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FVR(VR Version3)誕生

 A社とB社の共同開発によって完成した新たなVRハード(以下V3)は、『本格的に仮想世界にダイブできる』と大々的に宣伝された。SF世界の技術がまた一つ、現実に誕生した瞬間だった。


 V3は初めて、人間の脳から発信される電気信号を全てデータに変換することに成功したハードだった。知覚・思考・記憶などを司る大脳皮質。情動の表出や生命維持・本能行動を司る大脳辺縁(へんえん)系。自律神経系を司る視床下部と、脳から出る末梢(まっしょう)神経系に属する脳神経。さらには運動神経と感覚神経を司る脊髄――これらから発信される膨大(ぼうだい)な情報を、瞬時に解析・変換することにより、PCプレイヤーキャラクターを文字通り、己の分身として、仮想世界内で自由自在に操作することができる。


 そしてPCが感じる五感も、ゲーム内であるにも関わらず、現実のものであるかのように感受することができる。炎に触れれば熱いし、攻撃を受ければダメージを負った部位に痛みを感じる。菓子の甘い香りや肉の焼ける匂いも、それらの味や食感も知覚できる。現実世界での感覚をデータの世界で通用させることが可能となったのだ。


 無論、脳内の信号に直接干渉するというハードの性質上、様々かつ厳重な安全対策も(ほどこ)された。V3の使用に年齢制限を設けたり、プレイ中は身体が不随になるため、横たわってのプレイを推奨(すいしょう)したのは勿論(もちろん)のことだが、仮にVRハードが頭から外れたり、故意に外されたりした場合、即座に脳からの信号が肉体に伝わるように設計された。また、大脳皮質以外の脳信号も完全なリンクを避け、ゲーム内で感覚をフルに楽しめて、けれども身体の機能に支障をきたさない程度に出力が抑えられた。これにより自律神経の失調を抑えられ、舌によって気道が塞がり、プレイ中に窒息するようなこともなかった。

 さらに生理現象による身体の都合――便意や尿意など――も認知することが可能となった。ただ一つだけ、『VRゲームをプレイしているユーザーの意識はどうなっているのか』という謎だけは、直にシュレーディンガーの猫を見ているかのように解決できなかった。ハードが外れれば電源が落ちて、その後何事もなく活動するし、プレイ中は側から見れば、単に横たわって寝ているように見えるからだ。


 VRハードの開発はB社の技術提供によって急激な進化を遂げた。Bは、凍結していた意思・感情伝達機器とパワーアシストスーツの技術を応用し、アバターにプレイヤーの意識と感覚を憑依(ひょうい)させた。開発においては当たり前のように、様々な困難や課題に直面した。脳や脊髄といった、人体の最重要器官にダイレクトに干渉するため、先述したような安全面でのテストを執拗(しつよう)なほどに何度も実行せねばならなかった。V3の販売日は、V2の販売日からかなりの間が空いてしまったが、これは開発が難航したからというより、数えきれないほどの検証に時間を費やしたり、その都度(つど)、安全機能を増設したからという面が強かった。


 V3以降、本格的なVRは『Full(フル)fledged(フレッジド) Virtual(バーチャル) Reality(リアリティ)』、省略してFVRと名付けられ、通常のVRと区別がなされた。誤解されがちだが、Fは『Full-dive(フルダイブ)』のFではなく、『本格的な』を意味する『Full-fledged』の略である。


 V3の発表会見では、多くのユーザーが、FVRが現実世界に誕生したことを心から祝福した。心からV3を楽しみにしていた者もいたが、ほとんどは、やっと新ハードが発売されたか、という疲弊が入り混じった感情も同時に抱いていた。

 というのも、A社の前世代ハードであるV2は、確かに大ヒットはしたものの、後に大きな欠点が発覚したため、多くのユーザーがV2に小さく落胆した。別にハード自体には何ら欠陥はなかった。問題はハードの仕様と、使用方法から発生する副次的なものだった。


