怪獣と海獣
「ほら樹里見てよ、古代の海ゾーンにあいつら入ったよ。なんかあいつらにはうってつけな場所じゃない?。ザ、ミステリアス」
麗奈が樹里の手を引っ張り歩きだす。痛いくらいに速く強く。
「ちょ、ちょっと麗奈。本気なの?ねえってばさっきの本気?」
「私はいつだって本気よ。古代にタイムゾーンと同時に未知なる世界未知なる感触よ。」
「もう!なにいってんのよ。さすがにやばいって麗奈」
「ぜってえやったる」
顎を付きだしながらいう麗奈に樹里は思わず笑ってしまった。
麗奈は思う。
きっと そんなことは出来やしない。
あの俊介にカンチョー?
できるわけがない。
麗奈はなおも思う。
私はいま あの背中を追いかけていることに幸せを感じているのだ。
追いかけるだけでいい。
視界に入っているだけでも、ほら。
私の心は色を付けてるよ、カラフルな彩りは周りも染めていくのだから。
私は言い切れる。ここまで好きな人がいる。
それは幸せなことだ。
「樹里は彰君にぐいぐいね。私はもちろん俊介でいいや。彰君にしたらあなたに腹刺されるわ。さあていくよ」
「彰君にぐいぐいってちょ、ちょっとダメよ、そんなことしたら私嫌われちゃうよ!」
嫌がる樹里を無理矢理引っ張るように薄暗いブース内まで入っていくと、すぐ目の前に彰と俊介がいてこちらを向いていた。
思わぬ対峙に麗奈はたじろいだ。
「うるせえよお前ら。何うだうだ言ってんだ」
俊介が麗奈を睨みつけていた。
「よ、よし俊介。覚悟しなカンチョーしてやる」
麗奈は合わせた両手の人差し指を立てて俊介に向けた。
「カンチョー?はぁ?」
「いいからケツ向けろ!」
麗奈の小太りした身体がコミカルに左右へと動きだした。
俊介は麗奈のすぐ後ろにいる樹里を睨んでから小さな舌打ちをした。
「うるせえな。なんだよ突然。麗奈いいぜ。してみろよ。ちょっと待て。いま服も下着も脱いでやるから。そのまま直接してみろ。おれが悶絶するくらいに挿入してみろ。わかったな」
俊介は麗奈の返答を待たずしてベルトを緩めジーパンのファスナーを下ろしはじめた。鮮やかともいえる水色の下着が上から顔を覗かせた。
「ちょ、ちょ、ちょ!待って俊介。カンチョー撤回!。お願い!脱がないで!」
瞬く間に
真っ赤に染め上げた顔になる麗奈を見て 俊介は笑いだした。
「ばーか。おれに攻撃するなんて命を賭けろ。それか」
麗奈。お前の心を賭けろよ
俊介はそう言うと ベルトを締めながら彰を見て軽く微笑んでみせた。
「おい。一緒に行動したら組作った意味ねえだろ。樹里と麗奈はここ見て行け。彰、俺たちは向こうに行こうぜ」
立ち竦んだままの麗奈に「じゃあなまた後で。おい。おれの尻をやるまえにおれがお前の尻をやるからな麗奈。覚悟しとけ」 と小声で話しかけた俊介は彰を引き連れてブースを出て行った。
「なんでやねん!」
大声を出して 振り返ったときにはもう 俊介は跡形もなかった。
「麗奈。やっぱりさっき言ってたことはダメだよ。したら嫌われちゃう。ジョーダンじゃ通らないわ。だってその後の彰君の反応が予測できない。まったくできないの」
樹里の言葉はいまの麗奈にはまったく届いていなかった。
いまも立ち竦んだままだった。
麗奈は俊介の返しはすべてがパーフェクトだと思った。
しばらく経ち、古代魚がうようよいる水槽の周りを歩きだしたときに麗奈は
気付いた。
私は
沢村俊介にまた強く惚れ込んだだけだなと。
そう悟った。
@
「彰。それなりに楽しむとするか。さて何を見る?」
「やはりジュゴンでしょ」
「だろうな。さっきからそればかりだもんな」
二人はブースを出て逆の右に歩いていく
エントランスを右手に幾つものブースを通り過ぎる。しばらく歩くとジュゴンのマークが見えてきた。
お目当てである人魚の海のブースが目の前に現れていた。
中の水槽にいる生物は、それはもう圧巻としか言いようがなかった。
ちょうど海草を食していたジュゴンは優雅に泳ぎ身体全体を見せながらゆっくりと有意義に漂っていた。
「こ、こんなのが怪獣なのか」
「ふん。だから言っただろ。大したことない海獣だと」
彰は小さなため息をついてから無理矢理に顔を喜ばせようとした。
「すごいな。身体がすごく綺麗だな。触ったら固いのかな。見た目はゴムみたいだぞシュン」
彰は否定はしない。
決して否定はしない。
無表情だが憎めない可愛さがあるジュゴンが優雅に泳ぐのは最高に綺麗だよ。と
