V1(VR Version1)誕生
初期のVRゲーム(以下V1)は、視聴覚的にしか仮想世界を体感できなかった。しかもプレイするには、VR専用のハードとは別に、既存の据置ハードも用意しなければならなかったりと、取り回しもいいものではなかった。
全方位に3D空間が広がる。頭を動かせば視界も動き、聞こえてくる音の方向だって変わる。しかし、自らがゲームの世界に飛び込むことは不可能だった。プレイにはコントローラーが必須だった。ハードの形状がHMD型であるという点は今でも変わらないが、当時の人々にとっては、仮想世界にフルダイブなど、遠い未来の話だろうという認識だった。
そして、VRゲームをプレイする以外に、映画を鑑賞することもできた。目の前に高画質の大画面が広がり、そこに映画が映し出された。大きなスクリーンもいらないし、高音質なスピーカーも設けなくていい。自宅や自室にホームシアターを作る必要がなくなったのだ。
V1は、最初こそは大きな歓迎を受けたものの、急激に衰退の一途を辿っていった。携帯ゲームや据置ハードのように、定着することがないままにである。流行り物の宿命と言えば済む話なのだが、かつての流行物と比べて、話題の渦中にいる期間があまりにも短かった。
視聴覚だけでバーチャルの世界を体感しても面白くない、と、多くのユーザーが感じ始めたのである。他にも不満はあったが、もっとも数が多い批判的な感想はそれだった。
当然、V1や関連ソフトの売上も低下していった。人々の関心も、花の蜜を吸い尽くした虫のように無情に離れていく。
ハードの開発・販売元である企業A社は頭を悩ませた。当初の想定より早く衰退したことも頭痛の原因の一つだが、『視聴覚だけでは物足りない』というユーザーの欲求不満が、彼らをそれ以上に困惑させた。その不満から匂わせる屈折したニュアンスが、社員達――特に開発部――をじわじわと苦しめていたのである。
不満という刺激臭をふんだんに混ぜ込んで提出された、ユーザー達の婉曲的な要望とは、言うまでもなく『バーチャルの世界の中に入りたい』だ。しかし仮想世界へのダイブなど、今の技術では、どうあがいても不可能な代物だった。本末転倒なことを言ってしまえば現実的ではない。それはSFの世界の話だ。
それが言うだけ無駄な、ないものねだりだということは、多くのユーザーも頭の中では理解しているだろう。そう思っても社員達は、焦燥と鬱憤と敗北感に苛まれた。
彼らは異世界を創造することはできても、異世界と現実世界を繋ぐポータルを作ることができなかったのである。
A社の上層部は、この事態について深く討論した。一時はVRゲームの生産自体を中止する検討案も持ち上がったが、最終的に継続するという方針を固めた。今ここで打ち切れば、Aの経済的な損失は計り知れないものとなる。そういう観点から、存在自体を廃止するわけにはいかなかった。
だが、死の淵から救われたVRハードは、違う形でピックアップされて生き続けることとなった。
『仮想世界を視聴覚的に体感できるハードウェア』ではなく、『非常にスマートでコンパクトな超高画質HMD』として、である。