タイプ
「ちょっとしたことで嬉しかったりぃ、年中のイベントを指折り数えて待ったりぃ・・・」
希を恋愛させる会の話し合いは完全に停滞していた。
杏奈の強引さに、最初はいちいちツッコミを入れていた希はいつの間にかその気力をもなくして半目で腕を組んでいる。
「聞いてます?希さ~んっ。」
「はぁ。」
返事なのか、溜息なのか本人すらもわからない。もう、とむくれる杏奈には申し訳ないが、どれだけ何を言われても希が恋愛体質になることは今はありえない。
「希ちゃんは好きなタイプとか、どうなの?」
すぱっと話題を持ってきたのはメンバー内で一番のヤバい奴。
「タイプぅ?」
「はいはいはい!私はねぇ、優しくてちょっと影があってねーえ。」
「そんな人はいない!」
聞いてもいないのに、杏奈が幸せそうに語りだす。何故好きなタイプを聞かれただけでそんなに楽しそうにできるのか甚だ疑問だが、希は希なりに質問に答えようと努力した。
努力の結果は、
「よくわかんない・・・・。」
「またそれかよ。」
隼人に言われてぐさっとくる。恋愛に関してはわからないことだらけだ。別にわかろうとも思わないのだが、どんなことでもわからないことが多いというのはいい気がしない。
不貞腐れて唇を尖らせる希に、観月が質問を続けてくる。
「じゃあさ、嫌いなタイプは?」
「嫌いなタイプ?」
その質問は新鮮だった。好きな人のタイプというのは女子トークでは鉄板だが、嫌いな人のタイプをいちいち聞いたりはしない。だが、今の希にとってはそちらの方が悩まず答えられそうだった。
「・・・・・お調子者のくせに頭良くて、自分が目立つためなら誰か一人ぐらい傷つけたって平気、みたいに思ってる人とか?」
「具体的だね、なんかあった?」
なんかあったと思うならそんな気安く聞くなよ、と思うほどのトーンで尋ねてくる観月はスルーして、希は「とにかく」と話題を変えた。
「今まで会った男の中で良いと思ったことないの、本当嫌い。」
嘘じゃない。年齢一桁だったころのかわいい恋愛(とも言えないようなもの)はこの際カウントしてやることもないだろう。
希の頑なさに、杏奈はムンクの「叫び」みたいになった。
「わわわ。そんなこと言っちゃやーよ、希ぃ。」
「だってさ。」
杏奈に続けて加勢しようとしていた隼人を遮り、希は持論を口にする。
「おかしくない?友達より恋人優先、みたいな暗黙のルールって。『彼氏と~』ってなったら『しょうがないね~』とかさ。しかも、彼氏側もそれが当然みたいなあの生意気なカンジ!腹立つー。」
「良い感じに燃えてるね、希ちゃん。」
やれやれと首を振る観月の隣で、隼人も困ったように腕を組む。完全にささくれてしまった希には、杏奈が抱き着いて慰めた。
「希は友達大事主義だもんね~。そりゃ彼氏さんにとられちゃったら寂しいねぇ。」
「そうそう。そんで、みーんないつの間にか離れてくんだよね。」
「おい、泣くなよ?」
弱弱しくなっていく希の声に、隼人が不安そうに表情を歪める。別に泣く気はないが、このうるさい三人組に気遣われるのはなんだか悪い気はしない。もう少しだけ萎れていよう。
「どうせ私は独りだし。」
「そんなことない!」
杏奈が希の背中をバシバシ叩く。急なことにむせる希を他所に、杏奈は隼人と観月に向く。
「はい、希のこと好きな人挙手っ!」
「は~い。」
杏奈の突拍子もない問いかけにも、考え無しの観月は躊躇いなく右手を上げる。隼人は困惑していたが、杏奈に鋭く睨まれてしおしおと左手を上げた。
満面の笑みで、杏奈がくるりと希を振り返る。
「というわけで、私たちみ~んな希大好き!独りじゃないよ!」
「・・・・そりゃどうも。」
冷たく突き放すのも申し訳ないほどの杏奈の天真爛漫ぶりに、希も苦笑するしかない。
でも、
「うまく乗せたって、私は恋愛しないからね。」
今は、と胸中で続けて一つ伸びをする。
えーっ、と酷く残念がる杏奈にも満足しながら、希は優しく微笑んだ。