彰は無邪気な印象を俊介に見せた。
「素直になれよ。さっきお前はこんなのがと言ったぞ」
「あはは。おれそんなこと言ったかな」
苦笑いをしながら頭を掻く彰を見て俊介は思う。
おれがお前を見飽きることは絶対にないよ。
いつも優しくて正義感に溢れ穏やかに笑っているお前。
ほんとは笑いたくないくせに一人でいたいくせに。
お前は孤独を引き連れたまま。
おれと同じなんだ。
ずっと孤独を付き従えたまま。
綺麗な瞳で
その透き通る瞳で
その弱さ脆さのままに。
おれを見ておくれ。
おれのまえでは偽らなくていいんだ。
なにもかも。有りのままでいい。
もっと。もっと。
もっともっと。
お前を抱きしめたい。
いますぐに。
心も。体も。
彰と俊介は長い時間 手摺りにもたれ掛かりジュゴンを見ていた。
「彰。お前は尊敬する人はいるのか?」
唐突に俊介が聞いた。
「尊敬する人?俊介は?」
「強いて言うなら歴史に埋もれ死んでいった奴らかな。お前は。いるのか?」
「空手の人」
彰には空手がある。
見せた蹴り技は芸術的な美しさと底知れない強さがあった。
「空手か。そいつの名前は?大人か?」
「渡辺さんていって30歳はいってるかな」
「おっさんだな。強いのか?」
「ああすごく」
「お前よりも強いのか?」
「もちろん。壮太でも勝てない。空手の強さだけでなくおれは渡辺先輩のすべてを尊敬してる。あの人は同じ目線まで降りてきてくれるんだ」
「ふーん」
俊介の胸にチクリと何かが刺さった。
「会ってみたいなそいつに。お前が尊敬する奴なら見てみたい」
「渡辺先輩とシュンが会ったらなんだか楽しそうだ。きっとシュンも気に入るよ」
クスクスと笑いだした彰を見て俊介も微笑んだときに
5Mほど横で観覧していた同年代くらいの女二人がこちらを見て笑っていることに気付いた。
その後ろの段差ある高い場所からは女の連れ添いだろうか、男二人がムッとした顔をこちらに向けていた。
俊介は女の視線を感じるままに再び横にいる彰に視線を移した。
俊介は男二人のこちらを見る視線が気に入らなかった。
「彰。ちょっとすまん。知り合いがいた」
「知り合い?」
俊介はおもむろに彰から離れると女二人がいるところへ向かった。そして
違和感なく話し掛ける。まるでずっと共に行動していた仲間のように。
「ジュゴンはやはりすげーな。それであんた達はどっから来たの」
「え…びっくりした…。私達は奈良から来たよ。どっから来たん?」
「名古屋」
女二人はタイプは違うが、一人はどことなく杉田奈緒子に似ているなと俊介は思った。
その奈緒子に似た女は、離れた場所からこちらをチラチラと伺う彰を見続けていた。
彰も視線を合わす。
「ところでなんで俺らを見て笑ってた?なにが可笑しい?」
俊介は後方にいる男を睨む。手摺りを握る手を少し震えさせながら。
すぐ前にある厚いガラスの向かい側にはジュゴンがいる。呑気そうに海藻を食べていた。
「うーんなんでだろ。私たち笑ってたかな。気を悪くさせたなら謝るよ。ごめんなさい。君は中学生?」
「当たり前だろ。おれが小学生に見えるとでも?」
「まさか。私たちは二年や。何年生?」
「同じ」
「すごく金髪似合ってるけど、してええの?」
「おれが良いなら良いんだ。そんなもんだよ。ところであんた達は二人で来た?よかったら一緒に」
俊介が誘ったときに女二人は「んーと…」残念そうに後ろをそっと見る。男二人が揃って怒った顔をしてこちらを見ていた。
「だよな。二人で来たわけないよな」
俊介が思うに当然な結果だった。俊介は女には興味はない。あるのは男達だ。
睨んできたら制裁をしないといけない。
「なんやくそつまらん男連れか」
関西弁を真似た俊介がジュゴンのほうへ視線を戻す。
すぐに後ろの高い位置から強い口調が降ってきた。
予測通りだ。
「おい。お前。チビ。何おれの女に声かけとんじゃい」
ぴくっと反応を見せた俊介だが遊び心は見失わないのが彼だ。
「ふんチビか…。よくまあ言えたもんだな。このおれに傷付くストレートな言葉を。しかしあれだな、お前らゲスがよくまあこんな可愛い女を連れて歩けたな」
「なんだと!」
俊介は女に流し目を向けてから無言のまま男二人のところへ駆け出した。
離れた場所で見ていた彰も駆け出す
「あ、もう!シュンは相変わらず!」
俊介の耳には彰の声がしっかり届いていた。
相変わらずがおれだよ彰。
付いてこいよ。彰。