日常と非日常2
あまりにも長くなってしまっていたので後半をさらに分割しました。
こちらは中編、加筆修正済みです。(2023/4/29)
そして午後の授業が終わり、放課後。
帰りは姫川さんと一緒になることはなかった。
それはそうだ。彼女には部活がある。
心のどこかで少し残念がっている自分がいたが、すぐにスイッチを切り替えた。
今日は朝からいつもと違うイベントが多く、すっかり調子が崩れてしまっていた。
しかし、それが別に嫌でもなかったし、どちらかと言えば楽しかったから、彼女感謝しなければいけないと思いつつ学校を後にした。
家に着き、課題を済ませた後、夕食の準備を始めるまで趣味に時間を割く。
両親はあまり家にいない。
二人とも仕事人間で、他に兄弟もいないので基本的に家では一人だ。
家族揃ってご飯を食べるのは月に一回あれば多い方。
それが寂しいと感じたのは小学生くらいの時までか。今となっては既に慣れている。
家には誰もいないので夕飯は僕が基本的に作る。それもだいたい自分一人分だ。
両親はほとんど外食で済ましてくるか、泊まり込みが多い。
一人夕飯を済ませたら、食後の運動がてら散歩に出かけるのが日課となっている。
手早く洗い物を終わらせ、必要最低限の物だけ持って出発だ。
夜の街は悪意が顕著に現れる。
正義の味方を気取る訳ではないが、自分にできることは、できるだけやりたいという気持ちはあるのだ。
たった一人が行動したところでたかが知れているし、それで良い結果がもたらされることは決して多くない。
しかし、やはり何もしないよりはいいだろう。元より自己満足だ。その行動が誰かを救うことに繋がったり、何かの転機となったりすれば儲けもの程度に考えている。
勇気…というには些か大袈裟だろうが、ただ見て見ぬふりをしたくないという自分の気持ちに正直になりたいだけだ。
時刻は午後8時。
この時間になると人通りが減ってくる。
大通りからもかなり外れているため、車のライトなどはほとんど無く、新月の日ということもあって街灯が点々と暗闇を照らしているのみだ。
そのせいか少しだけ、ほんの少しだけ空気がいつもと違うような気がした。
今日は普段通らないルートに足を運ぶことにしよう。
住宅街を抜け、夜の深い街へ。
寂れた居酒屋やBARの前を通り過ぎて行く。
裏路地に差し掛かるとまだ辛うじて散見されていた通行人が完全に途絶えた。
ぼんやり光る自動販売機が、明滅を繰り返す街灯が、進むのを拒んでいるようだったが、それでも足を止めることなく進んで行く。
しばらく進むと開けた道に出た。
そこには一見人が住んでいるようには思えないアパートがあった。
一部の部屋から光が漏れているところを見るとまだ人が住んでいるようだが、それがまた不気味な雰囲気を醸し出していた。
そのアパートをなんとなく眺めていると中から大きな物音と怒鳴り声が聞こえた。二階の角部屋からだろうか。
止めるべきかとも思ったがここで自分が行っても意味がないだろうと思い直し、警察に連絡することにした。
緊急性があるか自分では判断が出来ないため、相談専用の方にかける。
「もしもし、警察ですか?アパートから何かが壊れるような大きな物音と怒鳴り声と泣き声のようなものが聞こえたので連絡をさせていただいたのですが…」
『そうですか…わかりました。念の為様子を伺いに行きます。詳しい場所を教えてください』
「詳しい場所ですか…そうですね…」
なんと伝えたらいいものか逡巡し、周囲を見回してみると近くの電柱に住所が書いてあったのを確認し、そのまま伝えた。
警察は10分ほどしてから到着した。
その時にちょうど、先程と同じような物音と怒鳴り声が聞こえたため、僕が説明する間もなく音のした部屋へ向かっていく。
僕は遠目に、そこの住人と警察とのやり取りを見て、聞いていた。
住人は顔を赤くした中年くらいの男性だった。おそらく酔っているのだろう。
「お巡りさんがわざわざうちに何の用だ?」
「いやね、近所の方から大きな物音と怒鳴り声がするって通報があったので様子を見に来たんですよ」
「あぁ、それは娘が立て続けに皿を割るもんだからそれに怒ってただけだ。用はそれだけか?じゃあとっとと帰りな、俺も暇じゃないんだ、あんたらも暇じゃないだろ?こんな辺鄙なところに来てないで別の仕事をした方がいいんじゃないか?」
そう言って家の中に戻ろうとしたところで中から若い女性…女の子?が涙目で警察の元に駆け寄ってきて、何かを言おうとした。
「あの!お巡りさん!私…」
「お前は片付けをしてろ!」
言おうとしたところで父親がそれを遮って怒鳴りつけた。
その女性は一瞬で体を強ばらせ、小さな声で何かを言って部屋の奥へ引っこんだ。
しかし、彼女が一瞬ドアの外に目を向けた時にふと目が合った…ような気がした。
その後は男性と警察がしばらく話し合い、結果、定期的にパトロールに来る、ということになったようだ。
男性はそんな必要は無いと何度か食い下がっていたが、変に抵抗を見せたところで長引くだけと悟る程の冷静さは残っていたのだろうか。
そして話し終えた後、一応僕にも事情を聞いてきた。
夜の散歩だとは言ったが、警察官は少し訝しむような表情をしていた。
まぁ確かにこんな時間にこんな場所にいる不自然さはあるが、事実その通りで他に何もないのだから他に言いようはなかった。それに、まだ補導される時間でもないので、「早め帰りなさい」と軽く注意されるだけだった。
まだかろうじて人通りのある道まで警察官と一緒に出ていったところで別れた。