いつ恋愛するの?
恋愛を渋る希に、杏奈は愛くるしい瞳に不満の色を浮かべながら小首を傾げる。
「希はどうして恋愛したくない訳ぇ?」
「今の私に必要ないから。」
お馴染みの返答に、杏奈がますますふくれ面になる。「可愛い」を具現化したような杏奈にその顔をされると、女の希でも結構弱い。
それを見て、口を挟んだのは隼人だった。この男、ノリとテンションで生きているように見せかけて、案外真髄を突いてくることがある。
「ノゾミは好きな人とかできたことないの。」
純粋な問いかけは、希の表情を微妙なものにした。答えにくい、と暗に言っている。
「・・・・正直、よくわかんない。」
「わかんないって?」
重ねて聞くのはお坊ちゃま育ちの観月。世間知らずと持ち前の天然さで時折恐ろしさを感じさせる男である。
希は全員から浴びせられる視線から逃れるように右斜め下を見つつ、ぼそっと答える。
「好きとかいうの、定義があやふやすぎてよくわかんない。」
「定義ときたかぁ。」
残念そうに呻く杏奈に希の態勢もやや萎れる。十八にもなって(あと数か月で十九だが)、そんなことを言っている自分がいきなり幼い気がしてしまう。恋愛が人生を語る全てなの?と、日頃思っている割にそこを突かれると痛いと思ってしまう自分がいる。
それでも、とにかく、
「好きになる、ならない以前に、恋愛が今の私には不必要!おわかり!?」
勢いでまくしたてた希に、杏奈も乗せられて熱くなる。
「わかんない!」
「わかれよ!」
ぶっきらぼうになる希を客観視していた隼人が、そこで再び口を挟んだ。
「今の私今の私って言ってるけど、じゃあ、いつかは恋愛したいわけか。」
「おお!」
希の薄い恋愛の影に気付いた杏奈が嬉しそうに食いつく。余計なことを言いやがって、と思うも希の言葉は確かに言外にそう言っているようなものだ。
そりゃ勿論、この先一切恋愛しないのかと聞かれればイエスとは言えない。そんな未来のことは未来の自分に聞いてくれ。
黙ってしまった希にもうひと押しと思ったらしい杏奈が、身を乗り出して説得しだす。
「いつかはいつかはって言ってると、恋愛したくなった時はもう手遅れになってるかもしれないんだよ?未来で恋愛したいなら、今から動き出さねば!アーユーオーケイ?」
杏奈の言い分はわかる。実際、そんな未来が今の自分からは想像しやすい。
ではここで杏奈たちに乗せられて恋愛を始めてみるか?
それは・・・・・・
「ノーウェイ!(とんでもない!)」
市川希を恋する乙女にするプロジェクト、前途多難。




