私がいなくても
地上30階の高層ビルの屋上に私は立っている。
空は晴れわたっている。
私が死んだとしても、私が居なかったとしても、なんの影響もないことは私の眼下に広がる世界が証明している。
空に一歩、また一歩と歩みを進める。
いままで生きてきていいことなんてなかった。
思い残すことはない、飛ぼう。
「幸せのお届けに参りました!」
私の歩みをその言葉が止める。私は振り返る。
そこには、小柄で、眉あたりまで前髪を伸ばす、作り笑いの苦手そうな青年がいた。
私は親近感を抱いた。
間に合った。また、死なせてしまうところだった。
僕の仕事は、幸せの格差を無くすことだ。
この春、僕はこの仕事についた。
当時僕は大学入試に失敗し、失意のどん底にいた。
手首から流れる血を眺め、自分で自分のことを苦しめ、明日に希望も持てずにいた。今もどうなのか分からないが、少なくともその当時は本当に辛かった。 僕の仕事に合わせて言うなら、「不幸」だった。
そんな時、僕がさっき言ったのと同じセリフを50代前半くらいの男性に言われた。その男性こそが僕が今の仕事に就く決め手となった人物だ。
彼は「お前を幸せにする。」と言い、居酒屋に毎晩のように連れて行き酒を飲んでいた。
最初の頃は彼の「ガハハ」と言う笑い声を煩わしく思い、彼の無理やりさを嫌に感じていたが、彼と笑っているうちに自分は失意の谷底から這い上がることができた。
話を戻そう。
この仕事に就いたはいいが、もともと要領の悪い僕は、持ち前の手際の悪さのせいで今までに2人自殺させてしまっている。このままでは僕は立つ瀬がない。だから、彼女が自殺するのを止められて僕はほっとした。
「何者ですか。もう、死んでもいいでしょう?」
白いワンピースを身にまとい、風に長い髪をなびかせる彼女はそう言った。
まるで感情のないような言い方だった。
「待ってください。あなたはまだ死ぬべきじゃない。」
心臓が早鐘を打つ。
僕の一言で、彼女は死んでしまうかもしれない。
会ったのが僕じゃなくて、ガハハと笑うあの人なら死なずにすむのに。
「なんの遊びですか。やめてくださいよ。大体私なんて救ってどうするんですか。なぜ、見ず知らずの私を救いたがるんですか。」
彼女はまるで笑うように話す。心ここに在らず、と言った感じだ。
彼女の問いは至極真っ当だと思う。僕もなぜか分からない。仕事だから?業務だから?
その時「もしここにあのガハハと笑うあの人がいたならなんて言うだろう?」
という問いが頭の中に湧き出た。
そして僕は言った。
「僕は、大切な人が亡くなって泣く人たちを見たくないからだ。」
彼ならこういうはずだ。
それを聞いた彼女は残念そうに、またどうでも良さそうに
「薄ら寒い正義を振りかざさないでください。次はもう出てこないでください。私を大切に思ってくれる人なんていないんですから。」と言った。
彼女はそう言い残して地上へと戻って言った。僕はヘナヘナとその場に座り込んだ。
あの人なら彼女を追うのだろうか。
1話だけ書いてから
まったく続きをかいてなかったやつです。
お楽しみください。