予兆
またかなり時間が空いてしまいました…すみません…
カメラの向こうには昨日初めて知り合ったはずの藤崎さんが映っていた。
「あれ?藤崎さん?どうしたの?」
「あの…その…」
藤崎さんはうつむき加減で口をパクパクさせている。
続く言葉を待とうと思ったが、画面越しでは話が続かないと思い、家のの中へ案内することにした。
「ちょっと待ってて、今開けに行くから」
「はい…」
僕は急いで玄関まで行って鍵を開ける。
「突然どうしたの?」
「その…ちょっとお話したくて…」
「お話…?学校でもよかったのに」
「学校だとまた色々迷惑かけちゃうかなと思って…」
「別にそこまで気にしなくても…まぁいっか、立ち話もあれだし上がってくれる?」
「いいんですか…?すみません、お邪魔します…」
そう言って僕は藤崎さんをリビングまで通した。
「とりあえずそこのイス座って待っててね」
「あ、はい、わかりました…」
彼女はちょこんと浅く椅子に腰掛ける。
「麦茶で大丈夫?」
僕がそう聞くと小さく頷いたのでコップに麦茶を注いで前の机に置く。
「ありがとうございます…」
藤崎さんは消え入るようにそう答え、コップを口元に運び少量を飲み下した。
「それで…お話って?」
一旦落ち着いたところで僕が切り出すと彼女は正面に向き直り、深呼吸をしてから話し始める。
「その…昨日のことなんですけど…他言無用でお願いできますか…?檜山くんが言いふらすようなことをするとも思ってないんですけど…」
「うん、わかったよ。でも何か困り事とかあったら相談してね?できる限り力になるからさ」
「はい…わかりました…ありがとうございます…」
ここで藤崎さんはそのまましばらく黙っていたため、お昼休みのことを聞いてみることにした。
「あ、そうそう、今日のお昼休みの時のことなんだけど…」
「お昼休みですか…?はい」
「新城さんとは何かあったのかな?言いたくないなら言わなくてもいいけどちょっと気になって」
「新城さん…?あ、美來ちゃんがどうかしました?」
「みくるちゃん…?」
「はい…新城さんって新城美來ちゃんのことですよね?」
彼女はコテンと首を傾げて不思議そうな顔をする。
僕は聞きなれない名前に狼狽えつつも脳内の引き出しから新城さんのフルネームを引っ張り出して、なんとか答えることができた。
「う、うん、そうそう…」
「何かあったのか…でしたっけ?」
僕の一瞬の努力を知ってか知らずか彼女は改めて僕がした質問をを繰り返す。
「そう…」
「特に何もないですけど…強いて言うなら…小学校の時から同じ…っていうくらいです…かね?」
彼女は口元に手を当てて少し考える素振りをしてから僕の質問の答えを述べた。
「あ、そうだったんだ…」
「でも私、今日は美來ちゃんに会ってないですよ…?」
初めてもたらされた情報に内心驚いているとさらに驚きの情報を発する。
「あれ…?でも今日のお昼休みの時僕とは中庭で会ったよね…?」
「そうでしたっけ…?すいません…あんまり覚えてなくて…」
彼女はどうやら今日の昼の話を覚えていないらしい。
確かに会ったはずだが僕の勘違いだろうか…?
やや混乱してしまった僕はこの話について考えることを一旦保留にしてなんとか返事だけは返した。
「そっか…」
「はい…」
彼女は申し訳なさそうにしていて、僕も少し言葉に詰まってしまい、刹那ではあるが微妙な空気が流れたため、僕が新城さんと会ったことを話しておくことにした。
「今日僕はお昼休みに新城さんに会ったんだけど、その時藤崎さんのことを気にかけてるみたいだったからさ、今度声掛けてあげてくれる?」
「そうだったんですか…わかりました…次会った時にでも…」
彼女は微妙な顔をしつつなんとか平静を装っているのがわかったが、僕はそれに気付かないふりをして視線を外し、ふと時計を見やると午後7時半を回るところだった。
「あ、もうこんな時間か」
「あ、ほんとですね…」
「なんだかんだ1時間以上話し込んじゃったね」
「はい…すみません、そんな長居するつもりではなかったんですけど…」
「別に謝らなくてもいいよ、どうせやることも無かったしさ」
「私のわがままに付き合わせてしまったみたいで…」
「ううん、話してて楽しかったし、藤崎さんのことも少し知れたし、ありがとうね」
「いえ…こちらこそ…お付き合いいただきありがとうございました…」
彼女はその場でペコリとお辞儀をしてから玄関の方へ向かって行った。
「あ、よかったらご飯でも食べてく?」
「…いえ…すみません…弟と妹もいるので私が帰ってお夕飯の支度をしないといけなくて…」
僕が呼び止めると、彼女は少し迷う素振りをしたように見えたが、すぐに断られた。
まぁ知り合ったのが昨日の今日で夕飯でも一緒にっていうのはさすがにどうなんだろうと思い直して慌てて訂正する。
「あ、いや、ごめんね、変なこと言って…」
「あ、いえ、別に嫌って言うわけではないんですけど…その…またお誘いいただければ嬉しいです…」
彼女は俯きながらそう言った。
しばらくの沈黙の後、昨日の夜の事を思い出して、1つ提案する。
「そういえば昨日の夜、ガラの悪い人達を見かけたんだよね。ちょっと物騒だし家まで送って行くよ」
「あ…そうなんですか…じゃあお願いしてもいいですか…?」
「もちろん、女の子1人だと危ないからね」
「お、女の子…」
彼女はかなり小さな声で呟き、顔を背けてしまった。
「どうかした?」
「い、いえ…何も…」
「そう?ならいいんだけど…じゃあちょっと待っててね」
「は、はい…わかりました…」
僕は一度リビングの方へ戻り、ガスを止め、電気を消してまた玄関の方へ向かっていった。
時間にして約30秒、その間に彼女は姿を消していた。