 超高性能HMDヘッドマウントディスプレイとして活用されたV2は、その取り回しのよさや、テレビがなくても据置(すえおき)ハードゲームをプレイできるという利便性から、多くの人々に重宝された。だがハードの性質上、プレイヤーの目の前には、超至近距離で画面が展開された状態になり、しかも長時間プレイするには、同じ体勢をずっと維持しなければならなかった。様々な姿勢でプレイしようと思えばできるのだが、結局彼らは、今までのプレイングスタイル――テレビ画面の目の前に座ってのプレイ――から脱却することはできなかった。つまり端的に言って、V2は身体のあちこちが疲れる代物だったのである。事実、HMDで大画面を見るより、ゲーム画面をプロジェクターで、壁かスクリーンに投影した方がまだいい、という声も噴出した。


 V3はそれらの短所からユーザーを解放するかのように、横たわったままでプレイすることができた。そして、それ以上に仮想世界内で立ったり座ったり、走ったり跳んだりと自由な行動が可能となった。


 同時配信されるタイトルも、V3のお披露目とともに発表された。これらは、V3に同梱される専用のコネクターをパソコンに接続して、専用サイトからソフトデータをDL(ダウンロード)する方式だった。

 西洋風の世界を舞台に、剣と魔法でモンスターと戦うファンタジーRPG。

 近未来的な都市をステージに、銃器を駆使して敵を撃破するシューティングゲーム。

 自動車、バイク、飛行機など、様々な乗物に搭乗(とうじょう)可能なレースゲーム。

 自分好みにカスタマイズした女の子と甘い生活を過ごせる恋愛ゲームなど――

 タイトルは全部で7種類と、数が極めて少ない上に、全て『FVRソフトのプロトタイプ』や『仮想世界を体感するための試作品』という意味合いが込められていたため、ゲームシステムは簡素で、お世辞にも幅広いとは言えなかったが、それでもユーザー達は魅力的なラインナップに関心を寄せた。


 新ハードは他に類を見ないほどの勢いで大ヒットを記録した。日本はおろか、世界中でも事前予約が殺到し、発売後も生産が追いつかず、わずか半月ほどで品薄状態に陥った。日本中の家電量販店では、都市部だけでなく地方までも発売日前に長蛇の列ができるほどだった。一週間前から並んでいる客がいる、列の長さが1kmを越えた、V3の購入に六時間以上かかった、といった流言でも、強い真実味を帯びるくらいであった。


 とうとうA社に本当の春が訪れた。それと同時に、異世界へのポータルを創造したB社の技術力の高さも、大々的に注目を集めた。だが、何より関心を寄せたのは、AとBとの間を繋げたC氏であった。FVRを創造するきっかけを生み出した功労者だったからだ。


 彼は目の前に広がる、多くの荒波や高山を乗り越え、A社とB社との間に繋がりを築いた。中でも一番険しい山は、自社Bの反発だった。共同開発とは言いつつ、ほとんど一方的な技術提供も同然だったからである。相手が違う分野で活躍する企業とはいえ、そして凍結されて持て余しているとはいえ、おいそれと自分達の技術を渡すわけにはいかない、と社員ら――特に開発部――は口を(そろ)えた。

 C氏は彼らを何とか説得し、共同開発へとこぎつけた。共同で開発する(ゆえ)のメリットもある、必ずB社にもプラスになると力説した。事実、脳内の信号を全てスキャンする技術や、意識や感覚を仮想世界内で感受する技術は、FVRハード開発の研究によって完成されたものだった。これらはV3の発表会見で、後々終末医療用の機器をして活用するために、さらなる研究を進める、と説明された。

 互いが手を組むことにより、A社もFVRハードを開発できて、B社の技術もさらに発展され、次の医療機器の開発に活かせる。それはまさに相利共生の体現であった。


 二社の相利共生による、偉大な産物FVRは、多くのユーザーを魅力的な電子の異世界にいざなった。

 しかし、異世界での常識は、その世界に身を置いていない者にとっては異常であることを、後に人々は知ることとなる。

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