 短い感想を口にした。


 「どう? おいしい? 魔族達の国に行った時は、この果物のジャムが売られていたよー。

 僕も食べたけど、とっても美味しかったんだー。甘くて、幸せの味って感じでねー」

 

 スライムが説明する横で、少年は相槌を打ちながら夢中でリンゴを食べた。

 一個目はあっという間に芯になって、二個目、三個目と手を伸ばす。

 やがて、満腹になった少年は腹を擦りながら、


 「はー、お腹いっぱい。ご馳走様でした。

 スライム君、ありがとう! とっても美味しかったよ!」


 「そう? よかったー。喜んでもらえてこっちも嬉しいなー。

 ありがとー」

 

 少年はそして、ごろん、と仰向けに寝転がった。


 「スライム君」


 「なーにー?」


 「スライム君は、旅行してるって言ったよね?」


 「うん、言ったよー」


 「あちこち行ったの?」


 「うん、いろんなところに行ったよ」


 「そっか。

 ねえ、スライム君」


 「なーにー?」


 「どうして、旅行しているの?」 


 「うーんとねー。僕が元々住んでいた場所に、何千年も生きたドラゴンさんがやってきてね。

 いろんな場所のお話を聞かせてもらったんだー。そしたら僕もあちこち行って見たくなってね。

 そのドラゴンさんにいろんなところ連れて行ってもらったんだー。

 この言葉もその時に覚えたんだよー。すごいでしょ!」


 「うん、すごい。おかげで俺は助かったし」


 「でも、君もすごいよねー、さっきの石、すごく速かったし。

 僕にも手と足があればなぁ」

 

 「あはは、それを褒められるとは思わなかった」


 結果には繋がらなかったけれど、それでもそうやって少年はフォローされるのは悪い気はしなかった。


 「そういえば、君はなんであんな所にいたのー?」


 スライムは気になったことを尋ねてみた。


 「…………」


 少年は、しばらくぼんやりと流れていく雲を見ていたが、やがて、答えた。


 「言いたくない」


 「そっかー、それなら仕方ないねー」


 少年はスライムの返答に、少しきょとんとしたあと、なにがそんなに面白かったのか、クスクスと笑ったあと


 「あー、うん、そうだね仕方ない。そう、仕方ない。

 なるようにしかならないんだし。

 ねえ、スライム君」


 少年はスライムの方に顔を向けた。


 「なーにー?」


 「魔族の国に俺を連れて行って、て頼んだら連れて行ってくれる?」


 「うん、いいよー!

 僕も、またジャムが食べたくなったしー、ドラゴンさんも言ってたけど、旅は道連れ世は情けってやつだよねー?」


 「おお、ほんと?

 嘘じゃない?」


 「???」


 スライムは疑問符を浮かべて、


 「なんで嘘をつかないといけないのー?

 嘘をついた方がよかったー?」


 そう返した。


 「ううん。嘘はつかれたくないかな。

 ありがとう、スライム君!

 でも、これから一緒に旅行するなら、名前で呼んだ方がいいかな?

 勝手に名前つけるのは、ダメだよね?」


 「いいよー、僕は気にしないから。君の好きなように呼んだらいいよー」


 「ありがとう、それじゃあ、あだ名だけどスポンジってのは?」


 「うん、良いんじゃないなぁ?

 ケーキみたいで、嫌いじゃないよー」


 そっちのスポンジではないのだが、スライム君ことスポンジは言葉のとおり気にしていないらしい。

 嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて、少年へ聞いた。


 「そう言えば、君の名前はなんていうのー?」


 「それこそ、スポンジ君。君がつけてくれないかな?

 新しいスタートってことでさ」


 「うん、いいよー。

 うーん、うーん、なにが良いかな?」


 「それこそスポンジ君の好きに呼んでくれていいよ」


 「うーん、うーん、あ、じゃあリンゴでいい?

 美味しそうに食べてたし」


 「女の子っぽいなぁ」


 「いや?」


 「ううん、嫌じゃないよ。じゃあ俺の名前はリンゴな。

 これからよろしくスポンジ君」


 「うん、よろしくねリンゴ」

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